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フルートの音色



 商店街の端の端。人通りは少なく、少し寂れた雰囲気が漂う場所にそのララットさんの店はあった。

 木造の古めかしい建物は突けば穴が空いてしまいそうなほどに年季が入っていて、新しい店が多い王都の中ではかなり珍しい老舗のお店だ。


「こんにちは…」


 軋む扉をゆっくりと押した朝日は恐る恐る声をかける。店頭には丸薬、傷薬、風邪薬などの常備薬からポーションや包帯、薬草湿布などの冒険者必需品などの商品が所狭しとならべてあるが、何せ古い建物なので窓はまだ木戸で、それを閉め切っているので薄暗く、奥に行くにつれて何があるのか見てたらないほどに暗い。


「こんにちは。坊やが朝日君かな?」


「うん、そうだよ」


「朝日君、よく来てくれたね。私が依頼を出したララットだよ」


 奥から出てきたのは小柄な店主。歳のせいか手には杖が握られおり、腰も曲がっていて更に小さく見えた。

 朝日が依頼主だと分かり慌ててペコリ、とお辞儀をすると同じくお辞儀を返してくれた。店のくらい雰囲気とは打って変わり、ニコニコと微笑みとても優しげな店主に安心した朝日はポシェットから依頼書を取り出す。


「ご依頼はベルちゃん探しですね!特徴とかあればお聞きしたいと思いまして伺いました」


「それはそれは、わざわざご苦労様です。一応ベルを書いた絵を用意しておきましたよ」


「それならすぐに見つけられそう!」」


「頼りにしてますね」


 ホホホ、と笑うララットから絵を見せてもらう。

 渡された紙にはインコのような小さな小鳥の絵が写真のように精巧にモノクロで描かれており、色などの特徴や好きな木の実などの細かな情報も用紙いっぱいにびっしりと書かれていた。


「ベルちゃんは…魔物ですか?」


「よく分かったね。ベルはメロディバードという種類の魔物でね。ある日窓辺に卵が置いてあってカタカタと揺れるものだから温めて…。そこから5年の付き合いさ」


 魔物は原則飼育を禁止されている。一部国が認めた温厚生物のみ家畜用として飼育されているが、それ以外では見つけ次第駆除対象となっている。

 当然その事は店主も分かっているだろう。だから、依頼書にはペットとだけ書かれており、どんな動物かまでは記されていなかった。


「何故僕に…?」


「知り合いから君の話を聞いてね。もしかしたら受けて貰えるかも知れないと思ってね」


「お知り合いから…?」


「フェスタ、と言えば分かるかな?」


 納得のいく回答に朝日は静かに頷いた。

 フェスタに昼食を誘われた日に指名依頼が二人同時にはいる、というのは確かに偶然にしては出来すぎていると思っていた。前回の指名依頼は顔見知りだったし、ララットとは面識は無かったので、朝日も不思議だったのだ。


「ベルちゃんはどのくらい帰ってなんですか?」


「そうだね…もう、ひと月くらいになるかな…。あの日は外が騒がしくてね。此処は中心地から少し離れているだろ?だから何があったのかわからないで外に出たんだ。そしたら外が急に明るくなってね…。ベルが驚いて店の外に出て行ってしまったんだよ」


「いつも室内で飼われていたのですか?」


「きちんと鳥籠で飼っていたよ。珍しい魔物とは言え、人様に見られる訳にはいかないからね」


 確かに魔物を飼っていた、となればかなり大問題となる。凶暴性の高い魔物なら最悪死刑もあっただろう。


「私ももういい歳だ。最近妻に先立たれ、ベルだけが私の心の支えなのだよ」


「…うん。僕、頑張って見つけます」


「…受けてくれるのかい?」


「ギルドって実は依頼受ける時に審査をするんだ。多分この依頼も受理する前に審査をしたはずだよ。審査に通ったのなら大丈夫!」


 店主はギルドに依頼をしに行った時のことを思い返す。確かに依頼書を記入した後に何やら水晶のようなものに手を翳すよう言われたのを思い出す。


「… ベルは私らの癒しだった。よろしく頼むよ」


「うん!任せて!じゃあ、僕行ってくるよ!」


「…気をつけて行くんだよ。無理はしないように」


「うん!」


 店主の思いの詰まった手書きの紙を握りしめて元気に駆け出して店を出て行った朝日。店主はそれに手を振って送り出す。


「メロディバードについてまず調べないと!」


 朝日はとある場所に向かっていた。

 朝日が知っている中で一番本が沢山あって、優しい物知りな人がいる場所。


「トーマスさん。こんにちは!」


「おー、坊や。また来たのかい?」


「うん!今日はセシルさんのお家に!」


「今日はメイドさんも一緒なんだね」


「え?」


 貴族門の守衛をしている男とは何度か顔を合わせているうちに知り合いになった。こう何度も貴族以外の人が通ることは少ないし、ましてや小さな子供が一人。なので守衛もついつい覚えてしまったのだ。


「お使いがあってね。私も屋敷に戻るの」


「ユナさん、今日はクロムさんいる?」


「えぇ。今日は旦那様も屋敷にいるからクロムも屋敷にいるはずよ」


「良かった。前に見せてもらった本をもう一度見せて貰いたくて」


「なら一緒に行きましょ」


 この国は中心からやや北よりに王城があり、王城を守るように赤、青、白の各騎士団の本部が置かれている。王城の背後は帝国との国境にもなっているフロン山脈が帯状に伸びている。王城から扇状に貴族達が住む貴族街が配置されていて、それを囲うように貴族街は正門には及ばないが、高い壁で区切られている。

 朝日達がいたのは貴族街に入るための3つの門のその内の一つだ。

 貴族門の外側は朝日やゼノが泊まる宿やギルドがある商業区、その商業区を挟むように王都民が住まう居住区、そして西側には工業区と東側には生産区と分かれていて、今は王都の発展と共に増えた住民達の為にその更に奥にも居住区が増やされている。

 その内、貴族門は商業区、工業区、生産区に門を構えている。

 貴族門は傍目から見てもかなり機能的だ。主に常駐している守衛の働きが大きい。

 貴族専用の厩舎があり、馬車の管理と馬の世話までしてくれる。更に貸し出し用の馬車を用意してくれたり、道案内は勿論、連絡馬車の手配や言伝や荷物を預かったり、貴族達との取次やアポ取りまでやってくれる、徹底ぶりで至れり尽くせりだ。

 トーマスが言うに門の守備と出入の確認が本来の仕事らしいが、その出入に際してやはり確認取りが必要なのでその他の仕事も必要に駆られてやっているらしく、中でも一番多いのが朝日も乗ったことのある騎士団へ直通の連絡馬車の手配だそうだ。

 そんな大忙しの親切な守衛トーマスに見送られ今日はユナと共にハイゼンベルク家の馬車に乗り込んだ。


「朝日君、いらっしゃい」


「セシルさん!」


 屋敷に着くや否や出迎えてくれたのはセシルだった。まるで朝日が来ることが分かっていたかのような対応だが、朝日がそれに気付くことはなかった。


「この前クロムさんに見せてもらった魔物図鑑を見せて貰いたくて!」


「魔物図鑑だね。私の部屋にあるよ、いらっしゃい」


「うん」


 セシルは朝日と部屋へ向かいながら、使用人達に次々と指示をして行く。お茶、お菓子、昼食、などなど此処でも朝日は至れり尽くせりだ。


「どうだい?知りたいことは分かったかな?」


「…うん」


「それはメロディバードだね。とても美しい鳥型の魔物だよ」


「セシルさん、知ってるの?」


「あぁ、見たことがあるからね。大きさは人差し指に留まれるくらい小さく、全体は薄黄色だけどトサカと尻尾にかけて淡い青色こグラデーションが綺麗なんだ」


「見てみたいなぁ」


「それに彼らはその名の通り音楽にとても敏感でね。美しいメロディを聞くとそこに長く留まるので、音楽家達は腕試しとして彼らに会いに行くんだよ」


「…音楽。音楽かー」


 セシルは悩ましい表情をする朝日の口元にニコニコと優しい笑顔でお菓子を運ぶ。考え事をしながらももぐもぐと動く口がセシルの関心を引いているようだ。


「旦那様、楽しいの?」


「私もやりたいわ」


「これはやらせないよ」


 変わらない笑顔を双子に向ける。

 ぶつぶつと呟きながら何かを考えている朝日にはその様子は見えていない。その間もセシルは朝日の口元にお菓子を運ぶ。


「一度決めた住処からはあまり離れない…音楽は…オルゴールとかあればいいのかな…でも、音色の好みがあるんだよね…僕、楽器は出来ないし…」


「楽器、何かお教えましょうか?」


「ううん、実は依頼で直ぐに必要なんだ」


「楽器を弾くのは誰でもいいのですか?」


「うん」


「では、私は如何でしょう。貴族に聞かせられる程度には出来ますよ」


「…もぐッ、実は街中で引く必要があるんだ」


「私にいい考えがありますよ」


「…?」


 セシルに差し出されたお菓子は全て食べ切った朝日の口元には沢山の食べカスが付いていた。















 


 

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