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突入



「じゃあ、行こうか」


「うん」


 セシルがそう声を掛けると、朝日はゆるゆるの頬を両手でぎゅっと押しつぶし、引き締めた表情に変える。

 そしてしっかりと前を見つめながらゆっくりと頷く朝日をチラリと横目で確認してセシルは壁に手を当てた。


 思い浮かべるのは朝日がハンカチに書き記した“正しい”魔法陣。複雑な模様や文字を元からある魔法陣に繋がるように上から書き換える。

 文字の配列の調整。模様の追加。そして魔力の調整と波長変更。神経がすり減るような細かな調整が続く。


「綺麗だね」


「もう少しで開くよ」


 相当高度な事をしているであろうセシルの余裕ある声と共にゆっくりと神々しい淡い緑色の光を放った魔法陣はその光を一度落ち着かせると緑色で魔法陣が書き換えられていた。


「セシルさんみたいな緑色だ!」


「魔法陣の主導権が私に変わった証拠だよ。これでもうこの魔法陣は私にしか動かせないようになったんだ」


 朝日が使った木炭のように黒色で描かれていた魔法陣は緑色に変化している。

 セシルは手のひらに魔力を集めて塊を作り出し、それを魔法陣の中心に押し込む。緑色の塊がズブズブとめり込んでいき、消えるとフォンッと小さな音を鳴らして魔法陣が浮き上がる。


「そんな事も出来るんだ…」


「これでもうこの魔法陣では人攫いを起こらない」


「…他にもあるってこと?」


「その可能性は高い。朝日君はその証拠をもう、一度見たことがあるはずだよ」


「僕が…?」


 セシルは朝日の頭の上に優しく手を置いて微笑む。

 朝日が何の事だろう、と考える間もなく、その手と同じく落ち着く暖かい光に包まれた。



「…洞窟?」


 ひんやりとした空気と時折頭上に落ちてくる雫。こだまするように響き渡る足音。道幅はかなり狭いらしく、手を伸ばすと直ぐにゴツゴツとした硬い石の感触がした。

 ここには陽の光などの光源は一切なく、とにかく暗く一寸先も見えない。


「セシルさん…」


「怖いのかな?」


「…僕、僕ね…」


 頭の上から離れてしまった暖かな手を求めて朝日は手当たり次第に手を伸ばす。暗闇の中動き回るのが良いことではないと分かっていても今はただセシルの手に縋るしか朝日には出来なかった。


「…っ!」


「もう、大丈夫だよ」


「セシルさん…」


 誰でもいいから、と伸ばしていた手を取ったのはいつも通りの優しく暖かいセシルの手だった。

 安心感を求めてその手に引き寄せられるままにセシルに抱きつく。全身を包む暖かさに身体の震えが収まっていくのが分かった。


「灯りをつけるよ。初めは眩しいから目を瞑っておいてね」


「うん…」


 ジョシュを始めとしたハイゼンベルク家の使用人達はどうも職業柄、足音や気配を消す事を身体に刷り込まれているようで、クリスの使用人達もそれなりなのだろうが、主人が連れ去られたこと、こういった場面慣れていないことが彼らに動揺を誘い、右往左往してしまっており、足音も気配もしない彼らとぶつかり合っていた。

 どうにか人とぶつからないように声を掛け合っていた使用人達もセシルの言葉に動きを止める。

 朝日は離れてしまったセシルの手に少しだけ抱きつく力を強める。それがセシルからすればとにかく愛おしくて灯りを灯すのを少し惜しく感じた。


「世界を照らす光を与えますは、光の精。瞬きの時を生きる光の精よ、敬虔な我の願いを叶えたまえ。…ライト」


 セシルは真っ暗闇から目を瞑っていても分かるほどの強い光を一瞬で作り出す。あまりの光量にそれがすぐ近くにあるのだと分かった。

 セシルは魔力の調整をし、少し光量を弱める。あまり明るすぎても良くないから、取り敢えずは足元を照らせるくらいのものにしておいた。

 もしこの洞窟に敵がいるとしたら、確実に此方の位置を相手に報告するようなものだからだ。

 

 朝日が未だにセシルの言いつけを守って目を強く瞑ったままの顔が優しい光に照らされていて、セシルは思わず目を細める。

 もう一度抱きつく可愛い朝日を抱きしめざるを得なかったのだ。


「もう大丈夫だよ」


「うん…」


 恐る恐る片方の目をゆっくりと開ける。

 目を開けると目の前に現れたのは、予想していた通り、洞窟だった。雫が滴ってくる天井は光が届かないくらい高く、それなのに人が一人通れるより少し広いくらいの道幅では前後の確認もままならず、周りの状況確認が上手く出来ない。


「…トロルさんの…?」


「思い出した?」


 既視感を覚える洞窟。

 朝日はこの洞窟に入った事がある。そう感じた。

 そうユリウスと共にトロルによって閉じ込められていた人々を助けるために行った洞窟だ。


「これは私の推測だけど、何者かが魔法石を集めるために人目のつかないあらゆる場所にあの魔法陣と同じものを設置し、魔法石を持っている者を無差別で攫っていたのだと思う」


「仰る意味は分かりますが、少し引っかかる点があります」


「私もです」


 そもそもあの魔法陣は元々動いてはいなかった。彼らが隠し部屋の存在に気づき、セシルが魔力を流さなければ動き出す事はなかった筈だ。


「確かに魔法石を持っている者を捕らえる方法として効果的だとは思いますが、他の人に見られないと言う保証は何処にもありません。現に我々は目撃しております。ですが、そんな噂誰もしていないのです」


「そうです。そんなものを何箇所にも設置する事が可能なのでしょうか」


「それに朝日君が狙われた時は傭兵を雇っていたのに、今回はトラップだなんて周りくどくはないですか?」


「そもそも失踪事件の犯人は“紅紫の片喰”だったのではないのですか?」


 セシルの意見には賛同出来ないと使用人達は次々に声をあげる。

 確かに彼らの言う通りなのは間違いない。確かに“紅紫の片喰”は巨大な組織で掃いて捨てるほど人為は確保出来るだろうし、こんな回りくどい方法を使う必要もなく感じる。

 だからセシルは気付いた。


「お前達の言う通り、この事件を起こしているのは“紅紫の片喰”だよ」


「じゃあ、何故こんな回りくどい事を…?」


「魔法石を運ぶ時ってどうすると思う?」


「運ぶ時、ですか?」


「大変貴重なので、沢山の護衛をつけたり、人通りの無い時を選んだり…」


 セシルのなんとも言いにくい質問に困惑しながらも取り敢えず答えてみる。


「エライアス伯爵は皇帝が沢山の魔法石を秘密裏集めていて膨大な量を保有していると言っていた。でもグランジョイド公爵が言うには実際には帝国に魔法石は入ってきてきていないそうなんだ」


「と言うと?」


「この魔法陣は帝国に入ってくる魔法石だけを集める為に作られている」


「…!」


「しかしながら魔法石を身に付けている場合のみイレギュラーでその人自身も転移させてしまっていた」


「なるほど…」


 話しの流れから考えれば少し強引ではあるが、辻褄は合っている。


「そして、私の予想では魔法石の研究者は我々と同様に皇帝を調べているうちにこの魔法陣を見つけ、帝国から逃げる際に安全な抜け道としてこの魔法陣を利用したんじゃないかな」


「わざと失踪した、と言う事ですか?」


「恐らくは、ね。あとは本人に確認してみないことには分からないけど、研究者の手掛かりが出てきたのはかなり大きいんじゃないかな」


「帝国の目的もミュリアルに酷いことした理由も分かるかも…」


 セシルは同意する様に笑顔で頷く。


「実は初めに魔法陣に触れた時、ちょっとした違和感を感じたんだ。初めはジョシュの言う通り盲目の魔法がかかっているのだと思ってたけど、多分それが魔法陣が使えないように細工したからだったんだ。追手が来ないように、と考えたんだろと思う」


「セシル様!此方が出口のようです」


「森の奥深い洞窟…見たいです狙われる」


「…やっぱりここはあの時の洞窟…?」


「うん。きっとあの時、ユリウスに助けた生存者の中に研究者がいたんだ。そして…」


「…?」


 セシルがゆっくりと視線を落として朝日のポシェットに目を向ける。その視線に合わせて朝日もポシェットに視線を向けた。


「…朝日君持ってる魔法石はその研究者が城から盗んだ物だったんじゃないかな?」


「…」


 朝日はあの日のことを思い返してみる。

 ユリウスがトロルを倒し、洞窟に入っていった。中にいた人たちを救出した後、衰弱している人もいたので果物を食べさせたりしたのは朝日だった。

 近くに転がっていた朝日がお皿がわりに渡した大笹で作った笹舟らしき物が、そのままの姿で枯れて残っていた。









 



 


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