1.ほしいものは、一つ……!
はてさて、ガレリアを撒いて教室までやってきた。
足を踏み入れるとすぐに気づいたのは、周囲からの視線がどこかおかしいこと。とりわけ女子たちはみんな怯えているようだった。
その理由は明白。
アタシは先ほどまでガレリアの取り巻きだったのだ。
「みんな、アタシを通してガレリアを見ているのね」
アタシの目の前で彼女の悪口を言えば、完全に筒抜け。
だから、緊張しているんだ。
「うーん、どうするかな。少し窮屈」
そう悩むが、アタシはすぐに気持ちを切り替える。
せっかく平凡なモブ令嬢に転生したのだから、頑張って普通の生活を送ってやろう、と。そう考えているうちに授業の時間になった。
席は自由なので、とりあえず他の人に迷惑をかけない位置に腰掛ける。
というか、どこに座ってもみんなアタシを避けるだろうと思った。
そして、座ったタイミングで先生が入ってきてこう告げる。
「それでは、授業を始める。だが、今日はその前に――」
初老の男性教員は、出入り口の方を見てこう言った。
「急遽、入学となった生徒を紹介する。入ってきなさい」――と。
何事かと周囲は色めき立つ。
アタシも首を傾げつつ、入ってきた女の子を見た。
そして、こう思う。
「すごく、可愛い……」
思わず口に出た。
だって、それほどまでに可憐だったのだから。
栗色の髪を肩ほどまでで揃えており、金色の円らな瞳をしていた。顔立ちは綺麗系というよりも、可愛い系。愛らしい容姿をした彼女は、少し緊張した面持ちで頭を下げた。そして、鈴の音のような声でこう言うのだ。
「あ、あの! ミリア・フレイアです! よろしくお願いします!!」
少女――ミリアがそう名乗ると、先生がこう引き継ぐ。
「彼女は突然変異的に魔力に目覚めてな。特例での入学が認められた。まだまだ分からないことも多いだろうから、みんな仲良くしてやってほしい」
そして、どこか空いている席に座るよう促した。
一連の流れを見ていて、アタシは思う。
あの子、どこか特別な運命を秘めているように感じる、と。
アタシはこれまで何度も悪役令嬢に転生してきたのだが、その際には決まって、物語の主人公と思えるような特別な存在が対極にいた。転生したころにはすでに、アタシはそういった存在に喧嘩を吹っ掛けていて、後戻りできない状況。
「でも、今回は違うのよね……」
少なくとも、アタシはそういったことに加担していない。
なので、ここから上手く運べば――。
「あの、すみません。お隣いいですか?」
「え……?」
そう考え込んでいると、すぐ隣にミリアがいた。
彼女は困ったように首を傾げている。
「ア、アタシの隣……?」
「はい。どうも、他の席は埋まっているようなので……」
「あ、あー……」
そりゃそうだ。
みんな、アタシのことを避けているのだから。
「よろしいですか?」
「あ、うん。……ぜひ!」
アタシが首を縦に振ると、ミリアはにっこり会釈して席に腰掛けた。
そして、続けてこうお願いしてくる。
「教科書見せてもらってもいいですか?」
「あぁ、そうね。入学したばかりだから、持ってないんだ。良いわよ」
「ありがとうございますっ!」
というわけで、アタシたちは肩をくっつけて勉強することになった。
時々に言葉の意味を教えてあげたり、この学園についての質問に答えたり。そうやって授業が終わる頃には、アタシたちはすっかり打ち解けていた。
「ありがとうございました、ナタリーさんっ!」
「いいのよ、ミリア。また困ったことがあったら、アタシに聞いて?」
「はいっ!」
にっこりと笑う彼女に、こちらも笑顔で応える。
その時になると、アタシはこう考えるようになっていた。
ミリアと、もっと仲良くなりたい……!
今まで手に入れられなかった、平凡な日常。
その中には決して欠けてはいけない、一つのピースがある。
それは――お友達!
「それでは。私は一度、教員室に行ってきますね?」
「えぇ、行ってらっしゃい」
何度もこちらを振り返って手を振るミリアを見送って。
アタシは、蕩けるような笑みをこぼすのだった。
楽しい学園生活には友達必須。
そんなわけで、アタシは一つのミッションを立ち上げた。
「ミリアと一緒に、お昼ご飯を食べる……!」
まずは、基本的なところから。
アタシは静かに拳を握りしめて、燃え上がるのだった。