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黒騎士の依頼



 大粒の雨が激しく窓を叩く。大きな雨音に気もそぞろで、長く続いた巣ごもり練習生活も相まって練習に身が入らない。

 やらなくては、と言う気持ちはあるものの、先行きの見えず、成果が出ない練習に気持ちも沈み切っていた。

 そんな中、朝日の元に一通の手紙が届いた。

 手紙の内容は冒険者が認められた証。“指名依頼”のお願いの手紙で朝日の気分を上げてくれるものだった。


「見てー!僕に“指名依頼”来たんだよ!」


「おやおや!それは凄いねぇ!」


 長らく部屋に篭っていて、日に日に落ち込んでいっていた朝日の久々に見せた屈託のない笑顔に女将は思わず涙が出でしまいそうになるほどに嬉しかった。


「僕、ギルドに行ってくるね!」


「はいはい、いってらっしゃい」


「行ってきまーす!」


 元気よく手を振って出て行く朝日に手を振って見送る。直後に階段から降りてきたゼノに満面の笑みで挨拶をする。


「おはよう、ゼノさん」


「あぁ」


「暫く篭ってたからねぇ。嬉しそうに出かけて行ったよ」


「…悪い事したとは思ってる」


「仕方がないさね。あの子のためだったんだろ?」


「…」


 ゼノは何も言わないが朝日の為以外にゼノがそんな事をするわけが無いと女将も分かっている。

 朝日が寝込んでいたあの一週間、ゼノがどれだけ彼の世話に尽力していたのか一番良く知っているから。


「これからは篭らなくていいのかい?」


「しばらくは、な」


 まだ何かある、とゼノの含みのある言い方に少し眉尻を下げてふー、と息を吐く。

 朝日も可哀想だが、そんな朝日を守るために彼に無理を強いている事を悔いているゼノも嫌な役回りをしているのだと不憫に思う。


「なんかあれば言いなさいな」


「あぁ、悪いな」


「気にするんじゃないさね」


 部屋に戻って行くゼノに声をかける。

 朝日の見送りにきたのなら顔を見せればよかったのに、とふん、と困ったような表情で彼の背中を見送った。




「二度目まして。ロードアスター・サンタナービスと申します」


「あ、黒の人…」


「名前長いからロードでいいよ〜!あ、俺を黒騎士って知ってるの一般人だと君とそこにいる君の保護者達だけだから、外では言わないでね〜」


 挨拶から人が変わったかのように飄々とした話し方に朝日は呆気に取られボーと彼を眺める。


「…うん、分かった。言わない」


「ありがとね〜。じゃあ早速依頼内容を話そうか?」


「うん」


 ギルド長の執務室に入るのは2回目。今回はこの前と違ってフカフカのソファーに座っての話し合いで和やかな雰囲気だ。

 近くでアイラとギルバートが見守ってくれているので朝日もとてもリラックスした表情だった。


「今回お願いしたいのは、手紙にも書いていた通り“高値の花”という植物の採取依頼だよ。この花はその名の通りとっても高価で美しいんだ」


「やっぱり、見つけにくい?」


「そうだねぇ、とっても見つかりにくい。だから“高値の花”なんだよねぇ〜。そして、もう一つ!この花が生えているのは崖!だからこれは採取難易度Sランクのとっても危険な依頼なんだよ〜」


「ぼ、僕、頑張るよ」


 ニッコリと笑ったロードアスターに朝日はとても真剣な表情で受け応える。二人の温度差に自身の執務席から見ていたギルバートは困ったような笑顔だった。


「早速お願いしたいところだけど〜、この雨じゃねぇ…」


「え!僕、大丈夫だよ!」


「うーん、じゃあ行ってみるかー」


 あまり乗り気ではなさそうなロードアスタは両手を頭の後ろに組んで立ち上がる。


「朝日君。これが“高値の花”の資料よ」


「気をつけて行って来て下さいね」


「ギルバートさん、アイラさん、ありがとうございます!」


 アイラに差し出された資料を受け取って先を歩くロードアスタに続いて朝日は執務室を出る。


ーーー坊の情報はもう気にしなくていいよ〜


 朝日がこの執務室に飛び込んでくる前にロードアスターが言った言葉を思い出しながらアイラはため息をつく。


「情報を隠せたのなら、もう朝日君と関わらせない方がいいんじゃないの?」


「…ゼノが彼らに朝日君の情報を話さないなら彼らが直接聞く機会を与えるしかないでしょ?」


「…何で言わないのよ、アイツ」


「ゼノの肩を持つ訳ではないですが、多分私も彼と同じ立場ならそうしたと思います」


「…男って大変ね」


 ギルバートの渇いた笑いが部屋に響いた。





「今日は宜しくお願いします」


「…え?」


 ロードアスターに続いて部屋を後にした朝日はペコリとお辞儀をした。それに驚く黒ローブの女性。朝日が執務室に飛び込んだ時も出た時も変わらず部屋の前で待機していた彼女。

 その時もペコリとお辞儀されたが、まさか自分にしているのだとは思っておらず、変な声が出てしまった。


「あれ?何で?朝日君見えちゃう系?」


「え!オバケ…?」


「いえいえ!“気配遮断”を…」


「そうなんだ!それゼノさんに聞いたけど認識されたらダメなんだよね?」


「え、えぇ…」


 驚いたー、と笑いながら歩き出した朝日とロードアスターの後を彼女は無言で追う。その視線は彼を捉えて離さない。

 それは目的地へ向かう馬車の中でも、雨に濡れた森の中でも続いた。

 森が深くなればなるほど高く伸びた木々の大きな葉が雨を遮ってくれている。それでもやはり木を伝って降りてきた雨は地面を濡らし、足元は泥濘んでいていつも以上に歩きにくい。

 雨など気にしないとばかりにジメジメを通り越した森の中で会話に花を咲かせるロードアスタと朝日。彼女はあれから一度も話していない。ただ後ろを着いてくるだけ。勿論、朝日から視線を一度も晒さずに。


「あ!何かお花…」


「早速〜?」


「あ、でも違うみたい」


 あの事件以来、お気に入りになったポシェットからひとつの綺麗な青い花弁の花を取り出す。

 その様子を確認したロードアスターは朝日に気付かれないようにチラリと黒ローブの彼女に視線を送り、彼女はそれに小さく頷いた。

 そして後ろを黙ってずっと着いてきていた彼女は漸く沈黙を破りその凛とした雰囲気の花の説明をし始めた。


「それは、ソーマの花という大変貴重な花です。毒、麻痺、幻覚、などの様々な状態異常を回復させる万能な薬草です。自生区域がとても森深く、魔物が蔓延る危険が伴うので採取難度Bの入手難易度Dの薬草です」


「だってさ!この子精密機械みたいにほんとなんでも知ってるから、何でも聞いていいよ〜」


「本当?僕ね今スキルの事で悩んでて…。相談に乗ってくれる人探してたんだ!後ね、前にゼノさんが生活魔法、って奴を使ってて、僕も覚えたいなぁ〜って」


「あー、魔法に関してはユリちゃんかシル辺りに聞いた方がいいよ〜?白騎士は魔法使いの集団だからねぇ!それに教える、って事ならシルは上手いよ〜」


「セシルさん?」


「そうそう!」


「じゃあ、生活魔法はセシルさんかユリウスさんに聞いてみる」


「スキルに関しては今見せて頂いた限り、私の知っているスキルでは無さそうですが、どの様なお悩みなのですか?」


 話題が話題だったが、まさか本人から秘密話を話し出してくれるとは。勿論誘導したのだが、ここまであっさりとは正直かなり意外だった。ゼノが言わないように口止めしている可能性もあったし、そもそもスキルに関しては自身の強さの秘訣、要は奥の手となり得るので他人に話すことは普通ならしない。

 これならゼノが隠していた秘密も本来の目的の話もも早々に聞けそうだ、と楽しそうににやけるロードアスターは二人を少し離れたところから観察していた。


「僕はこのスキルの事【自動回収】って呼んでるんだけど、自分の周りの物を勝手に回収するんだ」


「【自動回収】…ですか」


「あ!勿論他の人の所有物とかはしないよ?でも、この前、とある盗品を“回収”してしまって…盗品みたいな所有者不在の物も回収できるって分かったから、“回収”するものを自分の意思でコントロールできるように練習してたんだけど…」


「うまくいかないと」


「そうなの…」


「一つ思い当たる事があります」


「本当?!」


 嬉しそうに身を乗り出すように顔を近づける朝日に黒ローブの彼女はタジタジで、思わず数歩後ろに下がるが、朝日はそれにすら食い下がる勢いで迫ってくる。


「あ!あの!…近いのですが…」


「ごめんなさい!」


「いいえ…」


 朝日は慌てたように直ぐに身を引く。

 彼女は見えない顔を更に伏せてしまい口元すら見えない。ギルドのみんなも当然アイラやゼノも、ユリウスやセシル、クリスも皆、割とスキンシップが多い。抱きつくなんて良くある事だし、アイラなんてしょっちゅう抱きしめてくれる。最も朝日は手を握る、という行為に特別な意味合いを持っていて、好意を持つ相手には必然的に行っていた。

 勿論みんながみんなそうでは無いとは分かってはいるが、自身と周りがそんなのばかりなので如何も最近は特に距離感の考え方は緩んできているかも知れない。


「あ、その…私の予想通りだったら…その、マナ管理さえ出来る様になれば問題ないかと…」


「マナ管理!僕に教えて下さい!よろしくお願いします!」


 こくん、と頷いた彼女に嬉しさから飛びつきそうになった朝日はビックンッと全身に力を入れて、何とか思い止まり、ハハハ…と乾いた笑いを浮かべた。















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