すれ違い
「右から来るよ~」
「次、行けます!」
「一度下がれ」
「時間は稼ぐ!」
風同士ぶつかり合う音。地面を蹴る音。砂埃が舞い風の音。金属がぶつかる音。砂利や砂を踏み締める音。
それらがずっと繰り返されている。
メイリーンを中心に朝日の治療に励む向こうで、行われている戦いは別次元のようだった。
一向に終わらない戦い。
両者共に息は荒い。でも、その顔には笑顔を浮かべている。そして、一向に止まることはなく、ただひたすらにぶつかり合っている。
「ユピ…」
「分かってるよ、セシル」
「ニューラス、次だ」
「準備は整っております」
少しの油断が命取りになる。
そんな危険なやり取りをしているはずなのに、何故かとても楽しそうで、本来の目的を忘れているのではないかと疑わざるを得なかった。
当然、この戦いはお互いの矜持を守るための戦いだ。このまま平和的な終わりを迎えるわけがない。
「はぁ、はぁ…どうだろう…か、お互い…そろそろ決着を受けると言うのは」
「はぁ、はぁ…それは良い提案ですね…ただ、その終わりは当然…死の他はありません」
「…もちろんだ…」
「話しが早いですね」
お互いの実力は認めている。
エフィリアの方が魔力量も多く、ニューラス自体最上位精霊でかなり有利に見える。が、セシルはそれを補うだけの戦いセンスと技術を持っていて、更に先日の件でユピが上級に昇華したのも大きい。
ほぼ、同格の戦いだ。
勿論、お互いに勝算があったし、勝てるつもりでいただけにここまで闘いが長引くとは思っていなかった。
ただ、お互い負ける事は決して許されない。負けて死を迎えるのはどちらに取ってもこの世の終わりを意味しているからだ。
でも、だからこそ目の前の敵を倒したい。今ここで勝った方がこの世界を手に出来る権利があった。
だが…そこに水を刺す人物がいた。
ーーーバタンッ
「なッ…」
「ニューラス!!!!!」
「…何が…」
「貴様……貴様がこんなにも卑怯なやつだとは思わなかった…」
地面に伏せるニューラス。一瞬の出来事で何が起こったのか誰にも理解出来ていない。分かっているのは、急にニューラスが血を流しながら倒れたと言う事だけ。
エフィリアはニューラスを抱き抱えて脇腹の傷口を強く握り締める。そして苦痛で歪んだニューラスの表情に苦悶の表情を見せる。
「ニューラス…大丈夫だ…問題ない…そんなに血は出ていないさ」
「何をしているのですか!彼は精霊でしょう!魔力を送って…!」
「五月蝿いッ、黙れッ…!小賢しい真似をしたお主の言うとなど聞かぬわ!」
完全にエフィリアはセシルの攻撃だと思っているようだが、やったのはセシルではない。
「…フッフッフ…エフィリア様…一体何を悲しまれているのです…?我々は復讐に来たのです…この私が世界に対して復讐を果たす事を妻は今か今かと待っているのですよ…」
「お前…何しに来た!」
「心配になってみに来たのですよ。犠牲になった我が妻や民のために世界を平坦にならす…そう仰ったではありませんか」
「勿論だ…!その為に奴らと…」
「ニューラス殿は最上位精霊でしょう?何故勝てないのです?手を抜いていたからでしょ…?」
「そんな訳…」
「そんな言う事を聞かない人形などもう要らないではありませんか…!これまでも散々貴方様を惑わして…復讐がこんなに伸びてしまった」
「…お前が…?」
裏切り。
もう二度と味わいたくない味だった。苦くて、苦くて飲み込む事が出来ず、吐き出すことも出来ず、ただただ口に含み続けなければならなかった苦悩の日々。
それを吐き出す為に始まった復讐劇が、また再び彼女ににが湯を飲ませる形になってしまった。
「な、何故…ニューラスを…仲間だろう…?」
「本当に邪魔だったではありませんか。ずっと計画を見直させたり、何度もミスを犯して計画を変更させられたり。あれは完全に計画を遅らせるためにやった事でした。ずっと貴方の顔色を伺いながら裏切っていたのです。だから、私が代わりに始末したのですよ」
そうだ。
朝日にニューラスが犯した罪を許した理由を考えろと言われた時。何も返事を返せなかったのはあれがワザとだったと自分自身も気が付いていたからだ。
気が付いていたのに知らないふりをしていた。そして新たな計画を立てて、ミスされて、許す事を慣れていった。
そう、ワザとだった、と気がついていたのだ。気がついていて許し続けた。
それは彼が本当は復讐に反対だったと知っているから。何度も何度も止められ、何度も何度も突っぱねた。
それを繰り返していたら次第に何も言われなくなり、ニューラスはミスをするようになった。
そして民の為に、と復讐を誓いながらもニューラスを許し続けた。
ーーーじゃあ、トアック。貴方は彼のミスに目を瞑ったことは?ニューラスさん。貴方は彼にお願いされて迷惑だと思いますか?
でも、朝日に考えろと言われたあの日から、ニューラスはミスをしなくなった。多分彼はあの日、あの時に覚悟を決めたんだ。
もう、王女の邪魔はせず、思うがままに。そして共に死のう、と。
「…ニューラス…私は何と情けない主人なのだろうな…お前が大切で復讐よりもお前を選んでいたのにそれにすら気付かず…挙句お前を傷つけて…消えそうになれば泣いて…本当に情けない…」
「…そんな事はありません。私はただ貴方に復讐だけに生きて欲しくなかったのです。本来なら主人を裏切るような行為…許される訳がありません」
「情けなさすぎる。お前を失いたくない…失うくらいなら私が先に死にたいくらいだ」
「それは本当に困りましたね。使い魔よりも先に死ぬ主人がいますか?あり得ませんよ」
掠れる声で話しながらエフィリアの頬を伝う涙を拭う。慰めるとは違う。愛おしいものを愛でるような。そんな優しい時間が流れている。
「何を悲しまれているのですか?」
「お前…少しは空気を読もうね~」
「ロードッ!」
「ワリワリ…コイツを探すのに手間取ってな~」
黒騎士団長ロードアスターの突然の登場にセシルは叫ぶ。ユリウス達もその声で彼の存在に気が付き、視線が集まる。
「…でも、遅かったみたいだ。完全にミスったなぁ」
「だから、言ったじゃないですかッ!早めにセシル様達に協力をお願いするべきだって!」
「だって、俺…朝日に嫌われてるし?」
「朝日くんはそんな子じゃありません!」
突然の登場と騒がしさに驚く。
ロードアスターに文句を言いながらもニューラスの治療のために傷口を洗ったり、ポーションを振りかけたり、テキパキと作業をこなしていくのはサーラス。ロードアスターの直属の部下だ。
「朝日くんは如何ですか?」
「え?あぁ…あの、血を少し流し過ぎているから造血剤とか出来れば回復ポーションとかあれば…」
「造血剤は流石に無いので回復ポーションで我慢してくださいね!」
サーラスのテキパキ具合と淡々とした感じに一同圧倒されてしまい。ほとんど彼女の言いなりに質問に答えたり、薬を飲まされたりとしていて、その場の雰囲気がガラリと変わる。
「それでニューラスさんはこれで問題なく回復しますし、朝日くんもメイリーンさんの的確な治療のお陰で多分傷も残りません。…まだ続けますか?」
「い、いや…ハハハ、参ったなぁ。まさかこんな事になるなって思ってもみなかったよ」
余りの平和的な解決にエフィリアは肩の力が抜けて、ダラリと腕を垂らす。
そして、大切な存在が目の前でスヤスヤと寝息を立てているのを見て、クスリ、と小さく笑った。