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二十三、女心と晴れた朝

「御坊もよくよくの覚悟なのだろうな。そこまでうちあけてくださるとは」

 その夜、父に伝えた。領地と領民に関することなのでこれ以上は自分だけで行動はできないと判断したからだった。

「ただし、証拠はありません。ご住職の言葉のみです」

「いや、心当たりがないこともないし、わしの耳に入ってきていることともつながった。分割された郷の再統合が狙いか。深山守(みやまのかみ)殿は当然備えておられるだろうが」

「一揆にせよ、直訴にせよ、家が途絶えかねません」

「うろたえるな。兼光(かねみつ)。おまえらしくもない」

「はい。さらに調査し、証拠を固めます」

「それはもうよい。つながったといっただろう。つまりはわれらではなく、雨宮(あまみや)家の問題になったということだ」

「しかし、われらの領民がこのような企みに手を貸したと明るみに出れば、管理不行き届きを責められます」

「管理不行き届きくらいではだれの首も飛ばんよ。落ち着けといっているのがわからぬか。この件からいかに利益を引き出すか、それを考えよ」

 戸善(とぜん)は驚いたが、小郷里介(おごうりのすけ)の目は真剣だった。

「兄上たちには知らせますか」

「それはわしの役目だが、王城警備はそうそう休める職ではない。これについては手助けは期待できぬ」

 心中でうなずく。だから警備職にはつきたくないのだ。

「では、雨宮(あまみや)大牧(おおまき)両家と通じまして、領民と協議していただきましょう。われらは仲介の労をとれば家の功績となります」

「それが妥当なところだな。済まぬが、そちらはおまえが動いてくれるか」


 戸善(とぜん)はさらに細かく話を詰めると座敷を出た。灯りを節約しているので家は暗い。しかし、今夜は始末を考えてはいられない。自室で一晩中灯りをともし、書状を三通書き上げ、翌朝一番にそれぞれへ届けさせた。


 ご住職は発送した翌朝に急ぎの書状が届き、快諾いただけた。協議について領民の代表に話をしてみるという。また、両家の了承があれば場を提供してもいいとさえあった。そして、戸善(とぜん)様に打ちあけてよかったと追って書かれていた。


 その二日後、雨宮(あまみや)家から話をうかがいたいという使いが来訪した。小郷里介(おごうりのすけ)と相談し、戸善(とぜん)が往訪することとなった。


「この度は仲介の労をいただくが、感謝する」

 深山守(みやまのかみ)は頭をさげる。驚いたことにその横には千草(ちぐさ)様がすわっているのみだった。

「他の者たちはすでに動いておる。ご住職を通じ、領民代表と協議準備中だ。繰り返すが戸善(とぜん)殿、情報提供のみならず、仲介ありがたい。使いの者から聞いたが、ご提案通り、御木本(みきもと)家領内の寺が使えればと考えている。よろしくたのみます」

 情報提供に感謝、とはいうが、これほど早く動けるということは深山守(みやまのかみ)様も父上とおなじくある程度はこの事態をつかんでいたのだろう。自分がもたらしたのは未知ではなく既知の事実の補強だったのだと理解した。ならば大牧(おおまき)家もそうだろう。

「感謝などとんでもないことでございます。ことが平穏にすめば皆の利益になります。無用のもめごとは回避しましょうぞ。しかし、領民たちがすぐに協議に応じたとは。もうすこしかかるかと思っておりました」

「そこなのだが、かれらの間でも割れている節がある。実力行使を進めようとしていたのは豪農を中心とした少数派だった」

「豪農と、開墾の支払いを取りはぐれた連中ですか」

「まあ、そんなところだ。現金収入が大幅に減少する者たちが権力を握ろうとしたと思われる」

「それ以外の農民たちは純粋に、分断した親類縁者の再統合を目指しているのですね」

「そうだ。だからこちらが妥協の意思を見せてやればよかっただけだった。その点では他国の一揆や直訴とちがって解決は早いし、王室までは届かないだろう」

 ほっと息をつき、戸善(とぜん)は力を抜いた。王室がかかわってこないと聞いただけでかなり気が楽になった。これなら管理不行き届きのお叱りすらないこともありうる。

「後は大牧(おおまき)家だが……」

「かしこまりました。仲介すると申しました以上、わたしが」

「それは話が早い」

「いまは書状の返信を待っております。届き次第行動に移ります」

「たのみます」


 その夜はどうしてもと引きとめられ、泊まることとなった。急であったのにきちんとした膳が供され、酒、菓子もついた。こういった用意が常にできているのはさすがに大家であった。

「では、済まぬがこれにて座をはずさねばならん。小夜子(さよこ)、もてなしをまかせる」

 領地経営や他の大家のうわさ話など話がはずんだが、一区切りついたところで深山守(みやまのかみ)はそういって立ち上がった。一緒に立とうとする戸善(とぜん)を手で制する。

「はい、お父様。承りました」

「本日はおもてなしありがとうございます」

「なに、礼はこちらがいうことだ。大牧(おおまき)との話し合い、よろしくおたのみしますぞ」

 軽く頭をさげ、飲んだ割にはしっかりとした足取りで出て行った。

 二人は見送ると、また座敷にもどった。

「さ、一度お立ちになると覚めましょう。まずはおひとつどうぞ」

「いや、手酌で」

「いいえ、父よりおもてなしを命じられました。手酌などさせては叱られます」

「それでは一杯だけ」

 そういって飲むと返盃した。千草(ちぐさ)も一息にあける。

「これはお見事」

 菓子をつまむ。

戸善(とぜん)殿は両方いけるのですね」

「はい。雨風です」

「『雨風』というのですか」

「下々の言葉ですが」

「勉強になります」

 千草(ちぐさ)様は話し方など乱れた様子はないし、目や頬も赤くなっていない。親子だな、と思う。

「どうかされたのですか」

「はい。お父上に似てお強いな、と考えておりました」

「まあ、からかわないでください」

 いまさらまわってきたのか、頬がうっすらと赤くなった。


 飲み、食べ、湯あみをし、寝床に入るころには月はすっかり沈んでいた。戸善(とぜん)は贅沢な布団にくるまっているが、こんな夜更けなのに寝られなかった。なにか見落としや考えが浅いところはないか考えている。

 それに、落としどころもだ。どういう状態を決着とするのか。なにを目標とするのか。

 当然だが、農民たちには実力を行使させてはならない。一揆も直訴もなしだ。理想としては親類縁者の往来にかぎり、国境での御改め無用としたいが、どう考えても密輸といった犯罪行為の抜け穴にされるのは見えている。

 もうひとつは土地交換による移住だが、先祖代々の土地を手放せというのは農民としては受け入れがたいだろう。それに現実的には等価で交換は不可能で、強制すれば不満をくすぶらせる。

 酔いなどすっかりさめ、輾転反側しているうちに朝になった。


「よくお休みになれましたか」

「ええ、おかげさまで」

「嘘おっしゃい。目が赤いですよ。戸善(とぜん)殿はいつもなにかお考えなのですね。寝られぬほどに」

「はい。どうすれば平穏に事をおさめられるか。八方得心いただく工夫はないものか。なかなかむずかしい」


 朝をいただき、身支度を済ませる。


「また、穂高(ほだか)国へ行かれるのですか」

「すぐにでも。大牧(おおまき)家とも直接会って話をつけておきませんと」

恵子(けいこ)様にお会いになるのですね」千草(ちぐさ)は横を向いてしまう。

「なにか伝えることでもございますか」

「いいえ。しかし先だってのこと。あらためて御礼申し上げていただきますようお願いします」

「承りました。では御免」


 見送りを受けて門をくぐった。道を午前の日光が照らしている。千草(ちぐさ)は遠ざかる背中を見つめた。角を曲がってしまってもしばらく立ったままでいた。

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