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手込め




ーーー王命だ。ユリウスを連れてきてくれたまえ、トリニファー・アスタロトよ


 王命とは言え、あの自由人であるユリウスを城へ連れて行くことが私の手に負える問題だとは到底思えない。

 国王陛下に言われたことを思い出す。多分、王自身も無理難題だと理解しつつ仕方が無しに私を遣わせたのかも知れない。

 奴の剣の腕前や統率力などに関しては私とて優れていると認めている。だがしかし、その分好きな物以外にはやる気を出さない奴の面倒くさがり具合についてはかなり呆れている。

 魔物討伐や犯人逮捕などの実働作業しかこなさず、他全ての事を部下のセシルに任せている。それでは団長としてどうなのか、と資質を問いたださずにはいられない。

 王は何故彼を私よりも先に騎士団長にさせたのか…。本当に疑問だ。


「やけに静かだな…」


 外から聞こえてくる騎士達の掛け声。それに反して建物内では物音一つしない。ただ気配だけはそこかしこにあって、此処が碧血の騎士団本部とは異なる機関なのだと言うことは良くわかった。

 団の性質上、実働部隊と裏方と分かりやすく分けているのだろうか。そういう所も青騎士とは全く違っている。

 此方は日々の鍛錬は勿論、情報収集、実働部隊、裏方作業の全てを持ち回りで行い、全ての団員が全ての仕事をこなせる様にしている。

 その為誰かが抜けたら穴埋めできるし、急遽、手伝う事も出来る。

 やはりそういった面でも王直属の騎士団碧血の騎士団が一番優れていると言われる所以なのだろう。


「全く…軟弱な連中ばかりだ」


 自身の独り言と足音が長く続く廊下にこだまするように聞こえてきて、思わず足を止める。

 不意に近くの少しだけ開けられたままの扉の向こうから聞き慣れた落ち着いた声と少し高めの可愛らしい声が耳に止まる。


「当然ながら暗殺者を雇う連中なんて後ろ暗い奴ばかりですが、うちはそんなのを相手にしません。国益に関わるような大きな仕事、と今は言っておきましょうか。なので、王家とはそれなりに関わりがあるんです」


 扉の向こうには相変わらずの表情の男。

 小さく笑った仕草も、貼り付けられたような表情もとにかくその目が笑っているようで笑っていない。死んだ魚の目とはよく言ったものだ。例えた人間を褒めてやりたいぐらいだ。

 いとも簡単に人の心をやり込めて、上手く操り、駒のように掌の上で転がし、要らなくなればボロ布の様に捨てる。彼奴に廃人の様にされている人達を何度も見てきた。

 人を見下すようなことはしないが、認めることは決してない。己を信じるように仕向ける癖に己が彼らを信じることは決してない。そんな人への慈しみの心も情けも愛情も持ち合わせていない悪魔のような男。


「王様に言われたら、仕事をするんですか?」


 そんな男と相対しているのは目の前の悪魔とは真逆の存在。

 常に他人に配慮し、慮り、分け隔てなく大切にして、人の心に寄り添える優しい天使のような子。少し自身を軽んじるところはあるが全ては正義感あっての行い。本当に出来た子だ。

 そんな天使が悪魔と対峙していると思うと心配になってくる。

 彼もまたあの悪魔に手込めにされるのでは、と。


「いえ、我々も仕事は選びますよ。国益が関わることですので。だから騎士になったんです」


 ただ二人はとても興味深い話をしている。

 あの悪魔が騎士になった理由…か。

 そんな深い事情を話すような間柄だったのか、いいや、その前に悪魔はそんな話を他人にするのだろうか、と悪魔の顔を見る。

 確かに相手は天使だ。他の人への接し方とは変わってしまうのは仕方のない事だ。幾ら悪魔でもやはりあの天使には敵わなかった、という事なのかも知れない。

 …いや、本当にそうなのか…?

 これは大きな疑問だ。


 いつも通りの貼り付けたような笑顔。…の筈なのだが、微かな違和感に気がついた。

 そうだ。あの悪魔はいつも絶対に相対する相手に隙を見せないよう、お茶や食事を共にしたり、書類、ペンなどを持ったりもしない。

 相手が格下ならそれも厭わないが、それは相手に呆れていたり、馬鹿にしていたりする時で二人からはそのような空気は感じない。

 そう、笑顔を張り付けた悪魔そのもののはずが、その行動はとても穏やかでまるで友人同士かのような振る舞いなのだ。

 いや、そもそもだ。何故王と関わりがあれば騎士になる、国益に関わる事をやっていたら騎士になる。という発想になるのか。話が飛躍しすぎではないか?


 …まぁ、待て、私。

 少し落ち着こうではないか。頭が混乱しすぎて何を言っているのか分からなくなってきたでは無いか。

 

「…?」


 首を傾げる天使は私と同じ疑問を持ったのだろう。

 その行動はとても可愛らしく、悪魔を動揺させるにはかなり良い手かも知れないが、相手は悪魔だそれが効くとも限らんぞ。


「この国はほぼ騎士団の働きによって成り立っております。国防、王の警護、街の警務、裁判、情報管理…国の殆どの機関に騎士が所属しています。裏を返せば、騎士になれば何でも分かるんです」


 真面目に答えたな…。

 …それに出来るだろうな、あの悪魔なら。そう思わずにはいられない。幾ら家業を継がなかったからと言ってその技を習得していない訳ではない。

 寧ろ彼はその道の歴代一位、と言われた程にその腕は確かだった。

 ただ、自ら動く、というところに疑問を持ったのだ。人を上手く動かし、掌で踊らせる。それが出来る彼にとって自らが動くことの必要性を感じなかったのだ。


 小さく笑って紅茶をまた啜ったセシルは少し表情を和らげる。その見たことのない優しげな表情に思わずには息を潜めてしまう。

 何なんだ!何が起こったというのだ!

 あれは誰だ?本当に悪魔なのだろうか?


「情報って言うものは、隠そうとすればするほど漏れてしまうものなんです」


 思わず身体をピクリと揺らしてしまう。

 此処で気配を絶つことのヤバさはよく知っている。近くにあった気配が突然消えるほど気持ちの悪いことはない。

 そしてハイゼンベルク家次期当主にして歴代一位の暗殺者の腕を持つ彼がそれに気付かないわけがないのだ。


「セシルさんになら出来そうです」


「そうでしょう?」


 ふふふ、と小さく笑ったのをみて小さく息を吐く。無駄な緊張感が紅茶を机に音を立てる事なく置くセシルからビシビシと伝わってくる。

 その所作の全てが優雅で美しいのだが、それは彼の家、ハイゼンベルク家所以の貴族然とした雰囲気で、暗殺者一家の独裁者らしいチクチクと針で刺されるかのような空気が撒き散らされている。


 やはり、奴は手元に置いて置くべきだった。

 なんならあの時、王に進言するべきだった。


「だから、本当は青騎士になりたかったんです。お誘いも貰ってたんですよ」


(…)


 その発言には耳を疑った。

 原始的かも知れないが、耳をほじってみたり、頬をつねってみたりしたが当然痛い。


 言ってくれれば…。彼は青騎士になりたいのだ、と王へ口添えする事も私になら出来たのに。

 まぁ、今更すぎる話なのだが…。

 これからはシルには同情してしまうかも知れないな。あの自由人の管理者を命じられてしまったのだから。


「セシルさんが青騎士?」


「えぇ。王に一番近い騎士ですからその分情報も入りやすいのです。でも、その王と関わりがあったばかりに上手く丸め込まれましてね」


「王様に白騎士になれ、って言われたんですか?」


「えぇ、ユリウスを…団長を上手く扱えるのは私くらいなものですから」


「…そうですね!」


 トリニファーは少しだけ開いていた扉を音もなく閉めると、今日の訪問目的のユリウスを探すために再び歩き出した。

 やけに静かな一部屋を声もかける事なく開ける。

 机に向かっている男を確認すると、少し可笑しそうな顔をして何も言わないユリウスの腕を掴んで、同じく何も言わずに馬車へと詰め込んだ。










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