三人の研究員
「今日の昼頃には着くぞ」
「首都ってどんな感じ?」
「そうですね…イングリードは古い建物がとても多いです。この辺では一番古くからある国ですから」
「へぇ〜。そうなんだぁ」
古い街並みが多く残るイングリード。
一年前の魔崩れで帝国の属国となってからは力を落としてしまっているが、元は魔法が栄えていた魔導国家だった。
崩れてしまった瓦礫の山。一部残った白い外壁には細い蔦が伸びている。転がっている子供が落として行ったのであろう泥を被った人形。母親が腕を振っていたであろう、大きめの鍋に割れた皿。
窓の外には未だにその魔崩れの名残りが生々しく残っていて物悲しい風景が流れていた。
「首都は…」
「一度はこの辺と同じようになっていたと聞いております。しかし今は逃げ延びた人達で何とか再建し、当時とほとんど変わらない姿だとか」
「凄いね」
「イングリードは魔法使い、魔導士の聖地ですからね。錬金術師も一番多かったんですよ」
身のこなしは相当凄いがジョシュも錬金術師だ。彼もイングリードという国に興味があるのだろう。いつもより少し楽しそうに話すジョシュに朝日は笑顔を向ける。
「探す方法はあるのか」
「流石にそんな便利な物は無いですよ…。昨日も言ったじゃ無いですか、魔法石諸共研究所から持ち出した物は全て無くなったって…」
「そうだったな」
クリスがチラリと目を向けると朝日が罰の悪そうな顔をしていたのでクリスは思わず吹き出した。
何に笑われたのかわからないカーチェスはそれ以上口を開かなかった。
「此処が首都、マザランかー!」
一行がイングリードの中心地首都マザランに到着したのは定刻通りの昼過ぎだった。昼下がりということもあり、辺りには食べ物の美味しそうな香りが立ち込めていて、異国情緒漂う。
フロンタニアとはまた全然違う雰囲気を醸し出していた。
検問をすんなりと抜ける。
「馬車はウチで預かるよ!1日500ルピだよ!」
「こっちは馬小屋だよ!1日700ルピだ!」
声をかけて来た男達に馬車を預けて、一行は街を見て回る。
建物が所狭しと並び立っていて歩くのも常に人と人の隙間を縫っていく感じだ。売り物も見たことのないものばかり。
露店はフロンタニアでもかなり見て来たが、それとは訳が違う。
建物同様店同士の間隔は殆どなく、路地裏に行く隙間すらない。食べ物を取り合う店の前には椅子まで用意されていて、そのままそこで食事を取るらしい。
どちらかと言えば屋台に近い。
食べ物もスパイスを多く使っているのか色んな香りが立ち込めていて、同じ食べ物を売っていても店それぞれで匂いが違った。
クリスの領地が割と気温の変化のない地域だったのを考慮しても此処は熱い。その外気温に屋台から発せられる熱も加わって、此処にいるだけで額に汗が滲む。
屋台は路地裏にまで続いていて、どうやって行くのだろうかも分からないし、全部見て回るには一ヶ月以上はかかりそうだ。
「イングリードは何が有名なの?」
「この国はスパイスを判断に使った料理が有名ですね。好みを言ったらオリジナルスパイスを作ってくれるお店もあるみたいです」
「カレー作れるかも!」
「カレー?それもお前の故郷の食べ物か?」
「うん!後でスパイス屋さんに寄ろうね!」
興奮気味の朝日に一同温かい目を向ける。一人カーチェスだけ仲間を探してキョロキョロと辺りを見渡す。
「聞き込みしてみるか」
「そうですね。こんなに人の多い街で闇雲に探す訳にも行きませんから」
同意するジョシュは流石に聞き込みを朝日とクリスにさせる訳には行かないと、早速近くの者に話しかける。シュクールもそれに習って露店で何か買うと、その流れで店主に話しを聞き始めた。
「見慣れない服装の三人組を見かけたそうです。今はこの国も魔法使いが不足しているので手伝っているとのこと」
「そいつらは今、王宮の修理に行ってるとさ」
黄色のフルーツを飾りながらシュクールが付け加える。このような場面では一番活躍できそうなシュクールに朝日は期待を寄せる。
「クール、よしよし」
「…まじ?そういう感じ?」
「朝日様、次は私が必ず手柄を」
真顔でそう言い放つジョシュにシュクールは可笑しくて大声で笑う。大の大人が頭を撫でて貰うために仕事を頑張るなど笑うしかない。
「やって貰えば分かります」
「は?…イテッ!」
無理矢理ジョシュに首根っこを掴まれ、お辞儀をさせられる。ちょうど良く朝日の目の前に差し出された頭に心地よい重みが乗っかる。
ゆっくりとサワサワ動く手。少し擽ったいような、心地よいような。ただ悪くない。
これは何だろ。
優越感に似たものだ。
周りから見れば明らかに不自然な図なのだろう。男に無理矢理お辞儀させられている男が子供に頭を撫でられているのだから。
決してアクセサリー感覚で朝日を見ているわけではないが、さっきからすれ違う幅に振り返られる程に飛びっきり目を引く容姿。それに連れ立って歩いているだけでも小さな優越感がある。
更に主人として申し分ない立ち振る舞いは貴族然としているのに空気は柔らかく、その視線が自分に向かう度に更なる優越感が与えられる。
仕えているという喜びも去ることながら、かれに従属できるのがほんの一握りの人間にだけ与えられた幸運なのだと自身でも良く理解できた。
「まぁ…悪くはないが」
「クールは別のが良い?何かアイルにも良く撫でてって言われるからそんなに良いものなんだと思ってたんだけど」
「…」
聖獣とおんなじ扱いをされるのは恐縮すぎる。向こうは本物の神様なのだから恐れ多過ぎる。
「此処にいるんだよね」
「らしいな」
流石に一観光客が王宮に入れるわけも無く、出てくるのをただ待つことしかできないので、仕方なく城門が見える近くのカフェに身を寄せる。
直ぐに動けるようにテラス席に座るが、いくら庇があったとしても外が暑いのには変わらない。とても温かいものを飲む気にはならない。
問題なのは冷たい物を頼んでもそれが冷たくないと言うことだ。氷を保存して置けるものがないのだから仕方のない事なのだが、やっぱり冷たくないのは本当に残念である。
「ご注文は如何なさいますか?」
「では、この果実水を四つお願いします」
「かしこまりました」
勝手に注文しても誰も何も言わないのはその温い飲み物がごくごく一般的だからでは無く、店に入った手前注文せざるを得ないから、と言うだけの理由で生温い物を無理して飲む気がないと言うこと。
若い女性店員達が色んなタイプのイケメン揃いのテーブルに誰が行くかで揉める。この辺のイケメンを網羅している彼女らが見かけたことのないイケメンだ。
旅の人ならば一夜限りのお遊びは醍醐味だろう。
そうとは知らずに四人の視線は門に集中していた。それもまた彼女らの目には扇情的に写り、揉め事がヒートアップする。
良い加減にしろ、と店主に怒られて初めに注文を取った女性が軽いお色直しの後、輝いている席へ向かう。
「…お待たせ致しました…」
「ありがとう!」
「い、いえ…」
「…」
「…」
「あれ、何かあったかな?」
「朝日様、チップだと思いますよ」
「あ!この前習ったばかりなのに忘れてた!お姉さん、ありがとう」
彼女の狙いとは全く違うものであったのは言うまでもない。朝日以外の三人は当然、女性が待っていた理由に気付いているが、興味もない。
半泣きで帰って行く女性を朝日は笑顔で見送る。
「朝日様、あれはウジ虫です。朝日様にお似合いの方は私の方で厳選致しますので、あの様な肉食はおやめください」
「どこにウジ虫いるの?ウジ虫って肉食生物だったんだ!」
「…もう隠れてしまいました」
「やめとけ、やめとけ!あの、セシルが言っても分かってなかったんだから。アレもまだだろうよ」
「昼間からそんな下品な話しはおやめ下さい」
「ねぇ、セシルさん何言ってたの?アレって何?」
「あ゛?大人の話だ」
「僕も大人!」
「あ!出てきました!」
「行こう!」
タイミングよく御目当ての三人組が出て来たようだ。ジョシュの短刀の先がクリスの顳顬の寸前の所で止まっていた。