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指導者



 地平線から太陽が姿を表す頃、セシル一行は漸くオーランドに到着した。


 空はオレンジ色に染まり、雲ひとつない快晴で、これから起こるであろう結果を暖かく受け入れるかのように静かで、それを冷静に見守るかのように空気は澄み渡っていた。


「何が起こっているんだ…?」


 しかし、彼らが目の当たりにしたのは以前のオーランド帝国ではなかった。

 大きく重厚感溢れる大門は閉ざされていて、夥しい金属音と足音、そして爆発音が轟き、人々は逃惑う足音、露店の商品は倒れ崩れる音、野菜や果物は踏み荒らされて、親は子を探し、子は泣き叫び続けている声が聞こえている。


「申し訳ないが、今オーランドには入れないんだ」


「何があったんだ…?」


「…他国の者にこんな事を言うのは何だが…実は今、突然皇室で内部分裂が起こって、それに乗じて反皇帝派が皇帝を討ち取ろうとして謀反を起こしたんだ」


「謀反?今このタイミングで…?」


 セシルの作戦にはなかった事態に普通に動揺をする。

 隠し切れない動揺を見て兵士はフッ、と小さく笑う。


「…仕方がない、通っていいぞ」


「…急にどうしたんだ」


「実は、俺は謀反側でな。皇帝が他国に救援を呼び寄せたのかと思ったんだが、如何やらお前達は今のこの事態を知らなかったらしい」


「俺たちが邪魔するかも知れない可能性は考えないのか」


「まぁ、それも一理あるが、それを聞いてくる時点で疑いは晴れたな!」


 気の良い兵士はユリウスの背中を数回力強く叩き、かっかっかっ!と盛大な笑い声をあげる。


「申し訳ありませんが、少しお話しをさせては貰えませんか?」


「おう、裏に行くか?」


 彼の服装を見てそれなりの立場の人間なのは直ぐに分かった。内乱の最中とは言え、魔崩れの方を放っておく訳にはいかない。


 セシル、ユリウス、クリスの三人が案内されたのは門番用の待機所だった。交代前に入るだけの何の変哲もない部屋。そこに長椅子が一脚だけ置いてあってかなり物寂しい雰囲気だ。


「実はアルメニアとフロンタニアで魔崩れが起こった。此処も魔物が溢れたことだろう」


「ほう…此方ではまだそのような報告は受けてないが…何と言うタイミングなのだろうな」


「まさか…」


「…魔崩れがまだ、来てない…?」


 とうに始まっていると思っていたが、魔崩れがまだ起こってもいないと言うのだろうか。

 そもそも、謀反が起こったと言うことに納得いかない。その口火を切るのは反皇帝派を指揮しているエライアスやアイルトン、そして、反皇帝派トップであるエルガバフ、そうセシルの叔父がやるはずだ。

 皆、此方に付いているし、勿論そんな事をする予定は全くなく、これは異常事態と言える。

 誰か他に指揮を取れるほどの人物がいたと言うことになるが、思い当たる人いない。

 

「少し聞きたいのですが、内乱の発端とそれを指導したのは誰なのかをご存知ですか?」


 兵士はグッと口を噤む。

 その行動を言いにくいのだと素直に受け止めるとそれなりの立場の人なのだろうと予測することが出来た。


「…実は今、皇帝が死んだのではないか、と憶測が流れているんだ。何でも、先日予定されていた貴族院の会合に体調不良を理由に欠席されたらしい。今回の会合では皇帝の肝入り政策の可否が決まる予定で、多少の病気なら来るはず…来ないのは寧ろ可笑しいと騒ぎがあったんだ」


 そして、皇帝が死んだ、もしくは死にかけているのでは、と憶測が憶測を呼んで今ではほぼ事実と化してしまったらしい。


「これだけ騒いでも出てこないんだ、真実であると言っているようなものだろう?」


「確かに、仰る通りです。それで、貴方はその肝入り政策の内容は掴んでいるのですか?」


「俺が知ってるのはマナジウムに関することらしいってことぐらいだな」

 

 今更皇帝がマナジウムに関して話すことなどあっただろうか。それも甚だ疑問だが、やはりこの内部抗争の指導者が誰であるのかは気になる。

 ただ、彼の口からはその名前を聞き出すことは出来ないらしい。他の質問にはすらすらと答える癖に肝心な指導者については口を濁す。


「…とりあえず、魔崩れの脅威が迫っているそれだけは留意しておいて欲しい。その対応の協議はそちらに任せる。政権の交代云々の前に魔物に国を滅ぼされてしまったら其れこその話だ」


「おう、しっかり伺っておくさ。……気をつけろよ」


「…ありがとうございます。それで、英雄ゼノは此処を通りましたか?」


 降り注ぐ強い視線に気づかないふりをしてセシルは一番重要な質問をする。

 彼らが此処に来ていないのなら魔物と戦っている可能性があるからだ。


「えぇ。内乱が起こる数日前に入られましたよ」


「そうですか。ありがとうございました」


 セシルがそう言って立ち上がったので二人も後に続いて三人はその部屋を後にした。



 とりあえず、ゼノ達がオーランド国内にいることが分かっただけでも収穫はあったと考えようとセシルは表に残していた馬車に再び乗り込む。

 少しだけ開けられた大門を馬車が潜り、やっと壁内の様子を目の当たりにして思わず絶句する。


「何が起こったらこんなことに…」


「これでは謀反と言うよりも圧政だな…」


 何故か内乱中の国内にすんなりと入れてもらえたことにセシルは違和感を感じていたが、兵士の狙いが何なのかがすぐに分かった。


 皇城まで続く広く長い道。いつもなら露店が溢れていて、馬車が行き交い、人通りの多い賑わいある道のはず。

 だが、今は露店も馬車もなく、ただ人々が寄せ集められている。


 彼は謀反側でありながら、今のこの光景を引き起こしたことに後悔をしているのだ。こんなはずではなかった、と。



「遅かったな」


「思ったより話しは深刻な方向に向かっているらしいですね」


 中央に集められた人々からは見えない少し奥まった高い建物と建物の間に出来た真っ暗な路地。

 そこから聞き慣れた声が聞こえてきて、セシルは返事する。


「状況は?」


「皇城内部で謀反が起きているって話だ」


「魔崩れは?」


「一応此方に到着してから森を交代で見張らせているが、未だに何も変化もないし、起こってもない」


 魔崩れにより発生した魔物の討伐云々の前に内乱をどうにかしなければならないらしい。

 そもそも、この内乱は何故今のタイミングで起きてしまったのだろうか。


「お前の妹がやったんだ、皇帝の死亡は確実。それを皇室は何故か隠そうとしている。多分、皇室側には皇太子を皇帝にしたくない理由があるんだろう。皇帝の死を公表すれば直ちに皇太子であるマルティヌスが選ばれてしまうからな」


「皇城には行けるのか?」


「正攻法では無理だな。謀反が起きてしまったからいつもより余計に警備が厳しくなってる。城内で直ぐに動ける人間を置いておかなかったのは不味かったな」


 これまでは計画通り順調に進んでいたが此処に来て、その計画が大きく崩れてしまい、寧ろ計画のせいでピンチを招く結果になっている。


 もちろんセシルのやることだ、監視や連絡係を配置していなかった訳ではない。皇帝の暗殺を決行したのも彼らの情報に基づいて計画を立てる事が出来たからだ。

 でも、彼らからそんな連絡は来てないし、セシルが門を潜ったと言うのに誰も近付いてこないのも今考えれば可笑しい。


「…指導者に心当たりは?」


「…片喰だよ。ただ、トアック達ではない。奴の子供だ」


「奴に子供がいたのか…」


「俺らはそれを調べていた」


「調べていた?」


「奴の子供の候補者は三人。今は三人とも姿を消していてそいつらの母親を探し回っていた所で謀反が起きた」


 三人にまで絞られているのなら、後は時間の問題かと思われた。しかし、そもそもそれが出来るのなら、既にその正体は分かっていた事だろう。


「二人は見つけたんだが、子供の出生については本人達も怪しいらしい。二人とも娼婦だった」


「…なるほど、後一人を見つけて話を聞かないことには確信は持てないと言う事だな」


「あぁ」


 彼らの見つめる先には兵士によって寄せ集められた人々の姿。恐怖で体が震えていたり、家族で抱き合ったりしている。


 あの中に目的の人物がいる。













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