表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/159

魔崩れ




「口を挟んで申し訳ないが、その作戦とやらを説明して貰えるだろうか」


「えぇ。…ですが、その前に確認しておかなくてはならないことがあります」


「なんだ?」


「オルブレンさん。貴方はアルメニアで部下達と会った後、ウルザボードに向かっていたそうですが、何故そちらに?」


「…とある方に助言を頂いたからです」


 彼らを城から逃す手伝いをしたと言う黒マントの男。彼らはその者の正体を知らないようだが、セシル達には見当がついていた。

 黒騎士ロードアスターだ。

 彼が裏で暗躍し、オルブレン達を逃してくれたことで結果的に助けられているところがあるのは間違いがないが、完全に味方と考えるのは難しかった。


 セシルが彼の暗躍に気づいたのは彼らが証人として捕らえていたフィリップスが殺されていた現場を見た時だった。

 余りにも鮮やかな手際の良さとフィリップスに抵抗した後がない事、そして引き裂かれていた喉の傷跡の形状を見て確信した。


 彼がどのような意図を持って“紅紫の片喰”に近づき、行動をしているのかは不透明なまま。それにフィリップスの死はユリウス達の調査を大きく後退させ、大きく進路を変えざる終えない状況となり、散々振り回されることとなった。

 何より、“紅紫の片喰”に朝日を連れ去られる結果を齎した。許せるはずもない。


「貴方達を逃したのはロードアスターという者です。彼はここフロンタニアで黒印の騎士団の団長をしています。ただ一つだけ言わせて頂きますが、彼を信用してはいけません」


「何故です?貴方の仲間なのでしょう?何を疑えと言うのです?彼は我々を二度も助けてくれたのですよ?」


「貴方達が逃げるために使った魔法陣が本来は何に使われていたのか知っていますか」


「…そ、それは“紅紫の片喰”とかいう連中がオーランド中のマナジウムを集めるために…」


「えぇ。その通りです。貴方達が逃げるのにマナジウムを持っていくように進めたのは誰ですか?」


「…」


 ロードアスターは魔法陣の存在を知っていて、更にその起動方法すら知っていた。そんなものを偶然知って、偶然調べたなんてことがあるわけが無い。

 セシルはそう言いたいのだ。

 そもそも、何故他国の騎士が皇城内部に入り込んでいるのか、自分達より詳しいのか、それが気にならないのがセシルには如何も理解できない。

 他に奴を信用するだけの何かがあるのか。

 セシルの鋭い視線がオルブレンに突き刺さった。


「とりあえず、そのロードアスターとやらの話しは置いておこうではないか」


「いえ、作戦の為にもその確認はとても大切になるのです」


 セシルが膝に肘をつき、両手を組む。フェナルスタ達へ向けられた視線はとても重く、強く、苦しいものだった。


「…確かに、貴方の言う通りです。彼は何もかもを知っていて我々を流した。ただ、私が彼を信用に値すると判断したのはそれだけではないのです」


「貴方にそこまで言わせる理由とは?」


「片喰には私達を野放しにする理由はない。なのに彼は我々を逃した。そして…彼がいなかったら私は真実に気付かなかった」


「真実…ですか」


「ウルザボードとイングリードが滅びたのは、全て帝国の策略の上で起こったことだったのです」


 再び沈黙が訪れた。

 辺りはもう日が沈みかけていて、オルブレンの顔を赤く染めている。


「詳しくお願いします」


「皇帝は恐れているのです。森を犯した罪よりも“紅紫の片喰”の事を。その不完全なマナジウムでは彼らには勝てないと思っているのです」


「それ程に“紅紫の片喰”は驚異だと言うことですか」


「はい。彼らは、何があったのか、どうやったのかは知りませんが、一度皇帝を完膚なきまでに追い込んでいるのです」


 ピクリと反応したゼノ。そしてアイルトンは高笑いをする。

 アイルトンの突然の高笑いにオルブレンは怪訝な表情を向ける。


「俺が気付かないわけだ。全部は皇帝に向けられたものだったのだから」


「…皇帝が奴らを恐れるようになったのはウルザボードにある冒険者ギルドの本部が原因だ」


 冒険者の始まりと言われるウルザボード。

 その成り立ちはとてもシンプルなものだった。広大な土地の半分は森に覆われ、そのまた半分を高山に覆われているウルザボードは聖獣への信仰心がとても強く、昔から森や山をとても大切にしてきた。

 生活の殆どを森の恵みに頼り、必要以上の木々の伐採がご法度の為、畑なども作らず、自然の中で生きていた。

 

 そんな彼らが必要としたのは有能な若者だ。

 狩りをしたり、魔物を倒したり、森が豊かにあるように邪魔な木を剪定したり、鉱山で鉱石を集めたり。

 そういうことをしてくれる人を集め、束ねて、仲介を始めたのがギルドの始まりだった。


「奴らは冒険者ギルドを自由に操って見せたんだ。新人を排除したり、無能なギルド職員を沢山集めたり、最強の冒険者ばかりを集めたり、な」


 要は様々な技能と実践経験を積んだ豊富な人材を沢山育て、それを自由に動かせると見せつける。

 マナジウムが無くなった帝国よりもギルドとして全ての冒険者達をまとめている自分達の方が圧倒的有利だ言うのは言うまでもない。

 何故なら、そこには魔崩れによって溢れかえった魔物達を魔法石に頼らずに食い止めた英雄達もいるのだから。


「ウルザボードへ行くように言われたのはその為だったのですね」


「ロードアスターがそう言ったのですね」


「…はい。やはり彼は此方の…」


「奴らの本拠地に送り込むことが本当に安全だとお思いならそう思っていても止めませんが」


「…」


 完全に口を噤むオルブレンにセシルは深くため息をつく。


「オルブレンさんは“紅紫の片喰”についてはどのくらいご存知なのですか」


「…魔法陣の経緯を聞いたぐらいしか…」


「では、これまでで分かっていることを簡単にお伝えしましょう。彼らのトップの名前はトアック。元ウルザボードの王子です。以前は英雄ゼノのパーティーに所属していました」


 セシルの話しに耳を傾けているのはオルブレンだけではなく、朝日も同じだった。そしてウルザボードの元王子、トアックについての真実が語られた。

 それらの背景を調べてきたゼノの視線はギルバートに向けられていた。

 彼もその視線に気付いてはいるが、目を伏せるだけだった。

 ゼノとトアック、そして彼の侍従をしていたニューラスの関係話しが終わる頃、セシルがゼノに一瞥した。


「俺は一度、トアックを殺した。いや、実際は殺したと思っていた」


 ピクリとも反応を見せないギルバートにゼノは鼻で笑う。彼が生きていると言っているようなものなのに、なんの反応も見せないと言うことは彼はトアックが生きていた事を知っていたと言っているのと同じだからだ。


「一年前…もう、二年になるのか。あの、事件の時俺は依頼でフロンタニアにいた。その時に魔崩れが起こったんだ。冒険者である俺は一部の仲間を引き連れて森へと向かった。森は妙に静かで全ての感覚を狂わされるような状況だった」


 森が静か過ぎた。

 木々の騒めきも、動物達の鳴き声も、水の音、風の音でさえも全て消えていた。

 方向感覚も何もかもを狂わされる。

 そんな中で始まった真崩れ。そして魔物達との戦闘。普段なら問題ない相手にも苦戦を強いられる。


「戦闘の最中、仲間の一人が大怪我を負った。俺らのパーティーのタンクだった。タンクを失った俺達は押され続け…壊滅状態だった」


 全ての中心と起点となるタンク役。

 魔物のタゲを取り、初動攻撃の受け、戦線を下げないように常に前に出続け、味方の盾となるタンク。タンクを失うことはパーティーの壊滅と等しいこと。


「俺は仲間だけでも逃そうと…残り全ての魔力を使って極滅魔法を使ったんだ。自身が認識した者以外を全て無に返す…魔法を放つ直前、奴は…トアックはレジャーゴーレムに投げ飛ばされて…私の前に、魔法の直撃を受けた」


 ゼノは認識が間に合ったと思った。

 その目でしっかりと収めたから。でも、魔法が全て消えた時…目の前にも周辺にも彼の姿も、気配も消えていた。

 今思えば、転移魔法陣を使ったのだと分かるが、ただの斥候として動いてた彼がそんな高等魔法を使えるなど考えもしなかったのだ。


「そして、奴はそれを利用して自分を死んだ事にして…身を顰めつつ“紅紫の片喰”を組織し、裏世界で暗躍し、力をつけ…この世界の全てを壊す計画を立てた。全ては皇帝、ガブリエラ・ディア・オーランドから受けた屈辱、苦痛、恨みを。そして彼らを見捨てたこの世界にも同じ痛みを与える為に…」


ーーーバンッ!!!


「…魔崩れが…起こりました…」


 絶望感に苛まれている青騎士。崩れ落ちそうになる彼を支えるためにトリニファーは彼に駆け寄った。


 








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ