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六、|穂高《ほだか》の関は金次第(回想の部 全六章中の五)

 月城(つきしろ)穂高(ほだか)国間の関所は以前のような厳しさはなくなっていた。荷馬車や旅人がおたがいに行きかっている。門や建屋も開放的になり、武装の大半は取り外されていた。


 しかし、机は分厚く、必要以上に大きく、威圧的だった。大きな椅子にすわった役人が書類と前に立っている二人を見くらべていった。

雨宮小夜子(あまみやさよこ)、通称千草(ちぐさ)とその従者の柄明慶(つかあきよし)、通称三郎丸(さぶろうまる)。ふむ、この真名(まな)と呼び名とを分けるやりかたはいまだになじめぬが、まちがいないな」

 戸善(とぜん)は敬称を欠いた呼びかたに対しての感情を心の奥に押しとどめ、一歩前に出て愛想よく答えた。

「まちがいありません。記載の通りでございます」


「入国目的は?」

千草(ちぐさ)様のご研究に伴うご旅行にございます」

 役人は首を伸ばして戸善(とぜん)のうしろを見た。

「いえ、ここでのお答えは従者のわたくしがいたします」

「それはそれは。雨宮(あまみや)家のお嬢様ともなると、われら下々とは口もきいてくださらないのですか。しかしそれで研究ができますかな」

 嫌味な口調だが戸善(とぜん)は相手にしない。ただ頭をさげる。建物が開放的になっても、心が閉ざされたままの者もいるのだろう。


「では、旅行中の宿泊所は?」

「併せて提出した書類の通りでございます。旅籠や地域の豪農などに依頼済みです」

「そのようだな。手回しがいい」

「ありがとうございます」


「再度おうかがいする。そちらのだまったままのご婦人は雨宮小夜子(あまみやさよこ)でまちがいないな」

 指をさす。戸善(とぜん)が返事をしようとしたとき、肩越しに怒りを帯びた声がした。

「あまりといえばあまりではないか。無礼であろう。他国の者とはいえ雨宮(あまみや)家については存じおろう。国家の役人たる関の番人がそのふるまいはなんとしたことか」

 激しい口調だが役人はにやりと笑っただけだった。

「これはしたり。ご無礼をお許しください。あなた様にくらべれば卑しい出の者にござりますゆえ態度も粗暴になりまする。しかし口をきいてくださるのですな。なら質問にもお答えください。これがわたしの仕事ですので」

 戸善(とぜん)はふり返って口の動きだけで冷静にと抑えた。それから役人のほうを向く。

「ことを荒立てるつもりはございません。お嬢様は旅に慣れておらず緊張しておられます。ここはひとつおだやかに参りたい。ところで提出書類がまだあるのを忘れておりました。これを」

 そういっておりたたんだ紙を差し出す。役人は広げずに上からなでただけで引き出しに入れた。

「従者のかたは旅慣れておられますな。それでは以後お気を付けください。この関を通過すれば穂高(ほだか)国です。そちらの身分や礼儀作法が常に通じるとはお考えにならぬのがよろしいでしょう」

 書類に署名捺印し、一部を引き出しに入れ、一部に穂高(ほだか)国の許可書類を付けて返した。

 戸善(とぜん)は頭をさげて受け取り、千草(ちぐさ)とともに穂高(ほだか)国側の出口からでた。


明慶(あきよし)、どういうことだ」

 関所を出てしばらく歩き、周囲に人通りがなくなると千草(ちぐさ)は立ち止まり、旅装束の笠の下からそういって戸善(とぜん)をにらみ上げた。

「どういうこと、と申されますと?」

「なぜわたしの抗議をさえぎった。自国であろうと他国であろうと公的な場所では貴族には敬称をもちいるべきだろう。それに、あの書類とやら、なにをわたした?」

「ご無礼を承知で、一つ目のご質問にお答えする代わりにおたしかめします。なぜ役人があのような無礼な態度をとったのか、そこまでお考えですか」

 戸善(とぜん)はそういって歩き出す。千草(ちぐさ)はすぐうしろをついてきながらいう。

「それはたしかにそうかもしれぬ。この国の役人が月城(つきしろ)国の貴族によい顔をするはずもない。しかし、それとこれとはべつだろうが。領土を割譲する羽目になったのはかれらの落ち度だ」

「人の心は歯車でできているのではありません」

「そのくらいわかっている」

「では、感情を暴れさせずに御してください。そうしないとすぐにでもご研究を中止して帰国しなければならなくなります」


 千草(ちぐさ)はだまった。きょう泊まる豪農の屋敷が遠くに見えてきたころ、また口を開いた。


「二つ目の質問は?」

「答えなければなりませんか」

「すまぬ。いま払おう」

「いいえ。旅費には不自由ございません。それになにかあっても一筆書けば届きます。深山守(みやまのかみ)様はおやさしいかたです」

「甘いのだ。父上は」

「そのようにおっしゃるものではございません」

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