証拠
「あれはお前達から聖剣の丘の周辺で呪具が見つかったと報告を貰った少し後のことじゃった…」
その日はえらく城が静かで物悲しさを感じるほどだった。
いつものように執務を終えて、自室へ戻ろうとした時、キャロライナーがフラフラと廊下を歩いていた。普段ならとうに寝ている筈の時間帯で眠れないのか、と声を掛けようとした。
「キラキラ光るもの…キラキラ…ひかる…」
キャロライナーは不気味な笑みを浮かべながら譫言のようにそう呟いていて、一瞬怖気付いてしまうほど別人に見えた。
そしてその問題行動は度々近しい臣下達から報告来るようになり、彼らの話によれば王女の異変はここ最近の話しではないのだと知る。幾ら信頼のおける者達だけを入れている王宮と言えど、問題だと判断したオルフェは一旦彼女を王女宮へ移した。
「徐々に、ではあったようだが…その兆候は確かにあったように思う。多分、キャロライナーは王族だからな…それなりに魔力がある。必死に呪術に争っていたのだろう。それを感じながらも愛するキャロライナーへの盲目ゆえ…情けないが、見逃してしまっていたのだ」
確かに今の王政に対して多少なりとも反発する勢力があるのは知っていた。ただそれがここまでやるほどの恨みになっているとはこの時まで全く思っていなかったのだ。
王女宮へ隔離した数日後、宮の管理を任せていた家令から至急の呼び出しを受けた。
目の前には今まで興味を示さなかった宝石の数々を握りしめたままベッドのへりにもたれ掛かる王女の手には禁止されている呪具。
「その頃から自身の持っているネックレスや指輪、ピアスなどでは飽き足らず、皇太子妃の私室に忍び込み盗みを働くまでになっていた」
厳戒なる警備体制を突破し、城の内外自由に行き交いでき、尚且つキャロライナーに近づける人物。
…当然、身内を疑わざる終えなかった。
流石にことの深刻さを理解した王は彼女の動きを監視し始めることにする。彼女がその宝石などと引き換えに持ってくる呪具を渡している人物を特定する為だ。
聖剣の森でのことを考えると何らかの繋がりがあることは間違いない。何故なら錬金術師同じく資質や才能が由来する呪術は扱える者も少ないし、それ以前に指定禁止魔法である呪術を扱う者は少ないからだ。
屋敷を出て行く彼女の後を追わせたり、日中の行動を監視させたり、魔法追跡を行ったりと様々手を尽くしたが、それでも煙に撒かれるように呪術師を見つける事は叶わなかった。
「幾ら彼女の潜在能力が高いと言えど、このまま呪術に汚染され続ければ、彼女の命も危ないと判断し…呪術師の調査は諦め呪術を解くことにした」
当然ながら、そこまで行くのにかなりの葛藤があった事だろう。愛する孫が何者かの手によって操り人形のように扱われ、調査のためとはいえその身を明け渡し続け、その間もずっと呪術に蝕まれる。
呪術師を捕まえるのは国王として当然の義務で、今回も例外ではない。命を削られていると分かりながらも、王族としての務めを全うしなければならない。
「魔法師、魔術師、治癒師、薬師、結界師…様々な方法を試した」
しかし、相手も中々の手練れだったようであらゆる魔法や魔法薬などを使ったが簡単には呪術を解く事は出来なかった。このままキャロライナーが衰弱して行くのを見守るしかないのか、と絶望していた時。
数少ない魔法石の献上を受ける。
それがオレリア子爵家だった。忠臣であるオレリア家の当主は白日の騎士団の騎士である息子リチャードが家宝に、と持ち込んだ《ボールストーン》の身の振り方を悩んでいた。子爵家には過分過ぎる代物だからだ。そこで王に相談することにした。
「《ボールストーン》は魔法石の中では最上位のものでそれだけの価値がある魔法石だ。朝日君の存在を知ったのもその時だった」
そしてその際、助言の例にとオレリア子爵は《ボールストーン》があるからとそれ以前に家宝にしていたまだ錬金術を施していない《トライアングルストーン》と《ヘキサゴンストーン》を王に献上し、偶然ではあるがキャロライナーを救う手立てになった。
その後、彼らの家は伯爵家となった。
そして、《ホーリーストーン》を作り出すことにしたオルフェは素材を手に入れる為、優秀な冒険者を探すことにした。
初めは騎士を使うことも考えたが、騎士が動くことで呪術師側が構えてしまう結果になるのはこちらの範囲ではない。
そこですぐに脳裏に浮かんだのは《ボールストーン》をオレリア子爵家に齎した朝日という冒険者と地方の警備隊としている赤誠の騎士団団長エルドレッドだった。
エルドレッドならその行動範囲の広さからどこに居ようとも疑われる事は少ないと判断したのだが、彼は腕は確かだが頭は少し弱く、この件においては適任者とは言えなかった。そこで城下へ下り朝日を見て判断しようと接触を試みた。
すると、ゼノの連れられて魔法屋にて会ったことのある少年だったと判明し、上手く会話のきっかけを掴んだオルフェは会話を重ね、その為人を知ることで今回の作戦を思いつく。
「出会った君は想像以上の子だったよ。能力はさることながらその頭の良さは王宮のお抱え学者以上…思わず錬金術を教えてしまうほどにね」
「ありがとうございます」
朝日が純粋無口で好奇心と向上心に溢れた少年であり、その人をほっとけない精神と相手を敬い感謝を示す道徳的な為人を見込んでこの作戦は実行された。
簡単な事だ。
嫌がるユリウスを以前より仄めかしていた婚姻を理由に城へ無理矢理に呼び出し、朝日と接触した事を護衛を通してセシルに伝えさせる。
頭の良いセシルの事だ。この婚姻の進め方の可笑しさに直ぐに気が付き、ユリウスを呼び出したことを不思議に思うだろう。
そして部下を使い情報を集め、王宮で起こっている事態とこれまでの事件から繋がりを理解してこちらの意図を察する。ただ、察したとて彼を動かすのは容易ではない。
そこで朝日だ。
ユリウスが婚姻を拒否していてそれが強行されたと知れば、朝日の心根の良さなら王宮についてくると見込んだ。セシルも自身が気に入っている子が此処に来ればこざる終えない。
此処に来させることさえ出来れば、朝日の為に観念して力を尽くすだろう読み、そして以前から動きのおかしかった宰相フィリップスをこの場に来るよう仕向け、セシルが負かしてくれるのを期待した。
プライドの高い彼の事だ。自身より下位の者に負かされたとなれば、頭に血が上らせるのは想像に固い。
そしてそんな彼が何らかの行動を犯せば隙も生まれ、キャロライナーの浄化後にも何かしらの情報を取れるかもしれないと考えたのだ。
「しかし、頭の良さだけではなくあのフィリップスを負かすほどに口が回るとはなぁ」
「確かに、恐れ入りました。朝日様」
「口が回る?」
「朝日君はそんな事考えてませんよ」
「情報を引き出しつつ纏めあげるとは思わなんだ。もう朝日くんさえいれば何の問題もなかったようだ、ハハハ!」
首を傾げる朝日にその場の者たちは生暖かい視線を送る。視線の集中砲火を浴びだ朝日は恥ずかしさから顔をほんのり赤らめ、顔を伏せる。
「僕、ユリウスさんとセシルさんのためじゃなかったら来なかった…です」
「それもそうか!」
「ともあれ、彼が言った宝石とそして今回偽物とすり替えた王の証…王家の紋章が目的だとすれば、彼らの目的が絞られます」
「…そうだな」
「中々に厄介なことになってますね」
何かどうなってどうしたらいいのか分からない朝日はキョロキョロと大人たちの顔を並べ見る。
「朝日様、今日は本当にありがとうございました。貴方がフィリップスを負かしてくれなかったら…いいえ、それ以前にオレリア伯爵に《ボールストーン》を齎してくれなかったら…姫は死んでいたことでしょう」
「…うんと、僕…何したのかな?」
「はい…?」
「それより、王女様はさっきと印象違うね?どうしたの?」
「…あの、朝日様。姫は呪術師に操られてて…ですね?」
「そうなんだ、大丈夫?よしよし、頑張ったね」
「わ、私16歳ですのよ!」
照れた様子のキャロライナーは真っ赤に染めた頬を膨らませながら悪態をつく。
「ごめんね、可愛いからつい」
「かわ、わわわわ…」
「あ、あれ?王女様…?おーい。どうしたんだろ?」
完全に動かなくなった王女に朝日は心配するかのようにの目の前で手を振る。その一部始終を見ていたカイルは大きなため息を吐くのだった。




