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一杯の酒



「出発します」


 御者を務める使用人の声と共に動き出した馬車はアルメニアまで続く大きな公道を走り出した。

 この公道は古くからある良く整備された道で凹凸も少なく、道幅も広くて馬車でも進みやすい。左手側には見渡す限りに隠しの森が続いていて、少し森を迂回するような道になっている。


 いつもならユリウスは朝日の対面に座るのだが、今日は道も穏やかなのに朝日の隣に腰掛けていた。


「このふわふわも気持ちいいね」


「それもマダムの力作だそうだ。朝日が馬車に乗る時隣に置いてくれと言ってたそうだ」


「確かにこのクッションがあったら馬車が揺れても痛くないよ!」


 角が丸まった正方形のクッション。

 横揺れで身体の軽い朝日が倒れそうになっても支えられらように中にたっぷりと綿が詰められている。


「気に入ったのなら持ってると良い」


「良いの?」


「うちの馬車以外に乗る時もあったほうが俺が安心する」


「ふふふ、うん!ありがとう!」


 ユリウスは照れた表情を横に座ることで隠れていると思っているようだが、朝日からは丸見えだった。



 そのまま馬車は順調に進み、途中馬の休憩も兼ねて昼食を取りつつ、夜には領内の小さな村に到着した。

 そこで一泊し、次の日は少し早めに出発する。

 次の日も領内にある公道沿いの宿場町で一泊し、翌日の昼前には国境前の街を通り、いよいよアルメニアの国境を通過した。


 アルメニアとフロンタニア国境は友好国であるからか、かなり緩めで積荷を軽くチェックしたぐらいで直ぐに関所を通ることができた。

 アルメニアに入っても相変わらず左手側には隠しの森が続いていて、この森の面積が一国程にもなるのだと実感した。


 一度ペントハウスにより、使用人達が荷物を運び入れている間、二人は街を見て回ることになった。

 ユリウスが言っていた通り、アルメニアはオーランドのように高い建物も多く、フロンタニアでは見たことのない素材の建物も多くあった。


「街の中なのに、道が広いね!」


「あぁ。この国の第二の都市と言われているからな。出ていく量も去ることながら入ってくる物も多いんだ」


「だから馬車がこんなにおっきいんだね!」


 乗ってきた馬車の二倍はある馬車の横に並びその大きさをユリウスに見せる無邪気な朝日を優しい笑顔で見守る。


「ねぇ、見てみて!」


「…何度見ても圧巻だな」


 そして、朝日が一番驚いたのが露店だった。

 店構えは各国と然程変わらないが、置いているものがかなり違く、何より驚いたのはその種類の多さと専門性だ。

 真っ白い食器の店、カトラリーの店、紐を売る店、指輪を売る店、ランプを置く店…などなど、売り物全てが何か一つに特化しているのだ。

 勿論、この紐は何に使うのだろう、と用途が分からないような店も多いが、それを買っていく人も普通にいる。

 ここは需要の多さではなく、多様性が求められているのだと分かった。


「こんなに真っ白な陶磁器…素晴らしいですね」


「買う?」


「い、いえ…朝日様。食器は持って帰るのが大変ですので…」


「お客さん達外国の方かい?」


「は、はぁ…」


 タバコを蒸した店主がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 店主が何を考えているのかなんて見え透いている。ユリウス達の身なりを見て儲けるチャンスだと嬉しそうなのだ。


「白い陶磁器は外国人がよく喜ぶお土産だよ。確かに運ぶのは大変だけどな、その分多く買ってけば良いさ」


「僕のポシェットに入れれば大丈夫だよ!僕もみんなに買っていこうと思ってたし!」


 侯爵家レベルにもなれば、白いお皿くらいは置いてある。ユリウスがもう少しそういうのに興味を持つ人ならもっとあっても良いくらいなのだ。

 ただ、この白い皿はただ白いだけではなく本当に真っ白で、職人の手書きだろうか。青い刺繍のような模様がとても美しい。


「コレおじさんが作ってるの?」


「いいや、コレはワシの息子が作っとる」


「凄い息子さんだね!」


「あぁ、俺の息子は手先が器用でな!ワシの一番の自慢さ!」


「まだまだ沢山ある?」


「他の模様が見たいのかい?それならまだまだ沢山店に置いてあるさ。見に行くかい?」


 朝日に息子を褒められて鼻高々自信満々の店主は息子の店を指差しながら言う。


「じゃあ、ここにあるの全部下さい!お店のも見に行くね!」


「ぜ、全部か!?ここにある奴?ハハハ、真面目に言ってるのか?」


 露店とはいえ、今並んでいるだけでも100点あるか無いかくらいの量だ。それを全て買い、更に店の物も見たいと言う。

 店主はいやらしい笑みを引き攣らせて、乾いた笑い声をあげる。


「うん!僕、息子さんのファンになっちゃった!こんなに素敵なお皿なら料理も映えるよね!」


「なんだい、料理人みたいなこと言いやがって…」


「料理人の友達にお土産であげるんだ!」


「お土産!そりゃ良いや!持ってけ、持ってけ!」


 大口の取り引きになったと大喜びの店主は多分、転売されることを危惧していたのだろう。商人の買い付けなら息子の名前も知れ渡るだろうが、貴族が良くやる独占販売なら蹴っ飛ばすところだった。

 でも、それがお土産と来た。

 貴族がコレクションとして壺や皿を集め、見せびらかすのはよくある事だ。そのコレクションに息子の作品が加えられるのなら商人に買い付けられるよりもより名声が上がるのだ。

 良い父親だと朝日は彼としっかりと握手した。


 彼の案内で息子の店の商品も殆んど買い占める。

 朝日もそうだが、ユリウスの購入意欲にも火がついてしまったようで使用人の目に止まった物は全て購入していた。


 お店を出た後、もう一度露店街に戻った。

 買い物が楽しくなってきたのか、朝日もユリウスも買い物の手が緩まない。

 露店街を出た後もそれは続いた。

 可愛らしい外観のぬいぐるみ屋、甘い匂いが漂う菓子店、上質な生地を扱うテーラー、珍しい本が集まる町外れの古書店。

 街の中をくまなく歩き回り、やっとその手が止まったのは朝日のお腹が鳴った、夕刻前のことだった。


「何処か店に入るか」


「うん、お腹なっちゃった…」


「確か、この辺に以前ヘルム伯爵と行ったお店があったはずです」


「そこにしようか」


 ユリウスはお腹がすいた、とお腹を押さえる朝日をヒョイと持ち上げて歩き出す。片手で抱き抱えられているのにもの凄い安定感で、朝日はユリウスの肩に手を添えた。


「軽すぎる。もっと食べないとならないな」


「僕、少しおっきくなったと思う!」


「大きくはなったな。でもまだまだだ。せめてセシルくらいにはならないとな」


「ユリウスさんより大きくなるもん!」


 ぽこぽこと頭を叩く朝日にユリウスは伯爵は美食家なんだ、と囁く。

 ただ、沢山食べて欲しいと言えば良いのに、とあまりに不器用なユリウスに後ろに控えていた使用人が小さなため息をつく。

 でも、そんなユリウスを見つめている朝日の表情がとても穏やかでいつものふにゃふにゃ笑顔だったので、彼は嬉しそうに笑った。

 朝日は主人のそんな不器用なところも分かってくれている。それが何よりも嬉しかったのだ。


 食事を終えてから、朝日の要望でバーへ赴く。

 カウンターに座ってみたいと言う朝日に店主も微笑ましいとグラスを拭く手が軽やかになる。


「シャンパン、グラス二つ」


「つまみは如何なさいますか」


「味の濃いめのチーズとおすすめを頼む」


「かしこまりました」


 店主はグラスを二つ、カウンターに置いてワインを置いているセラーの前に座っている店員にシャンパンを頼む。

 慣れた手つきでグラスに注ぎ、スッと前に出す。


「…その、貴方がお飲みに?」


「これでも成人してる」


「カード見る?」


「…失礼しました」


 ギルドカードは偽れない、と分かっているから見せられた時の驚きと言ったら言葉も出ないほどだった。

 歳も当然だが、こんなに可愛くてキラキラしてるのに男の子だった、と言うのが店主の一番の驚きだった。


「明日、パーティーだからな。あまり飲みすぎるなよ」


「一杯だけにしましょうね」


「うん、僕。この前のことも覚えてなかったから…気をつけた方が良いみたいだね」


 朝日の冷静な判断を聞いた二人は大きく肩を撫で下ろし、ユリウスはシャンパンを一口口に含んでゆっくりと味わった。









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