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「あー、その母親を探すってのがそんなに大切なのか?」


 クリスの能天気な声が響く。

 彼からすれば相手が誰であろうとどうでも良い事だし、やることも変わらない。だから、敵の子供が誰かだなんてわざわざ調べる必要があるのか、とゼノとセシルの二人に投げかけたのだ。


「とりあえず…こんな所で話しているのが見つかったら不味い。俺らが使っている根城があるから、奴らに見つからないようにまずはそこに移動してくれ。話しはそれからだ」


 とりあえずはゼノに言われた通りに根城へ向かう。見つかっても奴らを叩きのめす自信があったが、英雄であるゼノが警戒するのだから何かあるのかもしれない。


 入り組んだ道のりを忍んで進み、漸くたどり着いたのは、とても煌びやかで豪華な屋敷だった。こんな目立つ場所が根城で良いのかと言う最もな質問はその中を見て必要がないと直ぐに分かった。

 見た目通りの煌びやかで美しい屋敷だったが、その中身は酷く荒らされきった後だった。


「これもアイツらが?」


「あぁ。帝国民、特に貴族連中にはマナジウムを私利私欲のために使い、世界を破壊した罪を償わせるっていう謳い文句らしい」


 煌びやかだったのだろうシャンデリアは輝きを失い、空気は澱んでいて息苦しい。

 床に散らばり赤黒く枯れてしまった花。それを指していたであろう粉々に砕けた花瓶。支えを失ったチェストに、元の形も分からないほどに引き裂かれてしまった絵画の残骸。

 足を進めるたびにジャリ、とガラスを踏む音が鳴り、外の冷たい風が意地悪く頬を撫でてくる。


「おかえり」


「あぁ」


 ゼノが徐に開けた部屋の中から心地よいテノールの声と冷えた頬を優しく撫でる温かな風が流れ込んでくる。


 部屋の中は暖炉から発せられた柔らかい光と熱で暖かく、冷え切った身体が身震いする。

 よくある執務室のように来客用のソファーと膝ぐらいの高さの机、両サイドの壁には沢山の本が並べられていて、大きなガラス窓を背に置かれた豪華な机と椅子、かなりこざっぱりとした室内だ。多分、生活空間として此処だけ綺麗に片付けたのだろう。


「ギルド長、貴方も此方に来てたのですか」


「えぇ。私もオーランド出身なので少しは役に立つかと思いましてね」


 セシルはギルバートの姿を確認して、彼がその子供の存在を調べたのだと直ぐに理解し、セシルの中の疑問はなくなった。


「此処は既に手放してしまっていますが、私の生家だった場所で色んな抜け道を知っているので隠れ家としてはなかなかですよ」


「そんなことは気にしてねぇよ。母親を探すのがそんなに大切なのかそれだけだ」


「なるほど」


 ギルバートはクリスの言い分を聞いて、彼らが先ほどまで何で揉めていたのかが分かり、フッと誰にも聞こえないように小さく笑った。


「トアックと言う人間は、仲間や身内だけは何があっても守る奴だったんです。実際パーティーを組んでいた時、我々は何度も彼に助けられた。こんな大それた事をしでかす奴です…信用は出来ないと思いますが、同胞で、尚且つ自分の子供を見殺しにする訳がない」


「アイツが自分の子供を殺す訳がないって言う確証もない理由だけで態々時間をかけてその母親を探そうと言うのか?」


「…違うよ、クリス。確証があるってことなんだよ」


「は?」


 口を挟むセシルに苛立ちを隠さないクリスは勢いそのままにセシルの胸ぐらを掴む。


「確証があるんだ」


 ゼノの訴えを聞く気がないクリスはだから?と無造作に投げかける。例え奴が優しかろうが、慈悲深かろうが、疫病や魔崩れで散々人を葬ってきてことに何ら変わりはない。

 そんなやつが今更何をしたってそれこそクリスのやることは何にも変わらない。


「クリスが言いたいことは分かります。が、だからこそ母親とその子供は抑えておきたい」


「何でだ」


「よく考えてみて下さい。英雄が言う事を全て抜きにしても此方の手元に奴の身内を置いておけるのは好都合です。使い道は沢山ありますよ」


「使い道だ?足手纏いになるのがオチだろ」


 クリスの手が離れ、セシルは乱れてしまった胸元を笑顔のまま直す。


「例えば、奴の同胞であるその母親を目の前で痛ぶるとか。後はそうですね、ウルザボードが滅びたのはお前のせいだと言わせてみたりとか」


「めんどくせぇ。その前に殺せば良いだろうが」


「そうも行かない時もあるんですよ」


「チッ」


 わざとらしく舌打ちをするクリスにセシルは無言の笑みを向ける。


「それで確証と言うのは?」


「…あぁ、広場に集められた奴らの様子を見ていたんだが、如何やら人を選別しているみたいなんだ。ウルザボードの出身だと分かったら皇城に連れて行かれている」


「では、広場に集められているのはそれ以外の出身者なのですね」


「そうですね」


 一番考えやすいのはウルザボード出身者だけを守るため、だが、少し見た方を帰ると同胞を募って城を攻めているようにも見える。


「なら、集められてるものの中には母親はいないです」


「そんなはずはない。母親の名前も容姿も一致しているんだ」


「でも、これまでの話を総合すると奴がウルザボードの人間以外を受け入れる訳がない。そう思いませんか?」


「…あこそにいるのは育ての親ってことか」


「「!!」」


 何が真実かは分からないし、殆どが憶測で辻褄が合っているだけの話だが、何故かセシルの中で確信することが出来ていた。


「じゃあ、本物の母親は…」


「ニューラスとやらの性別は?」


「…は?いや、アイツは…」


「…ゼノ、私には少し思い当たる節があります」


 ギルバートも薄々そうなのではないか、もしくは知らず知らずのうちに心の何処かでそう疑っていたのだろう。

 いつも単独行動の二人、決して男同士だからと部屋を共有することも無かったし、勿論、風呂なんかは一緒に入ったこともない。

 当然本人達に性別を聞いたこともない。長いシルバーブロンドの髪に中性的な顔立ちで、知的で大人しく、細身の美しい容姿だったのは彼がエルフだと知っていたから納得出来ていた。

 だから男性だと勝手に決めつけていたが、女性だと言われれば納得できる事も沢山合った。


「まさか、だろ?」


「そして、ニューラスが母親だと仮定すると一番奴の子だと予測できるのは…」


「精霊魔法が使えるからな」


 ヒントは沢山落ちていたはずだ。でも、そこを結びつけるためのピースは巧妙に隠されていて今の今まで探しもしなかった。

 ピースを見つけ出した今は、寧ろそれが一番しっくりくるのだ。


「先に休ませてもらう」


「…あ、あぁ」


 突然立ち上がったユリウスの様子に違和感を覚えたセシルは足を伸ばし、彼の行手を阻む。


 セシルの視線に動じず、何も話す気がないと足を跨いで行ったユリウスにセシルはため息を吐く。


「何処か行く気だろうな」


「分かってるなら追いかけて下さいよ」


「はぁ?俺が?クロムにでもやらせれば良いだろうが」


「アイツが本気で飛んだらクリス以外に追いつける人は居ません」


 クリスははぁー、と大きなため息をついて重い腰を上げると、面倒くさそうにへいへい、と投げやりな言葉を漏らしてそのまま部屋を後にする。


「お前も疲れているだろ。片付けが済んでいなくて申し訳ないが、自由に過ごしてくれ。話しはまた明日にしよう」


「そうさせて貰います。とりあえず皇城に潜り込む算段を考えなくてはならないですからね」


「伯爵、それは私が準備しております」


「薬師様が、ですか?」


 メイリーンが差し出した薬を受け取りセシルは眺め、生唾を飲む。

 よくあるガラスの小瓶に入っているのはとてもじゃないが口にしたくないドブ色の液体。


「勝手に申し訳ないと思ったのですが、少し貴方の毛髪を拝借させて頂きました」


「私の毛髪を…?」


「ウルザボード出身者は中に入れられるのです。見た目を変えれば簡単でなくて?」


 セシルはそのまま小瓶をみてもう一度生唾を飲んだ。











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