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無邪気な惨さ





「朝日、そっち行ったぞ」


「うん!囲むよ!」


「足だ、足の腱を狙え」


「ゼノさん、トドメだよ!」


「…次行くか」


「うん!」


 二人がいるのはフロンタニア近郊の守護者の森手前にある、隠しの森。

 いつも依頼の時に訪れている森だ。

 此処が隠しの森と呼ばれているのは、事実本当に何でも隠してしまうからだ。

 以前来た時にも話した通り、此処は森自体が変化し、マッピングも無効、そのためマーキングもその日限り、という特殊な性質を持っている。

 だから、守護者の森を始め、聖剣の丘も、洞窟でさえも探すのが困難なのだ。

 ただ、一つ言えるのは目に映る景色だけは何があっても絶対に変わらないという事。


 良い例なのが、トロルが見張っていたあの洞窟。トロルの目もそうだが、あそこには囚われた人達の目もある。その人たちが洞窟やトロルなどを確認していたから場所が変わる事はなかった。

 反対に朝日が蛹海老を取りに来た滝壺は今はもうその場所にはない。

 朝日が迷子になり続けたのは方向音痴という他にそう言う理由もあった。


「これで二つ依頼を達成したね」


「後は…これか」


「うん、それで…ゼノさん。僕やってみたい事があるんだ」


「…あぁ、やってみろ」


 あの魔の飲み会から数日。

 ゼノが飲み会を拒んだ理由が早々に明らかになった。朝日は相当な下戸だった。本人は気付いていないようだが、酔うと相当な甘えん坊になる。

 まぁ、それだけならゼノも許容範囲だっただろう。

 寧ろ素直に甘えてくる彼を望むままに甘やかしてやれる。初めはそう思い、彼の望むままにお酒を飲ませていた。

 しかし、ある一定の量に達するとそれは発動する。

 ゼノの見立てでは小さめのグラス5杯目がその切り替わる量で、それを聞いていた二人も如何変わるのか、と朝日に視線が自然と向く。

 そして。

 朝日は急にそのまま近くにいたセシルにベタベタとくっつき始めた。衣服を全て脱いで。

 確かにこれを店でやっていたと言うのなら相当に困るだろう。


 そして、今度はセシルの後ろにお酌用控えていたメイドに抱きつく。


「ねぇ、寒いの…ギュッてして?」


 そう甘えた声を出して縋る朝日にメイドは顔を真っ赤にしながらも朝日に言われた通り抱きしめる。

 セシルは慌てて朝日を引き離すが、それすら嬉しそうにセシルに真っ赤な顔でニンマリと笑うのだ。

 その行動も去ることながら、抱きつかれていたメイドは放心状態で身動き一つしない。

 完全に魅了状態だった。


「…店員の女達もこうやって片っ端からたらし込む」


 予想以上の朝日の行動はこれだけでは終わらなかった。セシルにしがみ付く朝日はそのまま全員をベタ褒めし始める。

 初めはやはり嬉しいのだが、


「セシルさんはいつもお花の匂いがして…直接匂いを嗅ぎたいなぁ」


「クリスさんは大人の男って感じだよね、この前セクシーな人と歩いてたし…」


「ユリウスさんは寂しがりやさん。僕が一緒に居てあげようか?」


 だんだんそれが周りの人への誘惑に変わっていく。

 メイドなどに対してはそれはもうおっぱいが大きい、足がセクシー、と大胆なセクハラ言動を繰り返す。

 問題なのは彼女らがそれを嫌がっていない、と言う点だった。

 これはまずい、と判断したセシルが部屋へと連れ帰りお開きとなった。


 そして彼は次の日には何も覚えておらず、ケロッといつも通りの笑顔で皆の前に現れるのだった。



「次はラースさんのおすすめの場所だよね!」


「あぁ」


「一面の赤い絨毯、楽しみだなぁ」


「そうだな」


 目を輝かせていう朝日にフッ、と笑うゼノ。

 飲み会に関してはすったもんだがあったものの、肝心なのはやはりその前に話し合った朝日の“やりたい事”だ。


 朝日の事を全力で甘やかしたい。

 朝日の嬉しそうな顔を見たい。

 朝日の望んでいる事は何でもしてやりたい。

 朝日を幸せにしてやりたい。


 それが彼らが朝日の話しを聞いた時の最初の印象だった。

 そして、朝日の過去を聞いてだんだん怒りが込み上げてきた。

 でも、朝日がなんて事ないようにいうものだから、その場では誰も怒るに怒れなかった。


 同時に朝日が彼らの目の前にいるのは紛れもなくその怒りの矛先のお陰で、それが無ければもしかしたら朝日は両親と共に幸せに暮らしていたかもしれない。

 だから、朝日に会うきっかけを作ってくれたことへの感謝と、その代償に朝日が受けてきた彼らの行動のの悲惨さ、無情さから来る怒りとが入り混じり、言いようの無い感情に支配されていた。


 そもそも、彼にその仕打ちをした者達はこの世界にはおらず、怒りを向ける矛先は何処にもないのだ。


 だから、

 もう無理している姿を見たくない。


 それが彼らの決断だった。

 誰が家族となるか、何をしてやるか、という点は全く折り合いがつかず各々自分勝手に動くことになりそうだが、考えている事、思っている事は同じだった。


 泣くのは良い。

 でも、一人ではもう泣かせたくないのだ。

 常に誰かが胸を貸してやれる距離にいてやりたかった。


 そして、ゼノの中で自分の役割はもうハッキリしていた。

 彼が望む冒険を思う存分楽しませてやること。

 なのでゼノはその望みのままに依頼を受けて、森へ行き、依頼を済ませて、珍しいものを探す。というのを繰り返していた。

 朝日が望むならどこへでも連れて行ってやりたい。例えそこが高ランクモンスターが蔓延る森でも、紛争の絶えない危険な地域でも。


 

「此処かな?」


「…草ばかりだな」


「時期が悪かったかもな」


「お花は夏が多いもんね」


「ゼノさん、あそこ…」


 二人は周りから聞いたスポットに行ったり、行き当たりばったりでそういうスポットがないか探し歩いたりしていた。

 今回はラースのおすすめで見渡す限り赤い花でいっぱいの場所に向かっていた。此処を紹介された時にこの依頼が偶々張り出されていてが朝日が嬉しそうに依頼書をゼノに見せてきた。

 依頼目標は“フェルトビー”という虫型の魔物の討伐依頼だった。

 ビーの名前の通り蜂で、普段は割と大人しいFランクの魔物だ。

 花畑に良く出没するという事で朝日は運命的に感じたらしい。


「…4体か、行けるか?」


「…やってみる!」


「まずはあの一番近い場所に居る個体からだ」


「うん!…よし、いくよ……」


「待て、」


 ゼノが朝日を抱き抱える。

 身体がふわりと浮いてしまったため、朝日の攻撃は完全に逸れてしまう。


「如何したの?」


「見てみろ」


「…んーと……わぁ…!」


 フェルトビーが花から蜜を貰おうと身体を花に擦らせる。すると花からキラキラとした花粉が一気に当たりを埋め尽くす程に撒き散らされる。

 その花粉に反応して受粉しようと近くの花が咲き乱れ始めたのだ。

 その光景は他の場所でも起こっており、フェルトビーが蜜を貰うたびに赤い絨毯が広がるのだ。


「流石に花も咲いてないのに紹介はしないか、」


「ねぇ!フェルトビーを討伐した後に風の魔法使ってみてもいい?」


「あぁ、やってみろ」


「うん!」


 嬉しそうに頷き、依頼目標のフェルトビーへ手を重ねる。

 朝日が何をするのかゼノにも分からない。ただ、とんでもない事をしでかすなら先に見ておいて、危険と判断出来れば止めれば良い。


「出来たよ!」


「…それは俺らがいる時だけにしとけよ」


「…?うん!」


 見ただけで朝日が何をしたのか、すぐに分かった。

 何故ならフヨフヨと羽をばたつかせていたフェルトビーの針、フェルトビーの特徴でもあるフェルトのような皮、美しい透き通る羽、が一瞬で消え去り、その他の部分が地面にぼとり、と落ちたからだ。

 多分、見えてはいないが落ちた場所の草花が音を立てない時点でフェルトビーは即死だっただろう。

 更に見えていない蜜袋と毒袋など素材になる部分も全て抜き去ったのだろう事は直ぐに分かった。

 ゼノも冒険者だ。惨たらしいものは幾度となく見てきたが、朝日がやると一味も二味も見え方が変わる。


「やっぱり、倒す時の感触が苦手で…。これなら素材も簡単に手に入るし、一石二鳥だと思って…」


「…素材も汚れないし、一番良い方法だな」


 ゼノには返す言葉もなかった。











 


 

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