聖剣
季節は巡り葉が色付いて来た今日この頃。
周りは森に囲まれていて、穏やかな日差しが心地よい陽気。一応、街とは言われているが、周りの村より少し人や物が多いだけでほぼ村だ。
道は舗装されていないし、店も露天ばかり、街の周りも田畑ばかりで、娯楽施設なんてない。
それでもやっぱりここで生まれ育った人たちからすればここは故郷で心地の良い場所だ。
つい先日疫病に汚染され、苦しみ、悲しみの涙が流れてしまったが、それでも此処が一番住みやすい場所なのだ。
だから今は何としても生きていかなければならない、と空元気ではあるが、少しずつここにも活気が戻ってきた。
「行ってくるよ」
「トロン無理しなくて良いんだぞ!」
「いや、これは俺の家の仕事だから。父さんが誇りを持ってやってた仕事だから、俺がやらないと行けないんだ」
「…そうだな。行こう」
「うん」
彼の家は他三家と共に昔からこの街が街になったきっかけでもある“聖剣”の管理をしていた。
この“聖剣”には遠い昔、ここがまだただの小さな村であった時、ある英雄がこの地に溢れかえっていた魔物の大群を一人で戦ってくれた。しかし、その英雄はその戦いで膝を突き、最後まで闘えない自分の代わりにこの村を守れるように、とその“聖剣”を残していった、と言う伝説が残されている。
彼らはその伝説の“聖剣”を守り続けているのだ。
「この辺もかなり荒れてるな…」
「そうだね、マルクスの木の辺りまで魔物が来ていたらしいから」
「…ん?」
「如何したの?」
二人は歩き慣れた森の中の荒れ果てた姿に眉根を寄せる。持っていたナタで草木を薙払いながら進んでいたが、見慣れているはずのそこは彼らの知らない場所へと変わり果てていた。
「…トロン!」
少年は連れ立っていた連れの制止を振り切り、慌てて駆け寄る。
幼い頃に大好きな父に連れられて何度も足を運んできていた筈のその思い出の場所は見るも無惨な状態だった。
森の真ん中にぽっかりと空いたそこはいつもなら太陽の優しい日差しが差し込み、暖かなその日差しによって“聖剣”は神秘的な光を放っていた。
それが今は英雄が大岩を切り裂いて作ったと言われていた台座は粉々に砕け散っていて、木々の間から差し込む暖かな日差しの先には“聖剣”の姿はなくなっていた。
「魔物の仕業か…?」
「いや、違う…ね」
「…ふむ」
「だって…あの聖剣は魔物には毒で、人間には抜けないんでしょ?」
「じゃあ…」
二人は砕け散っている石を払い除けながら、辺りを探す。例えそれで手に血が滲もうとも、気にせず探し続ける。
「…ない」
「…ないな…」
「多分、抜けないから岩を砕いて持ってったんだよ…」
「…皆んなに知らせよう」
守っていた筈の“聖剣”が無くなったしまったと言うのに二人はとても冷静だった。
痛む手に布を巻いて、元“聖剣”の丘に背を向けて再び歩き出した。
ーーーこの聖剣がこの地を離れる時 神子が再び英雄を選ばれる その英雄達によってこの地に再び平穏が訪れるだろう
村の者達だけに伝えられている英雄の最後の言葉。持って行ったのが誰であったとしても、その言い伝え通り英雄が…本物の英雄が現れるのだ、と彼らは信じているのだ。
「何か、騒がしいね?」
いつものように依頼を終えて王都の正門を潜る朝日は見慣れた顔に挨拶代わりの質問を落とす。
「あぁ、“聖剣”が盗まれたらしい」
「“聖剣”?」
「ん?お前知らないのか?ほら、この前の疫病が出た街の有名な観光名所、聖剣の丘だそ?」
「ヒルデルさんって色んなこと知ってるんだね」
「へ?あ?何言ってんだ、よ…」
褒められ慣れてないヒルデルは顔を伏せてもう、行った行った、と手でシッシッと朝日を追い払う。
「遅かったな」
「ゼノさん!ちょっとヒルデルさんとお話ししてて」
「話し?」
「うん。何かさっき並んでる時にね、後ろの人も前の人も噂話してて」
ゼノはそれにピン、ときたのか、何も言わずに歩き出す。
ゼノは朝日が青騎士達と話しをするのはあまり良く思っていないようだ。でも青騎士は王都の警備隊で良く顔を合わせてしまうので話さないわけにもいかず、ゼノもはっきり辞めろとは言わないので、朝日は気にしない事にしている。
「気になるのか?」
「盗まれたらしいよ?」
「らしいな」
ゼノも当然その話は知っていたようだか、余り興味を持っていないようだ。
「“聖剣”見てみたかったな〜」
「あ?あんなの…いや」
「…?」
あんなの誰だってみた事あるだろ、そう言いかけて辞めた。朝日が特殊な生まれなのは何となくこれまで共に過ごしてきた間に察した。
聞きたいが、本人が言う気があるならもう話している筈だ。聞いて欲しくなったら自分から言ってくるだろう。そう、ゼノはその手の話を自ら振る事を辞めた。
「行くぞ」
「どんな感じになってるのかな?」
「要望出してたんじゃないのか」
「え?ゼノさんが決めたんじゃないの?」
お互いにえ?と顔を見合って驚いた顔をする。
「あの店主、センスいいと良いな」
「大丈夫じゃないかな?」
店までの道のりは朝日の笑い声が絶えなかった。
「あぁ、お待ちしてましたよ」
ニコニコと笑いかけてくれる優しい店主に二人はやや苦笑いだ。と言うのも朝日が一週間も寝込んでいた、と言うのが言い訳にならないほどに受け取りが遅れてしまったからだ。
寝込んでいる間に防具は完成したと連絡が入っていたのだが、ゼノも朝日もそれどころではなく、最近は疫病の件の後始末やら、朝日の挨拶回りやらで大変忙しくしていたので中々取りに来らなかったのだ。
「悪かったな」
「いえいえ、冒険者の皆さんがお忙しくしているのは私も知っておりました。ゼノさんも大変活躍なさったようで」
「そうなんだよ!僕、見れなかったんだけど…まっっっしろな光で綺麗だったんでしょ?」
「そうなんだよ。私は此処から見ててね、本当に綺麗だったよ」
「良いなぁ」
朝日の活躍の話は伏せられている。薬草の件に関わっていたのは青騎士とギルドだけだったので情報を止めるのは簡単な事だった。
まぁ白にも少し手伝わせたが。
当の朝日は勿論それを自慢する事もひけらかす事もしない。ゼノの剣を見つけてきた事で皆んなから散々褒められて満足しているらしい。
だから特に何も伝えていない。自分が凄いことをした、とは思っていないようだ。
「着せてもらえ」
「うん!」
「では、此方に」
朝日は着替える為に店主と共に奥へと歩いていく。ゼノの話で盛り上がっているようなので、少し居心地が悪くなり、着替えを促したのだ。
「…ねぇ、ゼノさん。…如何かな?」
「…まぁ、良いんじゃないか。少し強そうに見える」
「本当!?」
やったぁ!と嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている姿を見ると、出会ったあの日を思い出す。
アイラを心配してぴょんぴょんと飛び跳ねる美少年。何とも可笑しな絵だった。この時何故自分があんな行動を取ったのか、今更ながらに不思議に思う。そして、その時に行動した事をこんなにも良かったと思う自分が何ともむず痒い。
「ちょっと」
「良いかしら」
「…何だ」
そんなゼノの心の中の葛藤を知ってか知らずか、忍び寄ってきた二人組。ゼノの背後を取れる人間なんて本当に数えるくらいだろう。それがあのセシルの家の者ばかりなのが、如何も納得いかないが、真実だ。
朝日が店主に防具の機能などの説明を受けている間に話しかけてきたのはあの双子の姉妹。
「報告よ」
「とりあえずは落ち着かせた、って」
「…分かった」
「それにしても可愛いわ、朝日」
「あら、いつから呼び捨てにしたの?私もそうしようかしら」
「お前らの主人ですら呼び捨てにしてないのに良いのか?」
「だって、貴方が呼び捨てなのよ?」
「あ?」
「ゼノさん」
機嫌が悪そうにゼノがそう言いながら振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
「終わったか」
「うん、これ何か凄すぎて…落ち着かない」
白地にコバルトブルーと灰色の刺繍が朝日の空色の髪と灰色の瞳を彷彿とさせていて、目立つその髪を隠せるようにローブにはフードが付いている。
中はシンプルに白を中心にブルーやグレーを使った柔らかな配色で防御力はそのままに軽く動きやすい伸縮性のある生地で仕立てられている。
腰と腿にはカスタム自由な革製のバンドが巻かれており、ナイフや携帯食、ポーションなど直ぐに使う物の収納にも便利になっている。
そしてその全てに暑さや寒さを抑える為に外気温度調節機能と自動修復機能まで付いている最高級仕様。
他にも色々と機能はありそうだ。中々気の利いたことをしてくれる。
「他にも受け取る物が残ってる、行くぞ」
「あ、うん!」
「次は、季節が変わる前にお願いしますね」
朝日はペコリとお辞儀をして店を先に出て行ったゼノを追いかけた。




