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お買い物




 あれからギルドに戻った朝日は初依頼達成のお祝いと称してゼノや冒険者の人達に【大鷹亭】へ強制連行された。

 皆んながお祝いだ!とお腹いっぱいになるまで料理を奢ってくれた。当然その料理の中には依頼品だった蛹海老もあり、その美味しさにみんなが楽しみにしていた意味がよく分かった。


「僕、お店でご飯食べるの初めて!」


「…そうか。今日は楽しめばいい」


「うん!」


 ゼノに満面の笑みで頷いた朝日。

 ゼノの遠く後ろの方にラースの姿も伺えたのでこの依頼を勧めた程に彼は蛹海老が好きで、依頼達成を楽しみにしてくれていたようだ。

 今回の依頼達成がこんなにも沢山の人に喜んでもらえる、誰かの役に立っている、そう思えて朝日はとても嬉しかった。


「坊主。いつでも来いよ。何でも食わしてやる」


「うん!」


 騒ぎ疲れた朝日は酔っ払う彼らと解散した後すぐに宿屋に戻って来ていた。

 当然仲良くしてくれる冒険者ばかりでない。ここにいる数人はギルドでも目を合わせていたが、朝日を見るとそそくさと横になってしまう。

 気にしてても仕方がない。彼ら全員と仲良くすることは難しいのだと朝日は少し気分が落ちたが、疲れていた事もあり、あれからぐっすりと寝入ってしまった。


 目覚めた時にはやはり他の宿泊者達はかなり疎らになっていて寝坊したのだと朝日はまだ重たい瞼を押し上げ宿を後にする。

 宿屋の店主はもうお昼は過ぎだからか、食後の睡魔に勝てず、椅子の背に身を預けながらうたた寝をしていた。

 朝日は彼を起こさないようにと静かに前を通り過ぎた。

 まだ目を擦りながらお昼下がりの喧騒の中をゆっくりと歩く。


ーーーボスッ


 見上げる程の高さにある顔は少し苦悶の表情で明らかに朝日を待っていたように見えた。何かあったのか、と不安になる。

 少し昨日の大騒ぎが祟ってか顔色が悪く見えなくもない。いやまだお酒が残っているからこんな表情なのかもしれない。

 ついて来い、と言わんばかりの表情に朝日はそのまま抵抗することなく後ろに続いた。ゼノについて行くことがさも当たり前であるかのように。

 ただそれでも疑問に思うくらいには目は覚めているようで、質問を落しつつも離れないようにゼノの服の裾を握る。


「冒険は?」


「後からだ。色々揃えないといけないだろ」


「うん、でも今日は寝坊したから」


「それでもだ。昨日その格好のまま行ったんだろ」


「…うん」


 まぁ、何を隠そう朝日が来ているのは寝巻き。物が良いし、立派な刺繍が施されているので流石に寝巻きには見えないだろうが、寝巻きは寝巻き。防御力がある訳がない。

 それに頭からスポッと被るタイプのそれは当然、足元に薄手のボトムは履いているものの殆どガラ空き状態で、ふわふわ揺れる機能しかない。 

 このまま戦闘を一切しないとしても森を行き来するのはどうかと思うような格好であることは間違いがない。

 しかし、朝日は他に服を持っていなかった。


「武器屋に行くの?」


「そうだ。他に防具屋、アクセサリー屋、道具屋、魔法屋だな」


「僕、お買い物初めて…!」


 ニマニマと楽しみだ、と言う感情を隠すこともない朝日をゼノはぺちん、とおでこを小突く。

 それでもへへへ、と嬉しそうにしている朝日をゼノは真剣な表情で見ていた。

 昨日もそうだったが、外食も買い物も初めてな人間が本当にいるのだろうか、と不思議に思っていたのだ。どんなに貧しくとも豊かでも買い物くらいは誰もがしたことのある普通の事。

 それをした事がないと言う彼の生い立ちの不可解さについて考えを巡らせ、思わず眉間に皺を寄せる。


「冒険者なら装備はしっかりしねぇとな」

 

「あ!じゃあ、その前に見てもらいたい物があるんだ」


「…こっちに来い」


 もじもじと周りを気にしながら言う朝日にゼノはそういうと方向転換した。朝日はまたゼノに言われるがままに後をついて歩く。


 時々朝日を横目で確認してくれている。どうやら気にして歩調を合わせて歩いてくれているようだ。


 連れられてきたのはカフェのような場所。昼間からお酒を飲んでいる人がいるので、夜はバーになるのかもしれない。

 カウンターに数枚の銀貨を置き、そこでグラスを拭いている男はそれを見るとどうぞ、と小さく呟いた。

 ゼノは何も言わずに奥にあった小部屋に入り、そこに置いてあった椅子にドカッと座った。

 朝日はその前の椅子に腰掛けると早速ポシェットに手をかけて中から数本の剣や槍、杖、メイスなど様々な武器を取り出しては机の上に並べる。


「この中で僕が使える物はあるかな?」


「無理だな。大き過ぎ、重た過ぎ。お前には振り回すのが精一杯だろーな。その前に闘えないんじゃなかったのか」


「うん。でも冒険するなら身を守る手段は必要だし、討伐系の依頼って結構多いし。武器は必要かなって」


「なら、余計に辞めておけ。防具もあるなら出しとけ」


「防具はね、全部おっきくて着れなかったんだ」


 そう言うとゼノは少し笑って特に何か言うこともなく朝日の頭を優しく撫でた。

 そして立ち上がったゼノにまたついていく。部屋を出て直ぐにカウンターのおじさんがまたどうぞ、と小さく呟いたので朝日はまたペコリと小さくお辞儀をした。


 後ろをついて歩いている間、今度はゼノが振り返ることはなかった。それでも歩調は緩やかで朝日が小走りをする事は一度もなかった。


「これ着てみろ」


「これ?」


「店主、足りない物は?」


「このタイプだとアルタイトと銀鉱石、それらを糸に加工するオルダースパイダーの錦糸ですね」


 ゼノに言われるがままに何着目かの試着をする。その間、店主は朝日に服を着せつつ、ゼノの質問にも答えていて大忙しだ。

 店主の顔が少し困ったように見てたので多分、いやかなり大変だったのでは、と朝日は心配になった。

 しかし、次の服を持ってきた店主に疲れてないかい?と優しく声をかけられて、店主のアレは何度も何度も着せ替えさせられていた朝日の事を心配しての表情だったのだと知った。

 どちらかと言えば全ての試着を手伝ってくれた店主の方が大変だっただろうに。


「アルタイトと銀鉱石は手持ちがあるが、オルダースパイダーか…。素材が足りない分はそっちで手配してくれ。金はどうでもいい」


「かしこまりました」


(武器も揃えなきゃだし、足りるのかな…)


 結局防具や服は新しく仕立てると言う話になり、新たに作るとなるとそれは凄い額になるだろうと、不安になりながら全財産を見せると店主はゼノに貰ったと笑って言った。


「ゼノさん、僕払うよ?」


「いい。俺が来た意味がなくなる」


「道案内もしてくれて、お店も教えてくれてるし、武器も防具も選んでくれるんでしょ?意味ない訳ないよ」


「気にするな」


「じゃ、じゃあ!せめて…」


 朝日はポシェットから先程聞こえてきた素材の名前を思い出しながら次々出して行く。

 目を丸くする店主とゼノを尻目に足りないかな…と不安そうに二人を上眼で見つめる朝日。


「こ、これだけあれば…数日後には完成出来ますが…」


「そういうのも…持ってんのか」


「うん…」


 あの“回収”した武器は何一つ朝日には使えないただのポシェットの肥やしだ。さっきは武器だけ見せていたので素材関係を持っている事は想像してなかったらしい。


「店主、これで早めに頼む」


「かしこまりました」


 ぺこっと頭を下げる店主にお礼を言い店を後にする。


「大体のは持ってそうだな」


「素材?アイラさんに貰った買取一覧表の中だったら多分7割くらいはあったかな?」


「…7割か」


 感心してなのか、顎を押さえて何が考え込むゼノの服の裾を朝日は再び掴む。さっきも振り払われる事は無かったが、少し嫌そうな表情だった気がして掴むのを辞めていたのだが、どうも人波は慣れておらず歩きにくい。油断したら直ぐに置いていかれそうなのだ。


「何か欲しいものある?お礼するよ」


「ん…あー、まぁ大きめの剣とか、か。それしか使わねぇしな」


 今すぐ全部あげたいくらいだけど今出すのは良くない。まぁまず、持ち切れないだろう。

 ゼノの背にはいつも大きな大剣が背負われていて、見上げる程の長身のゼノの背丈よりもやや大きいようにも見える。

 以前大剣を“回収”した事もあったなぁ、と朝日はいつものように宙を見上げた。


「おい、ぼー、とするなら後ろにいろ」


 慌てたように朝日を持ち上げたゼノ。宙に浮くのは何回目だったか、と呑気に考えつつも程よい揺れと強くて、暖かい腕に酷く安心した。


「ゼノさんは何で冒険者になったの?」


「何で…?覚えてねぇーな」


「そっか。僕はね世界を見て回るのが夢なんだ」


 夢?と聞き返しかけてゼノは辞めた。

 何となくだが、朝日はずっと近くにいるような気がしていたのだ。

 でも冒険者家業は当然一つの街に留まる人の方が少ない。自分自身も用事が終われば拠点としているところに戻る予定だ。

 だから何故そう思っていたのかは分からないが、勝手にそう思い込んでいた。


「いいんじゃねぇの」


「でもね、僕の夢ってもう叶わないんだ」


「…」


 別に叶わないって程の夢でもないのに、もう既に諦めたように言う朝日にかける言葉が見つからない。

 諦めるな、と言えない程の悲しみを帯びた笑顔だったからだ。


「…そうか。新しいのを見つけろ」


「そっか、うん。ゼノさん、ありがとう」


 なんて事なさそうに返事する朝日に本当は話を聞いて欲しかったんじゃないかとも思ったが、多分聞いても確信までは話さないだろうと言う事は分かった。

 何故ならもう朝日はいつもの笑顔に戻っていたから。

 強い子だと思う反面、そうなるような環境にいたのだろうと、強くなるしかなかったんだろうと、ゼノはやるせない気持ちの方が強くなっていった。












 

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