表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/159

大胆な作戦



「首尾は上手く行ったかな?」


「うん、でも僕、すっごくドキドキした!」


「堂々としていれば怪しまれる事もありません」


「朝日様!とても勇敢で御座いました!」


 実はグレイズがクレアの引きずっていった時、朝日はグレイズの背中に隠れていた。

 兵士であるクレアが弱くていこうできなかったのではなく、朝日が近くにいるから特に逆らう事なく、グレイズについて行ったのだ。

 

 朝日はただ後ろに隠れていた訳ではない。おんぶ紐でグレイズの背に括り付けられてその身をマントの下に隠していた。

 しかし、いくら小柄とは言え成人した少年を背負いながら姿勢を崩さず歩くのは中々に難しい。彼が鍛錬を怠らず、努力の出来る人間であると証明することが出来ただろう。

 更に歩き方を一歩間違えればマントが翻り、朝日の姿が見えてしまう。歩くスピードを間違えてもマントが風に靡かず、マントの下に骨格が浮き出てしまい誰かが隠れている事を近衛騎士たちに悟られてしまう。

 一応、気休め程度にジョシュから預かった魔法石を握りしめてはいたが、最優秀の選ばれた騎士たちには通じないだろう。


「マントの端を持ち、絡まらないように見せかけたのは大変素晴らしかったと思います」


「君なら役者も目指せよう」


「役者さんって舞台に立つ人だよね!凄い!」


「朝日様は役者がお好きなのですか??」


「皆さん、ご冗談を…」


 風を切るようにふわっと翻されたマントは朝日のつま先ですら一切見せなかった。

 フェナルスタの冗談に狼狽える姿はさっきまでの彼とは別人かのように見えた。


「フェスタさん」


「なんだね、朝日くん」


「…朝日?」


「ミラト様じゃ…」


「あぁ、すまないね。君達はもう身内になったからつい油断をしてしまった」


 可笑しそうにでも貴族らしく上品に笑うフェナルスタは完全に確信犯のそれだった。

 特にグレイズは朝日をグランジョイド家のミラトだと思い込み、上手く公爵家に取り合ったと思っていたであろう。グレイズには中々の衝撃の真実である。

 一歩間違えば不敬に当たる行為とも取れたのだから。


「彼は朝日。ミラトではないのですよ」


「ミラト様じゃない…?」


「彼は私の友人の朝日くんだ。普段は冒険者をしている普通の男の子だよ」


 ただ、朝日との結婚を目論んでいるクレアにとっては良い話しに違いない。キラキラと余計に輝く瞳は朝日を見つめて離さない。


 フェナルスタが余計な話しをしないのも朝日を思っての事だ。

 朝日の名を二人に明かすことで朝日が彼らに貴族と偽りの名を使った、と言うことになり、それをフェナルスタが許容していたと言うことになる。

 それは先日の件でハッキリしてる。

 要はフェナルスタもまた罪を犯したことになる。

 だから二人が真実を話した事で朝日を訴えたとしても、彼らをどうにか出来るだけの力をフェナルスタが持っていると言うこと。

 見方によっては脅しているようにも見えるが、それもまた事実である。

 いくら身内になったとは言え、まだ信用していないと伝えてつつ、信用しようとしてる、と彼は行動で示し主人が誰であるかを彼らによく理解させる。

 ただこれは朝日にも迷惑のかかる事でもある。

 だから脅しをかけて彼らの視線や動揺にその心内を確かめ、今後彼らの扱いをどうするかを見極める為の行動だった。

 クレアは見極めるまでもなく朝日にゾッコンで目をハートにしているが、そのクレアを好いているグレイズの動向はフェナルスタとて確認しておきたかった。


「話しが逸れたね。朝日くん何だったかな」


「聖剣は取れたよ」


「ほう、他に何か見つけてしまったのかな?」


「うん」


 朝日はポシェットを漁り、何かを取り出す。

 何が出てくるのか、と興味深々の彼らの目の前に両手を差し出した朝日に視線が集まる。

 だが、その両手で差し出されていたのは想像もしていなかったものだった。


「本…ではないですね。どなたかの手記でしょうか?」


「見て?ここにね、オルブレンと書いてるの。多分ね、此処で魔法石の研究をしていたひとの一人だと思う」


「オルブレン?」


「…朝日くん。それを私に見せては貰えないだろうか」


「オルブレン…って…」


「朝日様、何故これをお持ちになられたのですか?」


 グレイズが何かに気付いたかのように呟き、それを潰すようにミルボノが話しに割り込む。朝日は手記を目にした途端に悲しげな表情になったフェナルスタに気が取られていて、グレイズの呟きは聞こえていなかった。


「これ、聖剣と同じ作りの凄く厳重な箱の中に入ってたんだ。部屋には他にも沢山お金とか宝石とか高価そうな物が沢山あったのに」


「…朝日くん。この手記は私に預からせては貰えないだろうか?」


「うん、良いよ」


「朝日様、これは今後に役立つものです。聖剣だけではなくこの手記まで…本当にありがとうございます」


 今はもういつも通りのフェナルスタだが、あの手記を見つめる悲しげな表情を見てしまった朝日はオルブレンとフェナルスタの間に何かあるのだと知ってしまった。

 ミルボノの反応を見てもそれは一目瞭然だった。

 でも朝日は彼の何かを隠そうとしている、もしくは庇い立てるような言動にそれ以上深掘りはしてはいけないのだと悟り口を閉ざす。


「閣下、質問宜しいでしょうか?」


「何かね」


「聖剣を手に入れた理由は何だったのでしょうか」


 余計なことを口走り、空気を重くしてしまったことを理解していたグレイズは勿論聞いておきたかったのもあるが話しを変えようと本題へ切り替える。

 

「ふむ、君達は家を継いでいないのだな」


「私も、彼女も騎士爵の家系では御座いますが、末子です。今後も家を継ぐことは御座いません」


「ならば知らなくても仕方がない」


 フェナルスタはミルボノに視線を送る。その視線の意味を理解したミルボノは小さく頷き、二人に視線を送った。

 ミルボノのその殺気も込められている鋭い視線に生唾を呑み、二人はミルボノから視線を晒すことも出来ない。兵士としてのプライドだけがどうにか二人の足を動かしていた。


「アレクサンドリアの秘宝…皇帝が代々受け継いできた聖剣。その名を《誓約の聖剣》と言う。アイルトン卿の持つ《決意の聖剣》と聖剣の丘にあった《裁断の聖剣》とは違い《誓約の聖剣》の役割は魔物を斬ることではない。アレクサンドリア一世はとても優れた統治者だったが、自身の血を信じ過ぎた。後の世も彼の子孫が彼と同じようにこの国を導いていくと信じていたのだ」


「皇帝は何かをしてしまったのですか…?」


「あの聖剣は我ら貴族を《誓約》で縛り付けている。決してこの国を裏切らないように聖剣に我々の祖先に誓わせたのだ」


 裏切らない。その言葉の意味が心の問題ではないことは二人にも分かった。その行動を意味しているのだと悟り言葉を詰まらせる。


「皇帝が《誓約の聖剣》を持っている限りこの国は内側から崩壊することは一切ない。そしてその偽りの忠臣達がいる限り、他国に滅ぼされることもない。そして私も閣下も縛られている」


「…!まさか継承式は!?」


「察しが良いですね。我々が聖剣を目視する機会は継承式以外にはない。あの時強制的に我々は聖剣に誓わさせられてる」


 二人は概要を理解したに過ぎないだろうが、これだけ国が乱れても反乱や謀反が起きなかった意味を頭では理解出来た。

 心が追いつかないのはこの話しを聞くまでは何も知らなかったとは言え、兵士として皇帝を仰いでいたからだ。


「…今後はどうなさるのですか」


「我々は聖剣を盗む、と言う大罪をしまったからね。国でも乗っ取らない限り、我々が生き残る術はないのだよ」


「…乗っ取る!?」


 咄嗟にグレイズが口を押さえるが、クレアの叫びはそのまま高い天井に響き渡る。

 今まで一兵士でしかなかった二人には全てが情報過多だった。


「そろそろ向こうも終わっている頃だろう。国の乗っ取りはまだ始まったばかりだ。皆、頼んだぞ」


「はい、閣下」


「僕も頑張るよ!」


「朝日様が頑張るのなら、私も全力を出します!お任せ下さい、閣下!」


「…俺、早まったかも」


 クレアの叫びよりも高らかに笑うフェナルスタにミルボノと朝日、クレアが答える中、グレイズだけが小さく後悔を述べるのだった。














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ