誘い
「おい!そっち行ったぞ!」
「クソッ。昨日より増えてやがる」
「手が空いてるやつは怪我人を運べ!」
元聖剣の丘近くの森の中。
直ぐ近くに街があるために地方自治を担う赤騎士達が魔物退治に精を出している。
「団長!進行方向から見て二時の方向。距離300メートル。大型トロル5です!」
「はいよ!」
「副長!右手斜め前!10秒後かち会います!」
「りょーかい!」
一瞬なら楽しそうにも見えなくはない。
ただ、怪我人も出ているし、此処だけに止まるわけにも行かない。フロンタニアにはまだまだ沢山の街や村があって、領地が広すぎる所では領主達でも手が回らない。
ここ数日は各地に部隊を派遣しつつ、魔物退治をしていたが、王都カバロに近づけば近づくほど、魔物の数は増えていき、その強さも増している。
有難いのは魔物が発生するのは森からだけで、森周辺を守っていれば大丈夫だと言う事だ。
「ん?こっちは片付いていたのか」
「おー?其方は?見慣れないけど、冒険者か何か?」
「コイツは何言ってやがる」
「ボス。コイツは赤騎士の奴らですよ!」
「ほ〜ぅ。朝日が強いと認めたやつか。なるほどなぁ。体つきは悪くねぇ」
「いやいや、其方こそ!中々の肉体だ!」
「お?話し分かるじゃねぇか!俺はボスと呼ばれてる。あのセシルとか言うやつは筋肉がなんたるかを知らねぇ」
「俺はエルダーだ!宜しく!」
「初めての気がしねぇぜ」
「同じくだ!兄弟よ!」
何故か出会ってその場で意気投合する二人に周りは唖然としていた。
ムキムキの男二人が肩を抱き合ってニコニコと笑い合っている絵なんて全く求めてない。
「ボス。そろそろ戻らないと」
「おう。朝日のお見送りに遅れちまう」
「朝日…なんか聞いた事ある名前だそ?」
「団長!国王からの任務で森に一緒に潜られた方の名前ですよ!」
「あ〜!通りで聞いた事あると思った!」
彼は究極のアホだ。折角耳元で話していたのにそんなに大きな声で反応しては意味がない。
生きていくための技術や能力、知識に関しては右に出るものはいないだろう。その代わり、それ以外の一切の物事を覚える気がなく、王であっても玉座に座っていなかったら誰?と聞くレベルだ。
だから、寧ろ一度会ったことがあるだけで、認識しているなんて奇跡だ。
だとしてもだ、目の前の彼らはそんな事知らないし、もちろん知られたくないし。
でも、確実にそんな事言ったらダメな雰囲気だったのだけはよく分かる。
「何だ?知り合いか?」
「実はお互い迷子になってしまったが森で助け合って何とか脱出出来てだな!わりと知り合いだ!」
まぁ、災厄アホなのがバレるのは良い。
でも、彼の事を覚えていなかったと言う事だけばバレないで欲しい。
額に汗を滲ませながら、ボスの顔色を伺う。
「なら来い。朝日がオーランドに行くそうだ」
「お見送りか!是非参加しよう!」
本当に何か分からないが、とても気が合う二人。もしかしたら、兄弟だったのではないかと思ってしまうほどに息があっている、気がする。
「俺はな、元盗賊でよ。それなりに有名だったんだがよ?運良く朝日に見つけられちまったよ…。まぁ、早い話し、盗賊を辞めたんだ」
「そうなのか!俺も昔は盗賊をしていた!」
「え、いや…団長…それ言っちゃダメなやつ」
「何だ?同じ畑出身だが、お前は天下の騎士様で、俺は模範囚だって?人生何があるか分からねぇな!」
「そうだな。俺も運が良かった。偶々聖剣が俺を認めたらしい。そしたら、いつのまにか此処にいたんだ!」
話しが噛み合っているのかどうなのかいまいち分からないが、割とお互いの深い話しをしているのだけは分かる。若干聞いてはいけないような内容が入っていたのは気にしないことにした。
たぶん境遇は近しいものがありそうだし、それなりに苦労して生きてきて、散々悪い事もしてきた。
そして二人には道が伸びていて、一人は輝かしい騎士に、そしてもう一人は捕まり、囚人の道へ。
「ボス!と…あれ?」
「おう。久しぶりだな、朝日!」
「うん!野営楽しかったよね!」
「何かあったのか?」
表が何やら慌ただしい。
明らかに急いでいる様子で何事かと朝日に駆け寄る。
今は正午を知らせる鐘が鳴ったばかりで、オーランドへの出発は予定では昼食後だと聞いていたからだ。
「実は、予定が少し変更になりました」
「…アルメニアの農村部で大爆発が起き、更には守護者の森に侵入者が現れたのです」
「爆発に侵入者だぁ?」
「幸い、爆発による死傷者はいません。魔物被害が出ていた場所だったので、住民は避難済みだったので。しかし、家屋諸共、畑や家畜も全てが吹っ飛んだそうです……」
全部セシルが考えた作戦通りに問題なく進んでいた。各地へ騎士や冒険者達の派遣、敵が新たな作戦を次々と出してこないよう、間引き討伐も順調に進み、その間に住民達の避難も終わらせることが出来た。
「皆さま、こんにちは」
「よ、幼女?」
「いや、コイツは確かセシルの妹で…」
「ね!凄く可愛いよね!」
「朝日様…結婚したいなんて…もう…」
彼女の裏の顔を知っているエルダーにとっては目の前の光景はとにかく恐ろしいものだった。
笑顔で楽しげに人の首を掻き切るその姿を初めて見た時は思わず、吐いてしまったほどだった。
「朝日様!騙されてはなりません!このババアはもう22歳なのにこんな若作りして!本当に見苦しいですねぇ?朝日様と釣り合うわけがないだろが!」
「クレアだったかしら?……所詮下級の貴族の娘如きがぁ?朝日様を幸せにできるだけの財力見せてみぃや!このアマァ…!」
「ウルセェ若作りババアぁ…!寧ろ上級貴族の当主と結婚して朝日様が幸せになれるわけねぇだろうが、脳みそまで腐ってんのかぁ??」
罵倒、凄み、の応酬に、胸ぐらを掴み合いからの暗殺者と剣士の死角での死闘。
「二人は凄く仲良が良いんだね!」
「…あ、あぁ。そうだな」
二人はニコニコと笑い合いながら、お互いの急所を突く殺し合いをしていると言うのに、どう見たら仲良さそうに見えるのかは分からない。
「僕、二人が仲良くなってくれてとっても嬉しい!」
「…そ、そうなんですの、ねぇ?クレアさん」
「え、えぇ。今度お茶でもどうかってお話ししてたのです」
「良いなぁ。僕も一緒にいい?」
「勿論ですわ!」「是非とも!」
何だが話しは纏まったようだが、今はオーランドに行くのが早まったのは何故なのか、何故そんなに急いでいるのか、それを知りたかったのだ。
「あー、お前ら何か急いでたんじゃなかったのか?」
「…あれだ」
「…え?」
「本物なのか…?」
「本物?聖獣のフィンだよ。こっちはアイル。可愛いでしょう?」
可愛い、と言うよりもその神々しいまでの白さ。そして、美しい青い瞳と醸し出される威厳が彼らに自然と畏怖の念を抱かせる。
これが聖獣で、この世界で一番強いものなのだ。
「アイラが言うには魔物を集めるために森を荒らしている人がいるんだって」
「そいつらを捕まえに行くんだな!」
「うんん。もう、フィンが捕まえて気絶させちゃってるみたい。でも、フィンがその時に怪我をさせられて…」
美しい白い前足に残る痛々しい赤黒い傷。それを庇って歩き方がおかしい。フェンリルの子供は彼女を支えるかのように寄り添い、傷を舐める。
「朝日、聖獣様のお手当は…?」
「フィンが言うには呪いなんだって。簡単には解けない呪い。忌々しいからそいつらを持っていってほしいって」
「…直ぐに締め上げてくれる」
「聖獣様…。同族の過ちを全ての人間を代表して謝罪します。大変申し訳ありません。もし、私なんかの謝罪を受け入れて下さるのなら守護者の森への侵入をお許し頂けませんでしょうか」
「ごめんね、やっぱりダメだって。僕、行ってくるよ!」
朝日はアイルと呼ぶフェンリルの背中に慣れた様子で跨り、首にしっかりと捕まる。
誰もが何も言葉に出来ないまま、去っていく背中を眺めていた。