仲間
「朝日!おかわりくれない?」
「俺も俺も!」
「私もいい?」
「う、うん…」
二人の険悪なムードを気にも留めずおかわりの催促をしてくる彼らに朝日は料理を差し出しつつも視線は二人に向けたままだった。
「あー、いつもの事だから気にしないでいいわよ」
「あの子、ゼノのこと好きすぎで拗らせちゃってんなよ。だから喧嘩なんてしてなくたっていつもこんなもんなのよ」
「好きとかじゃない!僕は尊敬しているんだ!」
「あー、はいはい。大好きなのね〜」
「リューリュー!」
彼を軽くあしらうリューリューと呼ばれている彼女は紫がかった大きく切れ長な瞳に艶やかな小麦色の肌をしていて異国情緒溢れる大胆な服装がサラッとした体型にもとても似合っている。
朝日が作った“うどん”をかなり気に入ったようで額に汗を滲ませながらもツルツルといい音を立てて麺を啜っている。
「リュー!これ食べてみてみて!本当に美味しいから!」
「あら、いいの?ピチュリ」
リューリューに絡むようにいうピチュリと呼ばれる彼女は少し小柄でぶかぶかの帽子から伸びる長くしなやかな栗色の髪と栗色の垂れ目が可愛らしいのだが、背中に背負った大きなハンマーからも少し軋んでしまった机の様子からもかなり力が強いことが分かる。
彼女も朝日が作った“ピザ”を大変気に入ったようで、食べ方に少し悪戦苦闘しながらもチーズ好きなだけあって器用に食べている。
「ヒー、辛ぇ!でも、ウメェ!でも、辛ぇ!」
「五月蝿いわよ、ハース!静かに食べなさいよ!」
「エール欲しいなぁ、マジで!」
辛いのが苦手なのかヒーヒー言いながらも“餃子”を食べるハースと呼ばれる彼は特に武器らしい武器は持ってないように見えるが、その身体にピタリと張り付くような服装や防具からして斥候のような役割を担っているのだろうか。
黒っぽいダークグレー系の髪色をツンツンと立たせていて、そこから覗かせた少し先の尖った耳も愛嬌がある。黒と紺のピタリとした動きやすそうな服と腕や足に巻かれた革ベルトには戦闘用なのだろうか。何かは分からないが色んなものが差し込まれている。
「僕は、ゼノがいたからこのパーティーに入ったんだ!じゃなかったら今頃は皇室騎士団に入ってたんだ!」
「だからなんだ。それはお前が決めた事だ。俺が決めたんじゃねぇ。責任転嫁は辞めろ」
「でも、まさか自分が作ったパーティーからその本人が抜けるなんて誰も思わないじゃないか!」
「はぁ?このパーティーは俺が作ったんじゃねぇ。ギルバートが勝手に作って、勝手に抜けて、勝手にメンバーも根こそぎ持ってって、勝手に新たにメンバーを入れてったんだ。俺は何にもしてねぇ」
「嘘だ!そんな嘘に僕はは騙されないぞ!」
「ロエナルド、いい加減にしろ。何を言われても何も変わらない」
「聞き分けが悪いぞー」
「お前らだってさっきまで散々反対してたくせに!」
「だってゼノの言う通りだろ?俺らは今の地位を捨てられない。ゼノは仕事がしたい。仕方がないだろ?」
子供のように泣き喚く彼は多分20やそこら。
顔以外はローブに隠されていて全容は見えないが、色素の薄い金色の髪と少し釣り上がった翡翠の瞳、真っ白な肌が彼に透き通るような美しさを引き立たせている。耳障りのいい低めの声も彼らしくて落ち着く。
金の縁取りが施された肌触りの良さそうなスウェード系のローブをしっかりと身についている。瞳と同じ色のピアスと指に嵌められた沢山の指輪が印象的な男だ。
「ゼノさん、パーティー抜けるの?」
「…あぁ」
「どうして?」
「何でもクソもない!全てお前のせいだ!最近お前の話ばっかり、うんざりする!そうだ、お前が帝都に残ればいい!そしたらゼノがわざわざパーティーを抜ける必要がなくなる」
「ごめんなさい。僕は帝都に残る気はないよ。だって向こうには大好きな人たちが沢山いるから」
「聞いたかゼノ!ゼノより大切な奴らがいるんだとよ!こんなヤツ…」
「ロエナルド。いい加減にしろと言ったはずだ」
これまでとは比べ物にならない程に低く地鳴りのような恐ろしい声色で発せられた言葉に思わずロエナルドは震え上がる。
つらつらとした様子の朝日を見て負けたくないとばかりに震える身体をおして真っ直ぐに背筋を伸ばすが、震えは治らず全くの逆効果だった。
「でも、俺は!」
「朝日おいしかった。ありがとな」
「うん…」
「どうした」
「ゼノさんは何でパーティー辞めるの?」
「こっちは今、冒険どころじゃないほどに国が荒れている。それでもコイツらは帝都を離れる気がないようだから俺だけ仕事の場を変えるだけだ」
「そうなんだ。僕もゼノさんが言う通りだと思うし、やりたい事を優先して貰いたいけど、何でロエナルドさんはこんなに駄々っ子してるの?」
「だ、駄々っ子…」
「駄々っ子だってさ!ロエナ…プッ…駄々っ子…プププ…」
「ロエナと呼ぶなと何度言ったわかるんだ!このカスカスの魔法石野郎!」
「おー!やるか?ロエナ!」
幼稚な喧嘩を始めるロエナルドとハース。ロエナルドはとても真剣な表情だが、ハースにとっては遊びのようなもののようで満面の笑みを浮かべている。
「朝日、仕事は終わったのか?」
「あ!僕、此処までセシルさん達と来たんだ!待たせちゃってるかも」
「アイツらと一緒なら宿はベリンレルあたりか?」
「うん!何でわかったの?」
「は?ベリンレルってマジ?あの最高級や…」
「送る」
「ありがとう!実は僕、そこまで辿り着けるか心配だったんだ」
まだ喧嘩中のハースの言葉をわざとらしく遮って立ち上がるゼノに続いて朝日も席を立つ。ヒラヒラと
軽く手を振るリューリューとピチュリに同じく手を振る朝日をゼノは朝日を掻っ攫うようにして部屋を出る。
「面白い人達だったね」
「喧しいだけだろ」
「ロエナルドさん少し可哀想だった。僕も同じ立場だったら駄々っ子してたかも」
「…俺は冒険者だ。一つの土地に固執するより冒険を優先する。そこがアイツらと違う点だ」
「何でみんなは帝都に残りたいの?」
「…オーランドのギルドに所属できるのはギルドが認めたパーティーだけと限られている。そこに所属しているだけで冒険者としての格が高いんだ」
何となく意味ぐらいは理解できるが、仕事も出来ないし、何より今は非常事態で生活も不便なのにそれでも帝都にいたいものなのか、それ程にその地位が大切なのか、と朝日には少々理解し難かった。
冒険者として認められるのが嬉しいのは分かる。実際、初めて指名依頼を貰った時、ゼノの剣を見つけて冒険者達に感謝された時、依頼人達にお礼を言われた時。本当に嬉しかった。
でも、それは朝日にとって全て冒険ありきなのだ。
冒険が出来ないのに認められても何の意味もない、と言うか冒険者の喜びはそこにあると思っている。
だから、余計に理解しがたかったのだ。
さっきまで高い建物や美しいギルド、綺麗に整えられた街並みをみて凄いと思っていた朝日だったが、ギルドを出た朝日の目の前に映る光景はひどく寂しいものに見えた。
所狭しとぎゅうぎゅうに建てられた建物は妙に圧迫感を与え、石畳は色褪せて見えて物悲しい。街行く人たちも綺麗に着飾ったり、優雅な出立ちだが、何処か冷たい。
「ゼノさんも一緒に泊まる?」
「俺は家がある。今日の所はそっちに帰る」
「そっか…」
「あぁ、だから此処でお別れだ」
「もう、着いちゃったんだね」
やっと会えたのに、と悲しそうにうるうるとした瞳を向けてくる朝日にゼノは頭に手を置き乱暴に撫でる。
これで我慢しろ、と言われているように思った朝日は視線だけをゼノに向けるが、手が邪魔して表情までは確認することは出来なかった。
「じゃあね!」
「おう」
名残惜しそうに視線を切る事なく宿屋へ入っていく朝日の姿が見えなくなるまで見送ったゼノはふー、とため息を吐く。
「久しぶりだな」
「えぇ、お久しぶりね英雄」
「一人か?」
「あいにく私だけよ」
わざとらしく強い殺意を向けてきた相手が誰なのかはすぐにわかった。
相変わらずどっちがどっちなのかは分からないがそんなことはどうでも良い。
「帝国に介入するのか?」
「少し事情が変わったの」
「聞こうか」
「話が早くて助かるわ」
「…朝日が絡まなければお前らは見て見ぬふりしてるだろうが」
「ふふふ」
何が面白いのか。
普段笑わない彼女が笑っているのがとても不気味でゼノは身構えるのだった。




