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ユリウスの過去



 廃墟からの帰り道。

 お兄さんこと、ディベルはクロムと双子に連れられて傭兵の男と共にハイゼンベルクの屋敷に行ってしまった。

 朝日達はというと、ユリウスの家の者だと言う背広をビシッと着こなした若い男性が用意してくれていた全員が乗れる大きい馬車でギルドまで送り届けてくれるという申し出を有り難く受け入れ、ラースとゼノ同乗することになった。

 朝日がユリウスの家の者を見たのは初めてでセシルのところとは違い、お固い雰囲気に思わず背筋が伸びる。


「ヨウノ様、お手をどうぞ」


「うん!」


 しかし、その手を平然と取って馬車に乗り込む朝日にラースとゼノはこの子やっぱり貴族?と疑いを持ってしまったのは言うまでもない。


 最後にユリウスが乗り込み、馬車が走り出す。

 何回目かの馬車だと言うのに、朝日は相変わらず楽しそうで、車窓から流れていく森の景色を眺めていた。


「ユリウスさんの馬車は窓がおっきいですね」


「セシルの所はあまり顔を出さないからな」


「…?」


 朝日はユリウスが言っている言葉の意味が分からず首を傾げるが、ユリウスはそれ以上何も言う気はないようだった。


「ラースさん、ありがとうございます」


「交渉だからな、上手くいかなかったらこの話は無しだ」


 ラースは朝日に鋭い視線を送る。

 これ以上の譲歩は無い、そう言い聞かせるような視線だった。それでも心配事など無い、とばかりに笑顔の朝日を見て、またガシガシ、とぶっきらぼうに頭を撫でる。


「ともかく、元気そうで何よりだ」


「うん!僕、最近ラースみたいに成れるように腹筋してるんだ!」


「…やめとけ」


「え?どうして?」


「あー、なんだ、そのー、あぁ…背伸びなくなるぞ」


「!!!そうなの?じゃあ、辞める!」


 明らかに口数も多く、人を寄せ付けないようなオーラも仕舞い込んで、今までの態度と全然違うはずのラースに対して何も言わない朝日にゼノはまた何かあるのか、と朝日を観察していた。


(まさか、王族だって分かってた、とか言わないよな…?)


 とにかくラースの正体は隠したままにしたいらしいのでゼノも敢えては言わないし、従者も御者も理解しているのか多くは語らなかった。

 ただ隠しておきたいのなら徹底的にやれば良いだろうが、と小さな不満をラースを見るゼノの視線には混ざられていた。

 そんなことをゼノが考えているとは知らない朝日はただただ楽しそうに笑っている。


「ラースさんはどうして大きくなれたの?」


「いっぱい美味しい物を食べて、沢山遊んだからだな」


「…遊んだら良いの?」


「そうだ。子供は遊んで大きくなるんだ」


「どんな遊び?」


「例えば…そうだな、昔よくユリウスとやったんだが、川で魚釣り、あれは楽しかった」


 ラースが言うには、昔はよく渓流釣りや森の散策をしたり、ただ駆け回ったり、木登りなどとにかく時間いっぱい遊んでいたらしい。


 朝日がユリウスに視線を向けると小さく頷いた。


「ユリウスさんはラースさんと昔からの知り合いなんですね」


「…そうですね。良く、殿…ラースさんとは…」


「ユリウスは昔はもっと良く喋る奴だったし、やんちゃだったんだ」


「え!そうなんですか?想像出来ません!」


 ユリウスは別に人に興味がないわけじゃない。寧ろ好きだし、好かれたいと思っている。

 ただそのために自分が何をしたらいいのかが分からず、嫌われたり、妬まれたりするくらいなら周りを私が上手くコントロールしてやれば良いのだと思っていた。


 昔から疑問だった。

 何故大人は悪口を言うのか。他人の不幸な噂話が好きなのか。そして始まる空気感。偉い人がそう言えば、もうその人を貶しても罵倒しても良い、と言う空気が生まれてくるのだ。そして次々とそれを肯定していく。


 始まりは兄弟達の痴話喧嘩だった。

 次男であるユリウスは幼い時より兄と弟の間で板挟みになっていた。ただ兄は兄で長男として家督を継ぐ為の教育が厳しく、弟は少し歳が離れていたせいか甘やかされていた。


ーーーにいちゃんが僕のこと虐める…

ーーー貴方は家督を継げるんだから我慢しなさい!


ーーーアイツは馬の乗り方さえ知らないんだ

ーーーそれ、人生の半分は損してるな


 お互い一歩も譲らない喧嘩、お互いを陥れる言動、それらを見続けた彼はどちらも可哀想な存在なのだと思うようになっていった。


 親からの期待と重圧に遊ぶ時間がないほどの稽古や勉学、教養を身につけなくてはならない兄。


ーーー今日、先生から伺いました。授業をおサボりになったのですね?

ーーー成績は落とすな、我が家に恥さらしは要らぬ


 親から全く期待されず、ただただ甘やかされて世に出たときに苦労するであろう弟。


ーーー貴方は家督は継げないのだから好きなことをして良いのよ

ーーー子供はヤンチャくらいが丁度いいさ


 それがとにかくモヤモヤした。

 そのモヤモヤを無くする為に、幼いながらも自分の意見を相手に嫌われない程度にさらりと伝えるようになった。


 だから兄には。


ーーーこの前兄さんが剣術で学年一位だったんだ


ーーー流石、私の息子だな


ーーーこの前、虐められていた生徒を庇ってあげてたよ


ーーーまぁ、なんて勇ましい子なのかしら!


 弟には。


ーーーこの前、剣術の先生に筋がいいって褒められてたよ


ーーーまぁ!素晴らしいわね!


ーーーお父様のようになりたいと言ってました


ーーーあの子は本当に良い子だ


 それは次第に外に対しても行うようになっていった。


ーーー目つきが悪くて怖いわ〜


ーーー話してみたら意外と優しい人でしたよ



ーーーあいつは愛想がなくて話し掛けられないな


ーーー先日 お花を愛でているところを見ました



ーーーあの我儘な態度!大きくなったらどうなる事やら…


ーーーまだ小さいのに転んでも泣かなかったんですよ



 そうすると、みな少し興味を持ち、話が終わる。それで家族も皆上手く行ってたから、それが一番良いのだと思っていた。

 でも、次第に自分が大人になるに連れてただ話しが終わっただけで問題は何も解決していなかったのだと気付く。

 そして人間が恐ろしくなった。


ーーーじゃあ、一度話してみようかな


ーーーお花が好きならティーパーティーにお誘いしてみようかな


ーーーまぁ、それなら立派な淑女になれるかもしれないわね


 あの時の言葉は全部嘘だったのか。いや、嘘ではないのかもしれない。本当に誘ったのかもしれない。それでもあの時発せられた言葉がただ自分がのし上がる為の誰かを陥れる言葉だったのだと理解した。


 上辺だけの欲まみれの人間ばかりを見て来たユリウスに取って人間とは皆、そう言う生き物なのだと思うようになった。だから、来るものは拒まないが、追うこともなくなった。



「僕は、ユリウスさんに助けられてばかりですね」


「…気にする必要はありません」


 朝日はユリウスの存在に気づくと真っ赤に泣き腫らした目をゆるゆると緩めて微笑む。朝日の頭をラースを真似てユリウスがぶっきらぼうに撫でるとエヘヘ、と照れたような笑顔に変わる。


 そんな中で出会った朝日の初めの印象は普通の可愛らしい少年だった。しかし、いつの間にかユリウスにとっては唯一無二の存在になっていた。

 朝日を見ていると心が落ち着き、話すと心が洗われる。裏表がなく、思っていることが全て顔に出て、素直で相手を陥れようとは思っていない。人と人の間に入った時も決して第三者のように見守るだけではなく、いつだって双方が納得する提案をするし、どちらの味方でもある。

 だから、みんな朝日の意見を受け入れるのだ。思われていると疑いもしない。

 ユリウスにとって朝日だけが初めて会った時からモヤモヤしない唯一の相手だった。だからそこ、疑ってしまったのだ。何故モヤモヤしないのか、と。


 あぁ、もう人を避けるのはやめよう。きっと避け続けた人の中にも朝日みたいな人はいたはずなのだ。悪い面ばかりを見て、全てが悪だと決めつけていた。きっと世の中そんな悪い人ばかりではない。

 そう、思うようになっていた。

 全て朝日が証明してくれたのだ。


「ユリウス分かっているな」


 ギルドの前に流石に公爵家の馬車は付けられない、と少し手前の路地裏に止まった馬車から朝日、ゼノが降りる。

 ありがとうございます、と手を振る朝日にユリウスが手を振っているとポツリ、言葉を落とされた。


「…魔物が街に入り込むなど、普通では考えられません」


「先日の件といい、魔物関連の事件がここ何件か立て続けに起こっている。目を光らせておけ」


「かしこまりました、王弟殿下」


「約束を忘れるな」


 馬車を降りていったラースの言葉にユリウスはグッと拳を握った。




















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