謁見
「皆さまご案内します」
「「「…」」」
丁寧に金の刺繍が施されている赤い絨毯の上を案内人の後ろをついて歩く。以前も見た道だが、以前とは様子が全く違う。
煌々と差し込む日差し。空気は清々しく、温かく、心地良い。何処からともなく花の香りが鼻を擽り、風に乗って青々とした葉が飛んでいる。
本来なら今は真冬。城外は雪こそ積もっていないが、思わず身体を震わせてしまうほどに風が刺すように鋭く、冷たい。
「…何故此処はこんなにも暖かいのでしょうか」
「新皇帝様の魔法のおかげです!心地良い陽気も花の香りも明るい日差しも何もかも皇帝の魔法の力ですよ!」
案内人はさも自身の手柄のように朝日達にドヤ顔を見せながら先を進む。
新しく皇帝が現れた、と言う衝撃的事実に思わず言葉を失う一同。
「我々は何処に案内されているのでしょうか…?」
少し不安そうなエルフを演じるセシルの質問になんてことないように笑顔を見せる案内人。
「これからその新皇帝様に謁見に行くんですよ」
「新皇帝…様、に今日此処にきたばかりの我々がいきなり謁見…ですか」
「まぁ、普段はこんなことないんですけど…でもとっても優しい方ですよ。ご安心されてください!」
セシル達の間に微妙な空気が流れる。
これがただの好意と受け取るのなら好機と言えるが、もうすでに正体がばれていたとしたらこれは完全に罠だ。
「新皇帝様のお名前は?」
「…君たち帝都に居たんじゃなかったっけ…?」
何か不味いことを言ったらしい。先程までニコニコと優しくフレンドリーな雰囲気を纏っていた男からの突然の重たい視線。
背景が黒く見える程に冷たい視線を送ってくる彼。
「ラル。御者の話しでは彼らは貴族か商人に捕らえられていて陽の光も当たらないような暗がりに閉じ込められていたそうだ」
「何だ!それならそうと早く言ってくれよ!仲間を疑うなんてしたくないんだから!」
「えぇ、申し訳ない。長い間閉じ込められていたから自分が誰に何をされて、何処にしたのかも…」
「辛かったな、やな事を思い出させて申し訳ない」
セシルを気遣うように背中をさする男の手がとても冷たい。
「それでお前の精霊は何処にいるのだ?」
「あぁ、私の母は魔道具を作るのが得意で、この中で休んでいますよ」
「…ほう、中級か…其方の少年からは特別な気配がするな」
朝日に向けられた視線。
でも、それだけではないように朝日には見えた。目の奥の光がない、と言えば分かるだろうか。興味がある、と言う視線の中にまだ小さな疑いが向けられているのだ。
「…実は、その…僕の精霊さんは…」
「あぁ…そう言うことか。済まない…君にも嫌な思い出を思い出させてしまったみたいだ…」
「いえ…彼女との思い出には楽しかったことも沢山ありますから」
「そうだろう。是非何か聞かせてもらえるかな…?」
朝日はゆっくりと頷いて涙を溜めた顔を笑顔に変えて彼に向ける。
「彼女は出会った時から目を奪われるほどにとても美しかった。仕草もとても魅力的で彼女が髪を耳にかけると…花弁が舞うんです。一緒に買い物に行った時、楽しいとはしゃぐ彼女はとても可愛らしかった。あんなに美しいと思ったのに、次には可愛らしい…僕は夢中になりました」
「私も彼女に会ってみたかったです」
「えぇ…彼女の美しさを皆んなに自慢したかった。でも、もう会うことが出来ない…」
朝日の寂しげな空気が彼にもしんみりとした空気を伝える。
「私は母の魔道具のお陰で自身の精霊を守ることが出来ましたが…彼らは皆人間に精霊を奪われてしまいました…」
「だが…この雰囲気は…」
「信頼の証でしょうか…。精霊達が残して行ってくれたんです」
「…そうだったのですね」
彼はかなり感覚の鋭い人のようだ。
念のため、朝日が持っていた精霊の粉をそれぞれのマジックポーチに少しずつ忍ばせて置いたのだ。
念には念をと思って手を打っていたのだが、新皇帝はやはりかなり手強い相手を側近にしているらしい。
「此処です。皇帝陛下は粗相があっても特に気にされないと思いますが、何もない事を願います」
天井まで伸びる高く白い扉。一つ一つ丁寧に彫刻が施されていて、美しさの中に重厚感がプラスされている。
そんな扉の前を守るように二人の兵士が立っている。朝日はその二人に見覚えがあった。皇帝から聖剣を奪いにきた時、グレイの背中に背負われて対峙したあの時の強そうだけど少しお喋りな兵士達だ。
案内人の男は彼らに近づきコソコソと耳打ちをすると、彼らは何も言わずに扉を開ける。
広い広い謁見の間。見渡す限りが煌めかしく、神々しい。金で出来た彫刻やたくさんの光を柔らかく集めてくれる美しいステンドグラス、廊下とは違いシミシワ一つない銀の刺繍が施された真っ白な絨毯。
決してしつこくない美しさ。これは皇城だからこそ出せる素晴らしい空間だ。
皇帝陛下に謁見出来る喜びを一入にするのはこの空間の醸し出す神聖な雰囲気のお陰でだろう。
「待っていました」
高座に座っている男が少し楽しそうな声で呼びかける。
「皇帝陛下、馴れ馴れしくするのはやめて下さいとあれだけ申し上げましたのに…」
「そうだったね。ラル、ここまでみんなを連れてきてくれてありがとう。皆んなも下がって良いよ」
「し、しかし…皇帝陛下をお一人にする訳には…」
「ラル。君が彼らは安全だと言ったのだろう。僕は君を信じているだけだよ」
「…扉の外でお待ちしております。何かありましたら直ぐにお呼び下さいませ」
渋々、という感じで下がったラルと呼ばれる男は、未練がましく深々とゆっくりとお辞儀をして、控えていた者たちと共に外へ出て行った。
「ゼノ、ギルバート…朝日、驚いたかな?」
「いや、予想通りだ」
「そっかぁ…まだバレてないと思ってたんだけどなぁ」
「それはないと少し考えれば分かるでしょう?ロエナルド」
高座に座り、煌びやかな服に身を包み、皇帝陛下と呼ばれ、それに返事をし、馴れ馴れしく声をかけるのはロエナルドだった。
「でも、僕で良かったと思ったんじゃない?他の三人よりは其方の味方になる可能性が高い」
「…それはお前の考え方次第だ。ロエナルド」
「ん~。もうロエナ、とは呼んでくれないんですね。あの掛け合い結構好きだったんだけど」
何もかもが軽く聞こえるのは前とは違う彼の話し方のせいだろうか、それともこの空間が神聖すぎるからだろうか。
どちらにしてもこれが良い状況とはとても思えなかった。
「何故今謀反を起こした」
「それはこっちのセリフだよ。そっちが先に皇帝殺しちゃったんでしょ?こっちは皇帝に復讐をする為に頑張って頑張ってロエナルドとしての地位を築いていたのに」
「今、アルメニアやフロンタニアで魔崩れが起こって魔物が押し寄せている。此処にはまだのようだが、時期に此処も魔物で溢れかえるだろう」
真剣に話すゼノに涙を流すほどの大笑いを返すロエナルド。
その様子に唖然としている彼らにロエナルドはあり得ないと続ける。
「此処は魔崩れの対象外だよ。魔法石で作った結界がこの国全部を守っていて、魔物がその結界に触れると正気を取り戻して普通の魔物になる。まぁ、多少は手こずるかもしれないけど、その辺の兵士で問題ないよ」
「…敵対しているのだな」
「敵対?僕は皇帝への復讐…いや、違うか。皇族への復讐が出来るなら何でも良かったんだ。初めは兵士から皇帝の護衛にまで上り詰めるつもりだったんだけど、ゼノと一緒にいる方が早そうだったからギルバートの作戦に協力するふりをしてたんだ」
「何があったんだ」
相変わらず言葉足らずのゼノにロエナルドはふふふ、と楽しそうに笑う。不器用すぎるゼノに何度振り回されたことだろう、とパーティーを組んでいた時の事を思い出す。
「僕は正当なオーランド帝国の皇位継承者だよ。二番目だけどね」
「正式な継承者だと…?」
「驚いだでしょう?」
彼に一体何があったのか、ゆっくりと語られる。