充実の10日間
「ユリウスさん!」
翌日の朝。
エライアスがいた森の野営地で一晩過ごした後、再び魔法陣を潜り城へと戻ってきた。
勿論、エライアスを安全に城の外へと逃す為に、事前に向こう側の様子をジョシュが魔法石を使って姿を隠し、ユリウスと合流の手筈を整えておいた。
魔法陣の前で待ち構えていたユリウスとジョシュに朝日が駆け寄る。
直ぐに抱き抱えられた朝日は落ちないようにユリウスの胸元を掴む。これからユリウスが何をするのか分かっているからだ。
チラリと見えたジョシュはいつも通りの笑顔だが、顔が少し青白かったので朝日は心配だった。
「先行くぞ」
「全く、朝日君は置いていって欲しいのだけど」
「…」
しかし、セシルの訴えを聞くこともなく直ぐにユリウスがエライアスを小脇に抱えて庭へと歩き出し天高く飛んだのでジョシュへの心配もセシル達がどうやって戻ってくるのかも考える余裕は朝日にはなかった。
宿屋に戻ってくると、少しだけ顔色の良くなったミュリアルと膝の上で彼女に撫でられながらゆったりとしているゾルが朝日の部屋にいた。
「ミュリアル…良かった」
「朝日、本当にありがとう」
「ゾルも毛並みがよく見えるね」
「…我は何も変わっておらん」
お互いの顔が見れて安心したのか、少しよそよそしくもなんてことない話しをして微笑み合う。
和やかな雰囲気の中、突然立ち上がったゾルはいつも通り猫らしく窓枠にぴょんと飛び上がると徐に外を眺めた。
「朝日、少し外に出たい」
「うん。お散歩行こうか」
ゾルは朝日の返事を聞く前に部屋の扉の前へ行き、当然のように座り込む。
朝日はミュリアルの手を取って部屋の扉を開けた。
今日のミュリアルは朝日がマダム・ポップの店で買った御令嬢スタイル。
王都でこう言う格好をしているとかなり注目を浴びてしまうが、流石帝都。街中はドレスを着ている人の方が圧倒的に多い。
まだ顔色が良くないミュリアルは日差しを遮る大きめの帽子を被っているからかとても様になっている。
「ミュリアルは何がしたい?」
「…私?」
「そうだよ!ミュリアルがしたいことなんでも良いんだよ!」
「…その…騎士の方が良く話してたのだけど…、市場の露店にとても美味しいお肉が…あって…」
「そうなの?楽しみだね!」
(はしたないとは…言わないのね…)
賑やかな街。
喧騒の中を歩くのはすごく久しぶりだ。
繋いだままの手からジワジワと朝日の温かさが伝わってくる。恥ずかしくもあり、くすぐったくもあり、それが何だが新鮮でとても気分を高揚させてくれる。
「朝日は太陽のような子ね」
「太陽?」
「そう、どんな時もとても暖かくて心地よくて、たまに日差しが強すぎる日もあるけど、それが冷え切った心に新たな実りを芽吹かせる」
「良くわからないけど、褒められてるって思っておくね」
「勿論、褒めてるわ」
ふふふ、と微笑むミュリアルは閉ざされて庭園にいた時とは違い、とても本当に楽しそうに穏やかな笑顔を朝日に向ける。
「ミュリアル!あれ見て!」
「まぁ!これ…凄く綺麗なブルーね」
「気に入った?」
「ただの石ころではないか」
「ゾル!そんな言い方しないの!」
露店に並ぶ色とりどりのアクセサリー。
高級な物ではないと分かっているが今はそんななんてことない物が綺麗で珍しくて。
「ゾルこれ好きそう!」
「我はそんな物…」
「ほらほら!」
「や、やめ……美味いではないか…」
「ね!」
「ふふふ」
庶民が食べるようななんて事ないフルーツを服の裾で磨いて食べるなんてことが楽しくて。
「…グルルルルルルル」
「ゾル、あれはお人形よ?」
「いや、敵だ。我の敵なのだ」
「え!精霊の敵ってスライムなの?」
ゾルがお土産用のぬいぐるみに威嚇し始めた日には二人で大笑いした。
「ミュリアル…これ、受け取ってくれる?」
「さっきのお店の…」
「気に入ってたみたいだから…」
「私…いつも、もらってばかりね」
「いや!ほら…ゾルも石ころだって言ってたし…」
安物の細やかなプレゼントだけど朝日はミュリアルの喜ぶ顔が見たかった。
「明日は何する?」
「そうね、ずっと読んでみたい本があったの」
「じゃあ、明日は書店に行ってみよう!」
「えぇ。楽しみだわ」
そして、また次の日の約束をした。
古書店に行って読みたかった本を店主と共に探す。埃はすごいし、本は重たいし、凄く大変だったけど、額に汗を滲ませながら必死に探すミュリアルはもうカゴの中の鳥ではなかった。
「まだかかるのか」
「うん、退屈だよね…?」
「…寝てるから気にするな」
ゾルは退屈そうにしていたけど、その目はとても優しい。
店主と仲良くなって勧められた観劇には少し遅れて行った。
「ミュリアル急いで!」
「まっ、待って!」
「だから早く寝ろと言っただろ」
ミュリアルは前日に買った本があまりに面白くて読むのを辞められなくなってしまい、夜更かししてしまったらしい。
その本がどんな風に面白かったのか、を昼食を取る為に訪れた店で語り出し、ミュリアルの話しは結局夕方ごろまで止まらなかった。
でも、その話しをいつまでも聞いていたいと思った。
また次の日には少し人気の少ない路地裏を探検した。
「これもう終わってるわよね?」
「うん。もう寒くなってきたしね」
「面白そうなのに」
「来年見れば良いよ!」
「…ふふふ、そうね」
カラフルな宣伝用のポスターを見たり、ごちゃごちゃと日用品を天井まで山積みにした店を覗いたり。
急にゾルがネズミを追いかけたのは驚いた。
精霊だけど、本能的には猫だったようだ。
ミュリアルが少し寂しそうにしてたのは勘違いだと思いたい。
少し足を伸ばして眺めの良い湖畔にも行った。
「…冷たい」
「ゾルは水苦手だものね」
「そうなの?」
「我に苦手なものなどない!」
ミュリアルは眺めの素晴らしさにも感心していたけど、水の透明度にも目を輝かせていた。
朝日が持っていった釣竿にも興味津々で、針に虫を刺すのも怖がりながらも頑張っていたのはとても可愛らしかった。
結局魚は1匹しか釣れなかったけど、それはそれで思い出になった。
ポーション作りを見たいとミュリアルが言い出したので、ギルドに連れて行った。
「何者なんだ…」
「キレーなねぇちゃんだな…」
「美しい…」
「朝日、ゴミどもに我のミュリアルが汚染されている!」
「え!?」
みんな綺麗なミュリアルに目を奪われて、ゾルはずっと文句を言っていた。
朝日はミュリアルにもポーションの作り方を教えてあげた。ミュリアルはちょっと不器用だったけれども、青色ポーションを最後まで弱音も吐かずに作り切った。
ギルドでミュリアルが作ったポーションを売ると言うと少し恥ずかしそうにしながらもとても嬉しそうに笑ってくれた。
朝日はミュリアルの笑顔が好きだなぁ、と心の中で囁いた。
ミュリアルは冒険者としての仕事に興味があるらしい。ポーションもそうだが、魔物の討伐や素材の採取も見てみたいと言うのでゼノに協力をお願いした。
「空気が新鮮で…良いわね」
「ゼノさん…その、僕が《フォールシールド》で止めるから…」
「フッ…久しぶりに会えたと思ったら一丁前に女にカッコつけたいのか」
「ゼノさん…!」
「まぁ、任せろ」
朝日が上手く出来れば良いのだが、いかんせん自分が戦闘にはあまり向かないと言うのは自覚しているし、帝都の周りは高ランクのモンスターが多いこともあり、不安だったのだ。
ミュリアルとゾルには秘密だが、実は二人が相当強いとセシルから教えられ、男として守られるのは少し恥ずかしかったのが一番の理由だったりする。
その後も冒険で魔物討伐の依頼を受けてみたり、ただただ思うままに街を散策したり、疲れたらアフタヌーンティーを優雅に満喫したり、両手いっぱいになるまで買い物をしたり、マダム・ポップに捕まってミュリアルと一緒にお人形にされたり、鍛冶屋のおじさんに延々と朝日の持ってきた素材の凄さを語られたり…。
二人と1匹は慌ただしくも、充実した時間を過ごした。
時に周りを巻き込んだりしながらも思うままに、自由に、何にも囚われていない…このひとときを純粋に楽しんだ。