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双子の姉妹




 まだ寝ぼけているのか目を伏せたままフカフカの真っ白い布団の中でもぞもぞと動く小さな膨らみ。

 暗い部屋は窓から差し込む朝日のお陰で視界は取れている。

 まるで眼鏡でも探すかの様に動かされた手に感じた程よい暖かさによって伏せられていた目がゆっくりと開く。


「起きたか」


 その手から伝わる温もりの正体がベッドに腰掛けていたゼノだと知って安心したのか、ふにゃふにゃと顔を綻ばせる。


「おはよ…?」


「あぁ、おはよう」


「ぼく…ね、ぼぉ…?」


「いや、まだ日は登り始めたばかりだ」


「…ふん」


 言葉を発するにも、理解するのにも時間がかかるくらいにまだ頭が起きていない朝日を目覚めさせようと軽々と持ち上げる。ゼノによって布団から引き摺り出され、隣に座らされた朝日は本当に寝起きなのか疑わしい程にお行儀よく、ちょこんと座っている。

 そんな朝日にゼノは昨夜のうちに執事クロムが持ってきた新品の衣服を手渡す。


「…僕の服?」


「だろうな、執事が持ってきた」


「…」


 手渡された服を見つめたまま動かない朝日の表情はゼノからは全く見えない。まだ寝ぼけているのか、寧ろ寝てしまったのか、その顔を覗くまでは分からない。


「どうした」


 ゼノはその伏せられたままの顔を確認の為、覗き込もうと身を少し屈める。

 優しく落とされた言葉には眠たいのなら寝かせてやろう、と言う気持ちがまだ何処かにあるからだが、無理矢理身体を起こしたのも朝日が先日寝坊した事を悔やんでいたからなのだ。


「…きれない」


「遠慮なく貰っとけ、どうせこの家にはそのサイズを着れる奴は…」


「ボタンが出来ないの」


「…ボタン?」


 その膝に乗せられたシワひとつない服が新品である事は聞かなくても分かる訳で、そんな物を貰う、もしくは用意してもらった、と言う事に気後れしたのかと思ったゼノの言葉に被せるように言う朝日の言葉を今度はゼノの理解が追いつかなかった。

 モジモジと恥ずかしそうに頬を染めて言う朝日。

 それを見てそれが恥らうような事なのだと理解しつつも、ゼノの常識の範囲を抜け出さないその言葉が頭の中で反芻している。

 繰り返しボタン、ボタンと心の中で呟き、やっと言葉を飲み込み始める。

 ボタン…16歳の子が?

 意味を理解しても、返す言葉が出てこない。


「ごめんなさい。僕、ボタンやった事なくて」


 そして漸く朝日が普段着ていた服を思い出す。毎日似たようなものを着回していて、その形を気に入っているだけなのだと思い込んでいた。


「いつもやってもらってて」


 頭から被って腕を出す。足を通して持ち上げる。

 良く考えればそれが女の子らしい服だと今なら理解出来る。ワンピースとペチパンのようなそれにゼノだけではなく、朝日に会った事がある全ての人間が違和感を感じていなかった。

 それが子供らしい印象に拍車を掛けている事も知った上で似合っていると思っていたのだ。

 ゼノから見れば防御面で問題があるだけで、朝日が冒険者じゃないのならそのままでも良いとさえ思っていたことだろう。


「待ってろ」


 一瞬、朝日の膝の上に乗せられたままの服に手を伸ばしかけてやめる。

 やってやる事は簡単だが、一応16歳だと本人は言っていて、その本人がボタンが出来ないことを恥ずかしいと理解しているのだから、ゼノが手を出す事は余計それに拍車を掛けるだろうと気を使ったのだ。

 未だに頭を伏せたままの朝日。

 なんて事ない、と言うように優しく撫でてやる。そのまま一つしかない扉へ向かったゼノはそこに居ることがさも当然のように重そうな木製の扉を軽く三回ノックした。


「はい、お呼びでしょうか?」


 扉を開ける事なく発せられた声は少し高めの女性の声で、其方も驚く事もなく当然のように言う。


「着替える」


「かしこまりました」


 ゼノが扉から離れ、やっと顔を上げた朝日の横に戻り、腰を下ろすとゆっくりと扉が開いた。

 扉の向こうにはお仕着せに身を包んだ二人組の女性が頭を下げたまま挨拶をする。


「失礼致します。わたくし、ハイゼンベルク伯爵家、筆頭執事クロムより朝日様のお世話係を仰せつかりました、ユナと申します」


「同じくシナと申します」


「お着替えのお手伝いをさせて頂きたく思います」


「お願い…します」


 まだベッドに腰掛けたままの朝日は頭だけを下げて言う。

 テキパキ、と言えば聞こえはいいが、ピクリとも笑わない彼女らの顔は瓜二つで全く見分けがつかない。メイドとしての腕は当然一流なのだが、愛想がないのは何ともこの家らしい。

 そして朝日もお世話慣れしている様で当然の如く手を伸ばしている。


「如何がでしょうか?」


「シナさん、左側が少し苦しいです」


「…かしこまりました」


 その無の表情はそのままに、二人は普通の人間では気付かないくらい微かにピクリと身体を揺らした。しかし、そんな事は無かったと言わんばかりに、朝日に目を合わせられた彼女は言われた通りサスペンダーの紐を少し緩めて位置を直した。

 彼女達の言いたい事がよく分かる。ゼノは朝日と出会ってからその様な経験を幾度となく経験してきた。無口な人間と普通に会話をし始めたり、心の凍った人間を笑顔にさせたり、驚きの連続だった。

 

 当然のように彼女らを見分ける朝日にそう来たか、と心の中で呟き、ゼノは彼女らから視線を逸らして立ち上がる。

 

「如何がでしょうか?」


 多分、朝日を試そうとしている。

 一度朝日の視界から見事なまでに同時に外れた彼女らは朝日の後ろから更に一歩引いた所で待機の姿勢を取る。

 さて次はどちらが声をかけたのだろう、とゼノは側に立て掛けていた大剣を背負い上げてその様子を見届けようと入り口の近くの壁に寄りかかった。


「お二人ともありがとうございました」


「「当然の事で御座います」」


 そしてどちらかが身を屈めると図ったかのようにひらりと一枚の紙が朝日の足元に落ちた。


「「申し訳ありません」」


「シナさんはそそっかしいんですね」


 ゼノから見て右側にいた女性に朝日は拾い上げた紙を手渡す。

 果たして正解だったのだろうか、とゼノは扉を開けて待つ。


「ありがとうございます、朝日様。以後この様な事がないようにシナにはキツく言っておきます」


 隣の女性がもう一人の後頭部に手をやり、頭を下げさせるポーズを取って自身も頭を下げた。

 試した事に対してのお詫びだろうか。


「…?」


「行くぞ」


「うん!」


 彼女達は頭を下げたまま朝日達が部屋を出て行くのを見送る。扉が閉まったことを音で確認した二人はそのままの姿勢で顔を合わせる。


「何で分かったのかしら」


「旦那様も分からないのに」


「今日何か変えた?」


「貴方こそ変えたの?」


「「いいえ?」」


 首を傾げ合うその角度まで一緒の二人はその疑問の答えを聞くことは出来なかった。


「二人とも終わったのなら持ち場に戻りなさい」


「「はい、クロム様」」


「ん?何かあったのですか?」


「今、シナと朝日様のお着替えのお手伝いをさせて頂きました」


「そしたら、私をシナとお呼びになりました」


「偶然かと思い後ろに周り位置を入れ替えました」


「そしたら、また私をシナとお呼びになられました」


「見分けたと言う事ですか?あなた方二人を」


「「そうです」」


 クロムは二人をジッと見つめた後、目を閉じて同じ事をするように言いつける。二人は言われたままに入れ替わり、クロムが目を開ける。


「…無理ですね、二人は足音まで同じですから」


「あら、どうしてなのかしら」


「聞けば良かったわね」


 クロムも暗殺者として色んなものを鍛えていたので、幾らブランクがあると言っても、一度どちらかシナか知った状態なら分かるかも知れないという自信があった。

 匂いや仕草、視線、声のトーン、服の乱れ具合、髪型、はみ出した口紅、手の小さな切り傷。そんなちょっとした違いを覚える事も経験上多く、それらを見分ける自信もあった。

 そんな彼でも彼女らを見分ける事が出来ない。


「それでどちらがシナなのですか?」


「私よ」「そっちよ」


「話し出すのがシナが先だと言う事は?」


「「ないわ」」


「…では、私にも分かりません」


「「気になって寝れなくなったらどうしましょう」」


 彼は本当に色んな事をしてくれる。

 この二人にさえ興味を持たせるのか、とクロムは感慨深そうな表情で思案する。

 あの周囲に鉄壁の壁を作る主人をどの様にして懐柔したのか、ずっと気になってはいたものの、主人本人から話を聞いても大した話はしていなかった。


「主人が大切になさっている方です。頼みましたよ」


「「えぇ。大丈夫よ、お師匠様」」


 そう言うと二人は瞬きの間に部屋の大きな窓を開けてテラスに出ていた。


「お師匠様」


「窓をお願いしますわ」


 そう言い残してテラスから飛び降りる。

 行儀が悪い、と思いながらも少し引き止めてしまった自身にも問題はある、と既に気配を消した二人に言われた通り窓を施錠した。


「私、あの子好きだわ」


「私も気に入ったわ」


「遊んでも良いのかしら」


「主人のお気に入りよ?怒られるわ」


「「残念ね」」


 寄り添い合い、屋敷の門を潜る馬車を見つめる。

 誰にも見分けられない二人を初めて見分けた彼の存在は彼女らからすれば特別で、二人の興味を引くには有り余る出来事だった。









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