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愛刀



「これとか良いんじゃない?アイラは意外に可愛いもの好きだし」


 う〜ん、と唸る朝日。

 もうかれこれ1時間くらいはそうしているのでは無いだろうか。

 伯爵邸から出てギルドへ向かった朝日とゼノだったが、朝日に付き合いもう3日も依頼を受けていないゼノを気遣って今日は街で大人しく過ごすと約束して別れた。

 それから朝日が訪れたのはゼノと来たアクセサリー屋だった。アイラの弟で、ゼノの知り合いの彼なら最高のお礼の品を教えてくれると思ったからだ。


「これって可愛いの?」


「可愛いだろうが!特にこのでっぷりとしたホルムが!」


「こっちにしようかな…」


 しかしその予想は見事に外れてしまった。

 まずこのオブジェが何なのか説明して欲しい。うさぎなのか、狐なのか、猫なのか。皆目検討も付かない。


「まぁ、それが無難だな。アイラの属性、火だし」


「じゃあこれにする!」


 やっと何とかまともな意見を貰い、ピカピカのポシェットからお金の入った袋を取り出す。ギシリと金属同士が擦れる音がその中身の多さを教えてくれる。

 やっと持て余していた大金の使い道を見出した朝日は何の躊躇もなくその袋ごとカウンターの上に乗せた。


「この二つで」


 アイラにはお勧めされた水属性の攻撃ダメージを軽減し、火属性の火力を増幅してくれる魔法の腕輪。ラースには冒険者の憧れマジックポーチ。

 どちらもかなり高価な代物だ。

 あの大金が一瞬で飛んでしまうほどの。


「あいつ、マジックポーチ持ってるぞ。それより容量は少ないけどな」


「これはラースさんの分!」


「何だ、あいつにはやらねぇのか!可哀想だなぁ!」


 とても嬉しそうにニヤけ顔でそう言う彼はとてもゼノを可哀想に思っているとは思えなかった。寧ろ楽しんでいるようだ。

 本当に友達なのか、と疑いの目を向ける朝日はジト目で彼を見据える。


「…実はゼノさんが一番難しいんだ」


「まぁ、あいつはもう既に何でも持ってるからな」


「持って、いる……あ!」


 突然朝日が大きな声を出すので、カウンターで袋からひっくり返したコインを数えていた男はその山を崩しながらズッコケる。


「突然大きな声出すなよ!」


「ごめん、良いプレゼント思いついちゃって」


「あいつが喜ぶようなものなんてあったか?それよりもよ…マンドコラの髭根持ってねぇ?融通して欲しいだが…」


「うん、あるよ」


 男は再びコインの山を積み上げながら、チラチラと様子を伺いながら言う。朝日は今はそんな事はどうでも良い、とでも思っていそうな気のない返事をする。彼の頭の中を埋めているのは自信を持って喜んでもらえると思えたゼノへのプレゼントについてだけだ。


 何でも持ってるゼノが喜ぶもの、簡単じゃないか。持ってない、無くしてしまったもの。

 ゼノの愛刀だ。

 自身のスキルを最大限に活かせる素晴らしいアイディアだ。

 早く探しに行きたい、とばかりに足踏みをし始めた朝日。ゆっくりとコインの山を未だに形成中の男はその足踏みの音に気が散るようで、眉間に皺を寄せながら山を更に十個づつに分けた。


「はいはい、終わったよ。こんな大金持ってたんだな」


「ありがとッ!うん、魔物の情報提供でね!じゃ!」


「おい!そんなに焦って何処行く気だ」


 ハッ、とその大きなビー玉の目を見開いた朝日に対して忘れてたんだな、と男は呆れたと言わんばかりのポーズを取る。


「ったく、何するつもりだったんだか」


「…ひ、秘密!」


「まぁ、いいけどよ。今日は辞めとけ」


「うん!」


 最後にもう一度お礼を言って店を後にする。

 ゼノと今日は街で大人しくしていると約束していた手前、勝手に森へ行くのは何となく敬遠される。ここは店員の言う通りにしておくのが吉だ。


 なので、明日にでも簡単な依頼を受けつつ探すのが一番いいのかも知れない。どうにかしてゼノと別行動を取る方法を考えなくてはならない。出来ればゼノには見つけてから報告したいからだ。

 変に期待して見つからなかった時が一番悲しい。


「明日、一日で見つかると良いけど」


 なんとなく自信ありげにそう小さく独り言を呟いて朝日は宿屋に向かった。


 宿屋の女将はとても気さくな良い人だった。朝日を部屋に泊める、というゼノの急なお願いも直ぐに了承してくれて、わざわざ朝日用に簡易ベッドまで用意してくれる程に懐も深い人だ。

 宿は少し高めなだけあって部屋も広く、清潔感もあって、ふかふかの布団は寝心地が最高。室内は思いの外殺風景だが、女将の息子夫婦が腕によりをかけて作る宿自慢の料理は本当に美味しく、サービスで湯桶を付けてくれる気遣いも嬉しいし、女将の旦那が元騎士で身の安全、宿内の治安も保証されている。長く滞在する人が多いのも頷ける。

 ただお陰か宿泊客に冒険者は少ないらしく、ゼノは少し苦労した。

 と言うのも冒険者の朝は早い。夜明けとともに仕事へ向かうのが当たり前な職業故に商人や旅行客の宿泊の多い此処では朝食は日が登ぼりはじめるころから出されていた。

 当然ゼノは朝食時間前に出発するので宿自慢の朝食はたまにしか食べられていなかった。

 ただゼノは他の冒険者と違い愛想はないが、何か問題を起こすこともないし、身なりも整えているので他の客が怖がることもない。

 そんなゼノを気に入った女将は彼の為だけに早起きして朝食を出すようになった。


「一人も二人も変わりゃーしないよ!」


 と、朝日が部屋を共にすると相談した時もさして嫌がる事も困ったような反応もせず、寧ろ嬉しそうにしているくらいだった。


「ただいま!」


「おー!今日の冒険は如何だった!」


「今日はね、お買い物だけ」


「おやすみかい?怪我でもしたかね」


 朝日の声に女将と旦那が出迎えに裏から出てくる。二人にとって出迎えはいつもの事だが、こう可愛らしく挨拶されれば顔も緩むに決まっている。

 旦那は早々に朝日を椅子に座らせ、女将は砂糖で漬けたフルーツのシロップを冷たい水で割った特製ジュースを机に置く。

 心配そうに顔を向けられた朝日は首をブンブン振る。


「ゼノさんとね、今日はおやすみするって約束したんだ」


 朝日が此処に泊まったのはたった1日で、その1日目は日も暮れた夜遅くだった。

 ゼノの連れと言うだけでも興味が湧くが、それがこんなにも可愛らしい少女のような少年だったのなら興味以上の反応をしても許してあげて欲しい。

 そして今朝、聞いていた通りの外泊、からの中途半端な時間の帰宅。食堂でポツンと一人で食事を取る朝日が気になって仕方がなくなったのは当然のことだろう。

 煩わしく思われないように適度に距離感を持って声をかけた筈だった。

 なのにいつしかあの真面目な女将が仕事も忘れて彼と話し込んでいる。夕食の仕込みの手伝いを済ませた旦那はそれを見て驚いた。

 女将に声をかけて少年の相手を変わる。


「冒険の話をしてたのか?」


「うん!この前ゼノさんとね、一緒に行ったの!」


 嬉しそうに話すもんだからついつい質問をしてしまう。

 何をしたのか、何が楽しかったのか、大変なことはなかったか、干し肉やパンは硬くないか、魔物は危ないぞ。

 そしてまるで親のようにどんどん心配の声に切り替わっていく。

 それがほんの今朝の話。


「おやすみして買い物か。何を買ったんだ?」


「お礼のプレゼント買いに行ったの!」


「お礼の?冒険者はお礼なんて…」


 今は朝の忙しい時間と違って女将と旦那は宿泊者たちを出迎えるまでのこの時間をいつも持て余していた。少年に構うにはとても都合の良い時間。

 ついつい口をついて出た悪口を旦那はグッと飲み込む。

「僕ね、大切な物を盗まれて困ってたのを助けて貰ったんだ!だからね、お礼したくて!」


 この純粋な少年が冒険者に何故か憧れていて、夢見ていて、楽しそうに語らうのだからそれを壊しては可哀想だ、と飲み込んだのだ。


「…盗まれた?」


 ただそれは話しが違う。

 少年を連れて来た時と外泊をすると報告を受けた時、確かにゼノがいつもとは違い少し荒々しく、何かあったのだと言うのは分かっていた。

 ただ、その理由を聞くのは宿屋の女将としてあるまじき行為。余計な詮索は嫌がられる。

 だからその日も気づかないフリをした。

 だが、なんだ。

 自分らの子供のように可愛い子が悪い奴に泣かされた。そんな話を聞いたら黙って置けるわけがない。


「朝日、何盗まれたんだ」


「コレ。でもね、びっくり!綺麗になって帰ってきたんだ!」


 二人はその意味を理解して余計に腹立たしく思う。綺麗になって戻ってきた、と言うことは壊れてボロボロだったという事だと、直ぐに理解してきたからだ。

 ただまた、グッと堪える。

 彼がそれに気が付いていないのなら、わざわざ知らせる必要もない。あのゼノも敢えてそうしたから彼は知らないのだろう、と分かったからだ。


「今日のご飯何だろう。何かスパイシーな匂いがするね」


 そして何より彼とはまだ出会って2日目。

 宿屋の女将と旦那が揃って出て行くような話ではないのだと言うのも勿論分かっているのだ。


 二人は見守るような優しい視線を送る。

 彼が元気なのなら特に文句はないのだ。

 二人は新しく入れたコーヒーを追加し、少し姿勢を崩す。今日の夕食のメニューを当てようとクンクン、と鼻を鳴らす朝日ともう少しだけ休憩を楽しむのだった。










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