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壮絶な戦い



 如何にも何かありそうな薄暗い森の中。

 何故だろうか。ただ薄暗いだけではなく普段なら喜ばしい煌々と照らしてくれる陽光ですら、今は禍々しく見えてくる。

 そんな森の中で響くのは人と魔物のぶつかり合う戦いのけたたましい音だけ。


「クソッ」


「応援はまだか!?」


 人間側に苦しい状況が続いているのはその息遣いだけで良く伝わってくる。冒険者達が必死に抑えていたのだろうが、その前線を下げずにはいられないほどに魔物の数が多い。

 当然騎士達も戦っているのだろうが、彼らはいつもは相容れない間柄。お互いを信じて背中を預けるなど到底出来ない。決していがみ合っている訳ではない。好かない、と言うだけ。

 相互不干渉はこんな状況下でもやはり続いてしまうようだ。

 


「よりにもよってクリスタルフロッグかよ!」


「戦いづらいだけじゃなくて、剣士は論外だからな」


「魔法師まだか!」


「詠唱時間くらい静かにしててよ、ね!ファイアーボール!!」


 あちらこちらに魔力切れか、それらしい格好をした人達が休んでいる。剣士達も前線を下げないよう、詠唱時間を稼げるよう、タンクとして身体を張っているが、それも時間の問題だろう。


「まじで火系しか効かないとか…」


「魔物だから聖系なら効くさ」


「いや、聖系使えるのなんて…」


「…すまん」


「いや、俺も悪かった…」


 触らぬ神に祟りなし。

 よく言った言葉だ。彼らの中で最も恐れられている言葉がこの先の会話を途絶えさせる。


「おい!テメェ!」


「馬鹿野郎!下がるな!」


「無理だろうが!こっちはライジングオーガが来てるんだぞ!」


「ウルセェ!こっちはメイジトレントだ!」


 いがみ合い、貶し合いの応酬。

 目的のクリスタルフロッグの他にも共闘などあるはずもない魔物達が押し寄せ、溢れ返り、その対処にも苦労している。

 そもそもの目的であるクリスタルフロッグ自体、魔法攻撃以外を一切寄せ付けず、剣士の天敵と呼ばれているランクAの魔獣なのだ。


「どうにかなるのかよ、これ」


「どうにかするしかないだろうが!」


「でも、私もう…魔力残ってないわよ…」


「お、俺も…もう、無理」


 そして引っ切り無しに押し寄せる魔物達に人間側は疲弊するばかりでその数を減らせていないのが現状ある。彼らはそれによって尚更疲弊していくのだ。


「クッソ」


「文句なら後にしてくれ。やる気が削がれる」


「ゼノ!何とかならねぇのかよ!」


「そうだ!あれやってくれよ!あれを…」


「それは禁句だ、ラルク」


 そして口を噤む。

 みんながみんな一様に口を噤むのだ。

 それまでの怒号の数々が嘘のように辺りは静まり返る。正確には魔物達の鳴き声や攻撃音、冒険者達の歯を食いしばるような声だけは聞こえている。言葉が失われている、と言う事だ。


「はいはーい!皆さん、マジックポーションですよ〜!朝日君に感謝して飲んで下さいね〜!」


「あぁ、朝日が居なかったらもうダメだったかもな」


「魔法師はマジックポーションが無ければ使い物にならないしな」


「なに?あんた達はまさに今使い物になってないんですけど」


 そんな空気を打ち消すようにかけられた声に掛けられた声に軽口を叩けるくらいには士気が上がったかも知れない。が、それだけでこの状況がどうこうなる筈もなく、苦戦は続く。


「ゼノ、一回下がれ」


「まだいける」


「いいから、一旦下がれよ。お前が崩れたら前線を更に大きく下げるしかなくなる」


「……わかっ」


「ゼノ!ゴラァ!!!」


 ゼノが納得しかけたその時、遠くの方からやまびこの様に木霊しながら響き渡る怒号と何かを薙ぎ倒しているかのような爆音が前線を守っていた全員の度肝をぬく。


「あれって…ア、イラ…か?」


「アイラだろ」


「あんな事するのはアイラくらいしかいねぇよ」


「ゼノォーーー!!!ゴラァ!!!聞いてんのかーーーぁ!オラァ!!」


「何だ。こっちは忙しいんだ」


「忙しいとか言ってる場合じゃねぇーーーんだよ!!!アホが!!!」


 見るからに肩で息をしているアイラが草木を掻き分けて…いや、薙ぎ倒してその形相を見せる。

 般若。その言葉に尽きる。

 まだ戦闘もしていないだろうに傷だらけの泥だらけ。何があったのか、と彼女を見ていたのはゼノだけではなかった。


「おい!魔物は止まんねぇーんだぞ!」


 だからと言って魔物は止まってくれない。戦いは続いていて、アイラに注目していた者達は構え直したり、詠唱を始めたりと慌てて戦闘に戻る。


「ゼノ」


 アイラの憎たらしいまでの笑顔。

 そして彼女の背に背負われたそれが降ろされた時、ゼノも同じく憎たらしく笑わざるを得なかった。


「助かる」


「お礼は朝日君に。まぁこの私がここまで運んであげたんだからちゃっちゃとやっちゃってよね。私は少し休むわ〜」


「あぁ、休んでろ」


 ニヒルな笑顔をそのままに頼もしいセリフを吐いたゼノにアイラは小さく笑ってその場にバタっと倒れた。


「ゼノ!それは!」


「朝日からのプレゼントだ」


「お前ら帰ったら朝日に飯奢らねぇーとな!」


「沢山褒めてやらねぇーと!」


「俺らの救世主だ!」


「オラオラ!行くぞ!」


「「「「「オーシャー!」」」」」


 高まる士気。

 そこら中から声が上がり、技の連携も先程の比ではないほどに上手く噛み合う。罵り合いもなく、助け合う声が聞こえてくる。


「ふふふ、全部朝日君のおかげよ。お手柄ね」


 朝日には届かないと分かっていても言いたくなってしまった。もう大丈夫だとその場にいる冒険者が全員が分かったからだ。


「行くぞぉ゛!!!!」


 ゼノの掛け声で一同が身を引く。

 皆ゼノが何をしようとしたいるのか知っているのだ。

 そう、ゼノのその技を見たのは今から一年前だ。

 その場に居合わせた人だけではなく、この世界の人ならば大人から子供まで誰もが知るその事件。先程のようにみんなが口を噤む、いや話そうともしない、話題にも出さない、そんな事件がたった一年前にあったのだ。

 彼らはその時に見た。この救国の英雄達の一人ゼノの剣技を。

 それがまた見れると言う興奮と、あの凄惨な事件を思い出してしまった苦痛で何とも言えない感情が彼らを取り巻く。


「ゼノ…」


「あの時程のは出さねぇよ、安心しろ」


 周りが息を呑むのが分かる。


 静かにそう言うゼノは普段から黒ずくめで、その愛刀すら黒く物々しい。

 そんな彼が似合わないほどの柔らかで暖かな光に包まれている。その何とも神々しい姿に思わず誰もが息を呑んでしまうのだ。


「巻き込まれたくなかったら、離れてろよ」


 ニヒルな笑みと共に軽々と片手でその物々しい黒い大剣大きく振りかぶる。刀身にまで及ぶその光はその行為で更に輝きを増し、目を開けていられないほどの光を放っている。

 瞬きの間の静寂。

 ほんの一瞬の静寂であるのにそれが1分にも10分にも感じられる程の印象を残す。この間は魔物の声も木々の騒めきも、風の音すら消えてなくなる。

 本当の静寂が訪れる。

 その静寂を裂くように再び辺りに木々の騒めきが聞こえてくる。それにハッといたように冒険者達も話し始める。

 

「終わったのか、?」


「終わった…」


 確認するように、言い聞かせるように力なく声を発する彼ら。


「…まじで朝日に感謝だな」


「胴上げしようか?」


「それも良いな」


 そして苦戦を強いられた戦いの終わりを実感しきれていない彼らはただただその奇跡を称賛するだけで、

 疲れ切った身体をもうそれ以上動かないと言わんばかりにその場に倒れ込ませる。

 ゼノの圧倒的な力を見せつけられた彼らにAランカーの冒険者とそれ以外の大きな壁を感じずにはいられなかった。


「ゼノって何でAランクなんだ?」


「俺が知るかよ」


「…断ったって聞いたけど」


「え?なんで?」


「…アレのせいだろ」


 それ以上は誰も何も言わない。

 アイラが冒険者を辞めた理由。ゼノがAランクのままな理由。それら全てがその事件が原因なのだから。

 そして彼らはまだ知らない。

 彼らとは別に動いていた朝日の身に今何が起こっているのか、どう言う状態なのかと言う事をまだ誰も知らない。


 







 


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