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暗がりの企み



 とある路地の暗がり、生暖かい空気によりジメジメとした鬱陶しい湿気が身体に纏わりつく。

 人が寄り付かず、害獣、害虫たちの憩いの場となっていたそこを踏み荒らしたのは長身の飄々とした男と短身の落ち着きのない男。

 二人はたった今得たばかりの収穫の品を向き合って覗き合っていた。


「…どう言う事だ!可笑しい、俺は見たんだぞ!」


「そんなこと言っても入ってないものは〜、入ってないんだよ〜」


「うるせぇ!こっちに寄越せ!」


「良いけどよ〜、あの宿の店主、俺らの事チラチラ見てたし。俺らが犯人なのはバレてんだぜぇ?」


「だからなんだ!あんなガキ、俺一人でもヤレる!ビビんな!」


 ギャアギャアと騒ぐ短身の男をどうでも良さそうに呑気に話す長身の男が落ち着くように宥める。

 彼らの手には明るい茶色の革ポシェットがくたりと元気なくぶら下がっている。


「もうやるしかねぇ。無いなら奪い取るまでよ!」


「ん〜、まぁやるしか無いのかな〜。酒屋のツケも溜まってるしねぇ〜」


「やるやらねぇ、の話しじゃ無くなったんだよ!俺らはあのガキにコケにされたんだ。やり返さねぇでどうする!」


「ん〜」


 あまり乗り気では無い長身の男の背中をドンッと強く叩き喝を入れる。彼は涙ながらに痛いと訴える長身の男の話すら聞く気はないらしい。


「チッ。本当に俺は見たんだ。あの坊主が騎士の奴に“魔法石”を手渡してるところを…。それにまだ持ってるような事も言ってたんだ。本当なんだ」


「それは信じてるよ〜。マイモンが嘘ついたことなんてないからさ〜。でもそんな高価なものならもう持ってない可能性もあるだろう?売ってしまってる可能性もあるし〜」


「だから昨日のうちにやろうって言ったんだろうが!このヘタレ!!」


 悪い事をしている自覚があるのか、勢いはそのままに声量を少し抑えて言う短身の男はズボンのポケットに手を突っ込みながらわざとらしく大きな足音を立てて歩く。

 その音に驚いた路地の小さな住人たちはそそくさと追い立てられるように更に奥の暗がりへ逃げて行く。


「収穫なしじゃあ仕方がねぇ。今日もカビ宿だ!」


「あ、あれは〜」


「あん?…おぉ、運が良いな」


「やるのぉ〜?」


「フンッ。当たり前だ」


 明るい表通り、彼らの視線の先には見慣れた細身の剣士と並び立っている被害者である少年の姿。

 嫌らしい笑みを浮かべた短身の男は少し慌てたようにその小さな革ポシェットを隣の長身の男の肩から下げられていた布袋に押し込むと彼らも表通りへ素知らぬ顔で抜け出した。


「おっと…おい!気を付けやがれ!こ、の…あ…」


「…」


「チッ。…“不言”かよ」


 人とぶつかりそうになり、いつものようにガンを飛ばす短身の男は相手を見て大人しく身を引いた。自分の三倍はある巨大な体躯を見れば誰だって怖気付くだろう、と自身を慰めて再びその男の横を小さな悪態と舌打ちをしながら通り過ぎる。


「あの人僕らの話、聞いてたんじゃないかな〜」


「誰とも話さない、で有名な“不言”だぞ!誰にも話さねぇよ!てか、話す相手もいねぇよ!」


「まぁ、いいかぁ〜」


 触らぬ神に祟りなし、とばかりに無かった事にしたい短身の男はそれ以上何も言わなかった。相手が誰であろうと怖気付くのは恥だと思っているのだろう。






 朝日の低ランク依頼「一角ウサギの討伐。討伐証明角を5個持ち帰る」に付き合って、ギルドに戻ってきた二人。

 異様な雰囲気で入口付近の壁に背を預けていたラースを見つけて朝日は元気良く嬉しそうに言う。


「ただいま!」


「…」


 こくりと頷くラースを見て朝日はニッコリと目元を最大限に緩めてニヤける。それを隠そうと頬を揉む朝日をさぞ冒険が楽しかったのだろう、と周りの冒険者も微笑ましそうに見守っていた。

 ラースから少し離れた壁に同じく背を預けるゼノが朝日に依頼達成報告をするよう促すと朝日はいそいそと受付に向かう。

 しかし、何度か顔を合わせている馴染みの冒険者達に呼び止められ、それはとても嬉しそうに楽しそうに依頼で何があった、ゼノがどうした、などと大袈裟に語る姿は子どものそれだ。

 途中アイラに話しかけられて依頼報告の為に受付へ向かいながらも余程楽しかったのか、また同じくアイラに今日の出来事を語っていた。


 依頼報告から戻ってきて、ホクホク顔で依頼料を握りしめている朝日は再びラースにニコニコと笑顔を向ける。


「ラースさん!」


「…じゃあな」


「はい!また明日!」


 憧れを含む眼差しを向けられるラースは朝日に返事の代わりの頷きを残す。


「ラース、手伝えよ」


「…あぁ」


 去り際に掠れるように言うラースを見送るとゼノはギルド横に併設されている食堂で適当に注文し、朝日に視線を落として問いかける。


「朝日。宿は決まってんのか」


「あ、そうか。忘れてた」


「紹介してやる」


「…んーと、安いところある?」


 明らかに身なりは良いし、たった今の今、依頼金を受け取ったばかりでそんな事を気にするのか、とゼノは少し驚いた。

 要らぬ想像をしてしまう。

 彼は明らかに良いところの出だろう。服もそうだし、最高級防具を作れるような素材を持ってるし、お辞儀をしたり、挨拶を交わしたり、言葉遣いも冒険者用に直す前は丁寧だった。いや、未だにそこはかとなく丁寧だ。

 当然平民はそんな事を気にしないし、言葉遣いなんて教えられない。そんな事を習うのは貴族か豪商などの金持ち連中だけだ。


「薬草も売ったんだろ?依頼金からポシェット代抜いても足りるだろうが。…まぁいい、金は貸してやるから俺の紹介したちゃんとした所にしろ」


「なになに?お金の話?」


「うーんと、無いわけじゃないんだけど…。これはあまり使いたくないお金だし、今後また何かあっても困るから備えときたいし」


 両膝に手を置いて、少し困ったような顔をする朝日だが、その理由は聞かない。

 確かに先程の依頼金の他にポシェット代の為に薬草の買い取りもしたはずだ。確かに紹介しようとしていた宿だと2日分程度の金額にしかなってないだろうが取り敢えずはそれでいいはずだ。


「それならさ、朝日君は他に何か素材とか持ってないの?大抵の物は買い取るわよ」


「あ、あるよ!んーと」


 そう言うと朝日は着ているダボダボの服のポケットに片手を入れる。特に漁るわけでも無く相変わらず宙を眺めたままだ。

 暫くすると何かを取り出して掌をアイラに差し出した。


「え!これって宝石?」


「綺麗でしょ?」


「コレはアマガラスの卵だな」


「これが、アマガラスの…」


 うずらの卵程のそれは、宝石のようにキラキラと輝いていて光のさし方によって七色にその輝きを変える。アマガラスはとても大型の魔物で産卵時期は縄張りに入ったものを見境なく攻撃する。

 毒も持っていて少しでも浴びれば神経毒が三分で全身を周り全く動けなくなる。森で動けなくなるという事は死を意味する。かなり危険な魔物だ。

 アマガラスの卵は成体の体格に似合わず小さく、宝石のように輝くそれは宝石のように硬く、巣を離れた卵は決して孵らず、とても持ち運びやすい。

 なので宝石として取引されているが、取れる時期は産卵時期のみで、アマガラス自体がBランクの魔物であるのにその産卵時期は更に凶暴化し、Aランクに上がるため、単独でさらに無傷での帰還となると相当難しい。


「これはどうやって取ったの?」


「あ、秘密じゃ駄目かな?」


「…他にも何かあるの?」


「うん」


 再び鞄に手を突っ込み、宙を見上げる。

 しかし今度はゼノの大きな手によって止められてしまった。朝日向けられたのは少し怖い顔だった。


「アイラ、分かるだろう」


「…あ、ごめんなさい」


「…?」


 普段とは違い、素直に謝るアイラの煩悶の表情に朝日はコテン、と首を傾げながら心配するように彼女を見つめる。


「朝日、取り敢えず今日のところは俺の部屋に来い。拒否権は無しだ。女将には俺から説明する」


「?うん、分かった」


「朝日君、素敵な物を見せてくれてありがとうね!」


「うん!」


 黙って立ち上がったゼノはアイラを一瞥して、その視線にアイラはグッと堪えるように口を真一文字に結んだ。続いて立ち上がる朝日にアイラは微笑みを向けて手を振って見送る。




「…アイラさん、何か怒ってた?僕何かしちゃったかな?」


 帰ってきて早々に欠伸を漏らした朝日を自身のベットに寝かせて自身は女将の用意した簡易ベッドに腰を下ろした。

 部屋の明かりは既にゼノが手に持っていたランタンだけで、とても明るいとは言えない。そんな暗さのせいかトーンを落としてぽそりと呟いた朝日。


「いや、怒っていない。…怖かったか」


「うんん。怒ってないなら良い」


 他人の機微に敏感らしい朝日の発言にゼノは出来るだけ優しく問いかける。


(あれは自分を怒ったたんだ)


 よく周りを見ているものだ、と朝日の寝ているベッドに腰を移してヨシヨシと優しく頭を撫でる。

 それがあまりに心地よくて朝日は噛み殺したような小さな欠伸を漏らしてウトウトし始めた。

 今日は朝から本当に色んなことがあったから、いつもより疲れてしまったのかもしれない。

 寝ろ、と言うゼノに甘えて朝日はその身を柔らかくフカフカなベッドに委ねた。

 朝日のが寝た事を確認したゼノはふと朝日に触れていた自身の手を見て、グッと握り込む。


(こんな事…なんかじゃないか)


 自問自答をやめる。

 自分がそんなに甲斐性のある人間だとは思っても見なかった。朝日が狙われたと知った時に沸々と湧き起こった怒り。助けてやりたいと思った。思ってしまった。理想を語る冒険者だからこそ、自身の感じた思いを嘘や偽りにしたくはなかった。



















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