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王都カバロ




「私の名前は、セシル・ハイゼンベルク。白の騎士団の副団長を務めております。私の事はセシルでもシルでもお好きにどうぞ」


「俺はクリストファー・ランダレス。クリスでいい」


「貴方のお名前は?」


「僕は朝日・陽野です」


 あれから団長と黒い騎士の一悶着の一部始終を見ていたのだが、急に団長が目の前に現れて抱きしめられたと思った時には今朝、彼と出会ったところからほど近い場所にあった野営地まで戻っていた。

 背の高い草のせいで見えていなかったみたいだ、と妙に納得して自分の通った小道から団長に目を向けた。

 驚いたは驚いたが、それよりも助けた人達はどうするのかととても心配になっていた朝日の視線に、団長は別の者を送った、とただ一言告げた。

 それから何故か無言で馬車に乗せられて、同乗したのが彼らセシルとクリスだ。

 フカフカな座席を確かめたり、窓の外の流れる景色を眺めたり、はじめての馬車に興奮する朝日に不思議そうな二人の視線が送られる。

 そんな朝日にセシルはこれから向かう王都についてや彼らについてなど話してくれた。

 団長と呼ばれていた彼はこれから向かうフロンタニア王国にある王都カバロに駐屯している白日の騎士団、通称白騎士の団長ユリウス・エナミラン。歳は27歳で爵位は侯爵だと言うこと。

 そして野営地まで連れて行ったあの技は《跳躍》と言うものでただジャンプして移動しただけだと言う。

 確かに少しふわっと浮くような感覚があったかも、と思い出いだすように唸る朝日だったが、ユリウスの胸に顔を押しつけられるようにして強く抱きしめられていたから視界は真っ暗で、正直何が起こったのかは全く知らなかった。

 宙を見上げている朝日に勿論そんな神がかりな事は彼にしか出来ないのだとセシルは力強く言った。


「この子は白日の騎士団団長、ユリウス・エナミラン侯爵閣下の庇護を受けている。監督代理のセシル・ハイゼンベルクが身元を保証する」


「…はぁ…白の団長様が、ですか…」


「まだ何かあるのか?」


「…い、いえ!白日の騎士団副団長殿、特攻隊長殿、お疲れ様です!了解しました!」


「入国税はこれで良いか」


「た、確かに。どうぞお通り下さい!」


 この国には4つの騎士団がある。温かな心で思い遣り、温厚篤実に国民を守る赤誠の騎士団。強い忠誠心を持ち、泣斬馬謖に王を守る碧血の騎士団。真実を追求し、真実一路に国の秩序を守る、白日の騎士団。影に忍び、陰森凄幽の如く裏から支える黒印の騎士団。

 それぞれ色を取って赤騎士、青騎士、白騎士、黒騎士と呼ばれているらしい。

 今の門番は青い制服を着ていたので多分青騎士だろう。


「お二人ともお偉い方だったんですね!」


「まぁまぁだな、そこまで偉くない」


「朝日君は街に来て何をしたかったのですか?団長に街に行きたがっていた、と聞きましたが…」


「その、街に行きたかった目的は実は達成してしまって…。今は冒険者になろうと思ってます」


「…冒険者、ですか」


「昔読んだ本で…その、冒険者になる人が多くて」


「…?不思議な物語をお読みになってたんですね」


「僕も良く分かってないんです」


 朝日のはぐらかすような話し方に二人は違和感を感じるが、それを敢えて受け流し話を続ける。


「それでは先立つものも御座いましょう」


「確かに…このままでは行けねぇーな」


「…」


 どう見ても軽装、と言うかその前に外歩きの用の服でもない。武器も防具もないし、闘いのたの字も知らない。


「それでですが。団長から伺いました。貴方のおかげで致命的なミスを回避できたと。トロルの情報料も入れてあります。お受け取り下さい」


「え、トロルは黒い人達の獲物だったと聞きましたし、交換条件だったのに情報料なんて受け取れません」


「あぁ、それはお気になさらず。手柄を譲った事になったので、いい貸しになりました。此方としては寧ろ感謝しております。その謝礼という事で」


「…でも」


「お受け取り下さい」


「そういうのは有り難く受け取っとくもんだぞ」


「は、い」


 朝日のビー玉の目がうるうると輝く。困ったという気持ちを隠す気もなく、まるで子犬のような反応だ。

 そこにトロルの刺激臭さえしなければもっと良かっただろう。

 匂いとは別の理由で咳込んだセシルをその困った表情のまま大丈夫かと覗き込む顔はあどけなく、男であると忘れてしまいそうだった。

 セシルは顔を背けながら、朝日の両肩に手を遣ると途端に清々しい森のような匂いが漂う。


「これでもう大丈夫」


「とても良い匂いです。ありがとうございます」


「…あ、その。ありがとうございます」


 何にありがとうなのかよく分からず首を傾げる朝日に、2人は数歩後ろに身じろぐ。息の相過ぎているその行動に朝日は思わず声を上げた。


「…そ、そういえば朝日君は何歳なんですか?」


「僕は成人したての16歳です」


「「はぁ?????」」


「ほやほやですよ!」


 確かにあどけないと言った筈が。見た目だけではなく話し声とか仕草とか、どれを取っても12、3才かそれ以下だろうと誰もが思っていた。

 当然成人しているなんて誰一人として思っていない。

 動揺を隠す為に話を変えたつもりが、更に驚かされる2人は空を見上げてながら頭を抱えてため息をつく。


「それにしてもクリスさんはとてもカッコいいですね。筋肉とか、とても憧れます!」


「へ~。良く分かってんじゃねぇか、坊主」


「朝日君、クリスがカッコいいだなんてそんな馬鹿な話しはないですよ」


「そしてセシルさんは美しいです」


「う、美し…」


 途端に赤く火照った頬を隠すように両手で覆うセシルを普段そんな顔を見た事が無いクリストファーは意地悪く揶揄う。それを目元を緩めて微笑む朝日。何かとてもいい雰囲気だ。


 入国後、道案内がてらに馬車を門近くの宿舎に預けて少し街を見て回る。本当の意味の初めての街に感動する朝日は目を輝かせてちょろちょろと動き回る。それがあまりに危なっかしく、人にぶつかりそうになったり、馬車に轢かれそうになったりとしんぱいでならなかった。

 街歩きの基本を如何やら彼は知らないようだ。


「こっちはお肉が売ってます!」


「はい、これはホーンボアの串焼きですね」


「こ、これは…」


「その赤黒い飲み物はブルーベリーと言う果実をすり潰したジュースですよ」


 全てのものを物珍しそうに見て回る朝日。本当に楽しそうで、嬉しそうで、急かすのも可哀想だ、とだいぶ遠回りをしながら目的地へ向かう。


「この丸いのは?」


「坊主!これはなぁ、王都名物ポンポンだ!まけてやる、食ってみろ!」


「良いんですか?」


 そこでチラリとこちらを見る朝日。貰っていいものなのか、と言う事なのだろうか。セシルが微笑んで見せると嬉しそうに店主の手に齧り付く。


「なんだぁ!貴族と思ったら、ただのやんちゃ坊主だったか!」


 後ろにいるセシル達を護衛が何かと勘違いていたのだろうか。貴族の子供のお守りだとでもいいたげな店主にセシルはもう一度笑ってみせる。

 途端に引き攣った笑みを向ける店主に何か間違っただろうか、と頭を抱えるクリスに目を向ける。


「…何か?」


「おま、無意識か…?」


「無意識…」


「何が気に入らなかったのかしらねぇーが、朝日に見せんじゃねぇーぞ」


 自分はどんな表情をしていたのか、と近くの店のショーウィンドーに目を向ける。

 あー、成程。これは酷い顔だ。

 店主が怯えるのも無理はない。相手を怯えさせる時に自分でもよく使う師匠譲りの表情。何故そんな顔をしていたのか自覚もない。


「セシルさん!クリスさん!これすっごく美味しいよ!」


「まだ食べたいですか?」


「ううん、大丈夫」


 そしてこの表情を彼に向けてなくて本当に良かった、と冷静に考える。いつもならこんなミスは絶対に起こさない。ミスをして、更に言われるまで、自分で見るまでそれに気づかないなんて、そんな事一度もした事がない。


「食いたいなら食っていいんだぞ?」


「でも、お金…」


「そんなん、コイツに出してもらえばいい」


「あのね、どうすればいいのか分からなくて…」


「「…?」」


「銅貨ってどれですか?」


「銅貨はこれだ」


 変わった子だとは思っていたが…。さっきから興味はあるのに何も買わなかったのはやり方、使い方が分からなかったから?

 いつもながら乱暴な物言いだが、しっかり教えてやるクリスとそれを真剣な眼差しでうんうん、と頷きながら聞く朝日をセシルはボー、とただ見つめる。


「心配なら見てろ。セシル、金」


「あ、あぁ…」


「見てろよ?」


「はい!」


 ふと、何故クリスに素直にしたがってしまったのか、と疑問に思う。クリスに集られるのはいつもの事だが、いつもなら刃の一つや二つは飛ばしている。しかし、今は何とも思わない。

 それもなんだか自分らしくない反応だった。


「…難しそう、」


「まぁ、今日のところは俺らもいるし、気にしなくても良いけどな。今度一人で頑張ってみろ。じゃねぇーと飯もまともに食えねぇーぞ」


「はい…」


 この子はこんな調子で大丈夫なのだろうか。生きて行けるのだろうか。とても不安になった。








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