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誠意と驚異



 翌日、ついて行く、というゼノをアイラの協力もあって何とか説得して一人で森に入った朝日。

 ゼノの愛刀探しと言っても特に朝日が何をする訳でもない。ただ歩いて回るだけ。

 問題は何処ら辺を探せば良いのか、という事だけだった。場所さえ絞れれば例え埋まっていようが、隠れていようが朝日には全く問題のないこと。

 ただそれもプレゼントに喜ぶアイラにとっては朝飯前の情報だったよう。

 地図まで用意してくれたアイラにお礼を言って街の外へ出たのが朝の喧騒が少し落ち着き出した頃だった。


「見つかっちゃった」


 お陰で難なく見つけた朝日。

 それが何となく彼を残念な気持ちにさせた。

 ゼノが中々見つからないとボヤいていたので、愛刀探しは難航すると思っていたのだが、こうもあっさりと見つかってしまっては頑張った感がなく、何となくお礼にならないような気持ちになってしまったからだ。

 まぁ、それでも目的は達成したのだし、ゼノには良い報告が出来るのとプレゼントにもなるのだから問題は無い。

 喜んでくれるだろうか、とプレゼントを渡した場面を妄想しつつ、綻ぶ顔を両手で揉み隠す。


 受けていた簡単な依頼三つも何なく達成して門へと向かったのは昼過ぎの事。

 明らかに慌ただしく行き交う青い団服を纏った騎士たちと王都内に入ろうと必死になっている人々で見たこともないほどに門は荒れていた。

 怒号や争う声にビクリ、と身を揺らした朝日に始めに声を掛けたのは見慣れた門番の男だった。

 

「少年、今あそこに混ざるのは危険だ。着いてきなさい」


「うん…」


 いつも通り淡々と言う彼。

 踵を返して歩き出した男の手を握って共に歩き出す。彼はそれに一瞬ピクリと身を揺らしたが、朝日は門の方に気を取られていてそれに気付かなかった。

 門から少し離れた騎士団用の通用口から通される。

 未だにけたたましい騒音の渦中にある門前にいる人達は其方に夢中で朝日が特別騎士門から入れられた事にも気付いていないようだ。


「何かあったの?」


 彼は騎士。身分もそれなりで階級もそれなり。

 普段ならこんな言葉使いをされれば、馴れ馴れしいと怒るのだが、彼には如何も怒る気にならない。

 手を繋がれたからか、それとも彼が冒険者だと知っているからか、はたまた年端もいかない少年相手だからか。

 気を削がれたのは間違いがない。

 寧ろ何故彼だけを特別扱いして騎士門から入れてしまったのか、彼自身も自身の行動を理解できす、不思議に思っていたのだ。


「…隣町で疫病の被害が出ていると赤騎士から報告があった」


「…疫病」


「門前で騒いでいるのはその隣町から避難してきた住人や商人達だ。中に入れるわけにいかない」


「薬は?あるの?」


 黙る騎士。

 それだと無いのだと言っているような物だ。


「僕、ギルドに急ぎます」


 行く必要はない、と言う事も出来たのだが、如何もこれも彼には言えなかった。

 こんな事は今まで一度もなかった。

 身分故、青騎士に取り上げられたのも七光だの何だのと言われ、人付き合いには辟易していた。

 それでも感情をコントロールして何も思っていないかのようにどんな仕事もこなして来た。

 仕事なら時には嫌われる様な事も言ってきたし、傷つける事も平気でしてきた。

 それが何故か今出来ない。

 傷つけたくない、そんな感情が沸き起こる。

 分からない。自分が分からない。

 彼にはただただ小さくなって行く背中を見送る事しか出来なかった。



「アイラさん!」


「朝日君!無事だったのね!今門は通れないと聞いてたのだけど」


「坊主、此処でいい子にしてろよ」


「そうだ。大人しくしてろ」


 髪の毛が乱れたままギルドの扉を開け放った朝日に視線が集まる。中にいた冒険者達が次々にギルドを後にして、その度に声をかけられたり、頭を撫でられたりする。


「みんな何処に行くの?」


「今回の疫病の原因がね…如何も魔物らしくて。高ランカーは討伐要請が出てるの」


「アイラさんもその格好…」


「そう。実は人が全然足りてないの。私も高ランカーだから駆り出されるのよ」


「アイラ…こんな朝早く呼び出すとかアンタ、死にたいの?」


 嫌だわ、と言いたげなアイラに落とされた低く恐ろしい声に朝日は身を強張らせる。

 しかし、当のアイラはやれやれ、と困ったような表情で静かに上を指さす。


「何言ってんの?あんたのだーい好きなお仕事よ。愛しのギルド長が待ってるから早く行きなさい」


「ギル様が!そう言うことは早く言いなさいよ」


 手櫛でグシャグシャに乱れていた髪の毛を見事にクルクルと纏めて整える。

 ビシッ、と整えられたお陰で間違える程に美しい顔立ちが露わになる。日中に外に出ない彼女の白肌は少し病的にも見えるのだが、朝日の白さで見慣ているからか然程驚く者はいない。

 それでもその美しさはその場の全ての視線を攫うには申し分ない。慌ただしく上へ駆け上がって行く彼女を見えなくなるまでギルド内は静まり返っていた。


「あれが噂のマスターの愛人か?」


「あぁ、最も優れている者に与えられるエターナルライセンスを持ってる薬師だ。あんな優秀な薬師をお抱えしてるギルドなんてウチくらいなもんだ」


 朝日は噂話に耳を傾けながらもマスターの名前がギル何ちゃらなのか、と何とも斜め上な考え事をしていた。


「私も行くわ」


「あ!待って!ゼノさんは?」


「ゼノは先発隊でもう向かったわ」


「じゃあ…コレ。ゼノさんに渡してください」


 アイラはその大きな剣を見て一目で誰の物なのかに気付く。割と軽装なアイラに見るからに重い剣を運ばせるのは少し違うだろう。


「僕は僕で冒険者として出来ることを頑張ります」


 明らかに敬語で話す朝日は今だけは冒険者としてではなく、朝日として冒険者アイラにお願いをしているのだと理解した。


「報酬の方が高くつくかもね?」


「うん、でもゼノさんに必要だと思うから」


「分かったわ」


 面倒であるはずの依頼を受けたのは、アイラ自身もその方が良いと分かっているからだ。愛刀を持ったゼノの力をアイラはその目で見てきた。

 今の彼ではその力の半分も発揮出来ていないだろう事はわかりきっている。

 愛刀を無くしてからの彼が正気のなくなった面をしている事をアイラも彼女なりに心配していたのだ。


「無理しないでね」


「うん、僕はあんまり役に立たないかも」


「大丈夫よ。朝日君にも出来る事が必ずあるわ」


 その言葉は自分への鼓舞に近い。元ランカーの彼女が受付嬢をしていたのにもそれなりの理由があるからだ。


(…)


 アイラはギュッと握った拳の強さを肌で感じる。

 不安で震えていた手がいつの間にか治っていることに気付いたのは朝日からお願い事をされた時だった。

 普段より可愛いと愛でてきた彼を見ただけで何故か安心したのだ。愛らしい、守りたいと思っていた彼に対して、その様な思いとは裏腹な安心感。


「行ってきます。危ない事はしないようにね」


 手を振って扉を開け放つ。

 ギルドを出る足取りも何故だか軽い。非常事態で人が足りないからと無理矢理呼び出された時とは明らかに違う心境の変化。


「うん!分かった!」


 久しぶりに身に付けた鎧を重いと感じない程に。


「約束よ」


 強張っていた身体が心が安らぐ程に。


「行ってらっしゃい!アイラさんも怪我しないようにね!」


 久しぶりの外が楽しみと言わんばかりに。


「誰に言ってるの?まっかせなさーい!」


 軽い冗談が言える程に。


「アイラ、いけるの?」


「無理するな」


 アイラの事情を知る者達から掛けられる声にも明るく返せる程に。

 寧ろ魔物達を薙ぎ倒すのを楽しみにしているくらいの笑顔を向けて。


「大丈夫。私も守りたいものがあるから」


 こんな言葉が自然と溢れる程に。


 晴れ晴れとした笑顔で門を潜った。








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