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スパイス




 丁度タイミングよく城から三人組が出てきた。

 我先にと駆け出すカーチェスを追いかける形で追っていく朝日達四人。

 何事か、と多少の視線は感じるが今は急務の案件なので彼らに周りのことを気にしている暇はない。


「おーい!お前ら!」


「おー!カーチェス!良かった、無事だったんだな。…その人達は?」


 かなり警戒している彼らは朝日達にきつい視線を送る。クリスは表情を変える事はないが、内心かなりイラついていた。

 事がことだ。警戒する気持ちは分かるが、朝日を楽しませようとめんどくさがり屋のクリスがわざわざ方々に手を回してまでもぎ取った休みだったのが、急遽いい歳したおじさんのためにそれを棒に振って此処まで連れてきたのだ。


 それでもクリスが殴りかからないのは、横に朝日がいて、何故か手を握られているからだ。


「…俺らは向こうで待ってる。ゆっくりしてこい」


「あ、あぁ。ありがとう」


 クリスの気の利いた提案で彼らと少し距離を取る。

 正直、此方にはその道のプロが二人もいるのだ。多少離れても会話を盗み聞く事は簡単な事だった。


「…大丈夫だったか」


「あぁ、色々あったが何とか無事だ。三人も元気そうで何よりだ…。今後はどうする予定だ?」


「俺らは暫く此処でお金を稼ぐよ。此処は仕事も安定してあるし、魔法使いは割も良いんだ。早く手を打たないと大変なことになる…」


 久しぶりの再会に話しの花を咲かせるカーチェス達。無事見つかったのは良かったが、そう言えば御目当ての所長オルブレンの姿がない。


「何の話をしているのか聞こえるか」


「…いえ、実は先程から何も聞こえてません。多分ですが、オルブレンとカーチェスはたまたま朝日様と洞窟で出会い、その時に持っていたものを全て盗品として朝日様に“回収”されましたが、彼らは研究所から持ち出した物を持っているはずです。何か持っていても可笑しくはありません」


「確かにな」


 話しが聞こえないなら仕方がない、とまだ日暮れ前なので本来の目的通り街を見て回ることになった。


「…着けておけ」


「かしこまりました」


 クリスからの命令にジョシュが素直に応じ、近くの建物の上に視線を向ける。

 小さな人影がスッと消えたのを確認してジョシュは笑顔で朝日と手を繋いで歩き出した。


「さっき仰っていたスパイス屋に行って見ましょうか?」


「うん!えっと…カレーはターメリックとクミン、コリアンダー…後は辛味が有れば…」


「どれも聞いたことのないスパイスですね」


「あ、やっぱり?どうしよう名前違うのかも」


 そうこうしているうちにスパイス屋が立ち並ぶ露店街に到着する。置いている物は同じでも先程の食べ物屋のように店主によってスパイスの配合の仕方だけでは無く粉の引き方、原料の産地、収穫時期など全てが違う。

 だから、住民達は自分達の好みの味を作れる店主を探し、その店に通う。人気の繁盛店もあればマニア向けの店もあるようだ。


「とりあえず全部買うか?」


「え!」


「どれか分からないんだろ?」


「うん、そうだよね。いっぱい食べたいし、ラムラさんへのお土産にもなるし、多めに買ってもいいよね!」


 よーし!と朝日はしっかりと意気込んで端の店から買い物を始める。

 お店にあるスパイスを一通り見て特徴を聞いてから全てのスパイスを大袋二つづつ入れてもらう。

 クリスの想像していた量を遥かに超える朝日の買い物に思わず笑えてくる。

 貴族の買い物の仕方を庶民から見ればこう言う感じなのだと何となく理解出来た。


「これはどう言うスパイス?」


「これは、凄く辛い!おらのは格別だぜ?そんじゃそこらには売ってねぇ激辛スパイスだ。おらが、遠路はるばるウルザボードまで行って買い付けてんだぜ?」


「うん!じゃあ4袋で!」


「毎度!」


 調子のいい店主達にいいカモにされてる感は否めないが、朝日にはオーランドで冒険者達にポーションを売って稼いできたお金が有り余るほどある。

 その他にもベリンレルのシェフや名工キャッスル、マダム・ポップ達から受けた依頼の報酬もあるし、そもそも、フロンタニアの国王に頼まれた薬草採取依頼で相当儲けている。

 お金の話しは今更な話しなのかもしれない。


「朝日、とりあえずコイツらに預けとけ」


「え?」


「普通のマジックポーチにはそんなに入らねぇ」


「そうなんだ。うん、分かった」


 朝日はクリスに言われた通り、ジョシュとシュクールにスパイスを預ける。二人もマジックポーチを持っているようでその中にスルスルとスパイスの袋を流し込んでいく。


 二人が少し辛そうにしているのはクリスは可笑しそうに笑う。マジックポーチは持ち主の魔力量に依存するからだ。


「気は済んだか?」


「うん!後はラムラさんに相談してって感じかなぁ?多分、僕には作れないし…」


「朝日様のお料理、私も是非に食してみたいです」


「僕、おにぎりなら練習したから出来るよ!」


 自信満々に言う朝日にジョシュは思わず笑みが溢れる。こんなに尽くし甲斐のある可愛い主人は他にはいないだろう、と。


「それより、朝日様。温泉あんなに楽しみにしてたのに良かったんですか?」


「うん、それは残念だったけど…今はオルブレンさんを探さないとでしょ?仕方がないよ…残念だけど…」


 残念だと復唱して強調する朝日に本当は行きたかったんだろうな、とクリスに目をやる。


「別にこれ終わったら戻れば良いだろ」


「いえ、クリス様のお休みは十日間。カバロからダレスへ向かうのに二日。一泊して3日かけて此方に参りました。本日中に此方を立たなければ一泊も出来ません」


「…もう一人余ってるか?」


「えぇ」


 クリスは何かを考えながら、自身の使用人を呼びつける。彼に何かを言付けると不貞腐れ気味の朝日の頭を手を乗せる。


「朝日。16歳はまだ子供だ。我儘を聞くのは大人の仕事。したい事はしたいとハッキリ言え。分かったな」


「うん!温泉行きたい!」


 素直に頷く朝日にクリスは可笑しそうに、でもとても優しい笑顔を向けた。



 夕刻。

 夕食を済ませて宿屋に戻る。

 流石スパイスが有名なだけあってどこに行っても大体スパイス屋があった。中でも朝日の目を引いたのが、お菓子屋だった。

 お菓子屋と言っても普通のお菓子ではない。

 スパイスの国ならではのスパイスを使ったお菓子が並んでいた。

 それらを食後のデザートとして、お酒のおつまみとして買ってきた一行はのんびりと夜を楽しんでいた。


 ウトウトとし始める朝日。

 まるで赤ちゃんのような様子に三人は声を出さないように笑った。


 10年間苦楽を共にして来た仲間との再会だ。カーチェスが朝まで帰らない可能性考慮して朝日を早めに就寝させる。

 カーチェスが帰ってきたのはその直ぐ後の事だった。

 クリス達は朝日を寝かせた後、窓辺から聞こえてきた声に耳を傾ける。

 仲間の一人と一緒に帰ってきたカーチェスは少し酔っていて相当お楽しみだったようだった。


「あぁ、俺らが無事だったのを確認してアイツらの方に向かったよ。それより、所長と二人で洞窟に閉じ込められてたと聞いたぞ」


「そうなんだ、トロルがいてね…」


「良くそんなところから出られたな!」


 和気藹々と話しているカーチェスが窓から顔を出していたクリスに気が付き、深々と頭を下げる。


 仲間と共に部屋に入って来た彼はクリスの顔を見て少し酔いが覚めたのか、落ち着いた様子で感謝の言葉を述べる。


「先程はお気を遣って頂いてありがとうございました」


「まぁ、気にするな。此方も観光していたから」


「それは良かった。彼はゴーズと言います。向こうの研究員達とは連絡が取れていたようで、彼らは所用で別の場所に向かったようです。所長はそれを追いかけて行かれたそうです。私は所長からの指示で彼らと共にこの街の復興にあたります。この度は本当にありがとうございました」


 もう既にベッドに横になっている朝日に気遣い、少し小声で話す。


「俺らは明日にはダレス出発する」


「分かりました。このお礼は必ず」


「あぁ。お礼は朝日に送ってやってくれ」


「はい、そうですね。彼に送らせて頂きます」


 お互いの顔を見合って長い時間微笑み合っていた。その見つめ合いはお互いの同伴者にも派生して、穏やかな表情とは真逆のピリピリした空気感が伝わってくる。


「では、失礼します」


「あぁ」


 今回の腹の探り合いの軍配はカーチェスの方に上がったようだ。









 

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