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逃亡4

 山腹を歩く事約2時間。未だに山道は見つからない。


「山道は尾根伝いか……?」


 山道が尾根伝いならひたすら平行に歩いている事になる。日が暮れると不味いな……。

 僕は二階堂さんを降ろして辺りを確認した。


「ちょっと、ここ濡れてて座れないわ」

「あ、ゴメン」


 二階堂さんを降ろした場所は苔が茂り、踏むと水が出てきた。

 僕は二階堂さんをもう一度オンブしてそこから山を登り始めた。

 僕達は確かに酷い状況にいるけど運に見放されてはいなかった。大アルカナの愚者のカードは自由な旅人のシンボルになる事もある。旅人の恩恵なのかな?


「ねぇ、何で山を登るの?」

「足元が濡れている……はあ、はあ……つまり……はあ、はあ……近くに水源がある……」

「………………」


 山腹の苔に覆われた岩肌から清らかな水が小さな小さな滝となって流れ出ていた。足元には小さな小さな川を作っている。


「ねぇ!水よ水!水が出ているわ!」


 背中の二階堂さんは湧き水を見て大はしゃぎだ。僕は濡れない場所に二階堂さんを降ろして湧き水で手を濡らす。匂いをかぎ舐めてみる。手で汲める程には出ていないので、腰に巻いていた二階堂さんのブラウスを使って湧き水を湿らせていく。

 左手で濡れたブラウスを絞って右手に水を溜める。そして右手に溜めた水を飲んでみる。


「美味しい!」

「ちょ、ちょっと私にも飲ませなさい!」

「そこで待ってて。今、持って行くから」


 ブラウスに岩肌の湧き水を漬して二階堂さんの所に戻る。二階堂さんは両手を合わせて手コップを作り、僕はそこにブラウスを絞って水を溜めた。


「美味しい!」


 二階堂さんが笑った!この異世界に来て、いや学校でも見せない二階堂さんの笑顔。


「も……もっと飲みたい!」

「うん」


 僕はブラウスを絞って二階堂さんの手コップに水を注ぐ。其れを嬉しそうに飲む二階堂さん。


「な、なに笑って見てるのよ」

「二階堂さんの笑顔が見れて嬉しいから」

「ば!バカじゃないの!」


 二階堂さんは顔を赤くしてプイと横を向いてしまった。今はその仕草が可愛く見えて、僕はまた笑ってしまった。


 30分程度休憩していたが、辺りが少し暗くなってきた。


「二階堂さんはここで待ってて」

「えっ」


 僕は立ち上がり近くを散策をする。日が暮れる前に適当な場所を探しておかないとやばい。暫く歩くと大きな三本木があった。大きな木が密集してコの字状に育っている。その間に人二人が入れるスペースがあった。ここなら風よけになりそうだ。


 そのスペースに落ちている枝や落ち葉を引き詰める。底冷え対策だ。ついでに火起こし用の火きりぎね(まっすぐな棒)、火きりうす(摩擦される棒)、火口(細かい枯草)も用意した。



「お待たせ~」


 二階堂さんの所に戻ると二階堂さんが走って僕に抱き付いてきた。片足は靴下でだ。


「よかった……。帰ってきた……。帰って来ないかと思った……。怖かった……。寂しかった……」


 二階堂さんは僕の胸に顔を埋め、肩を震わせて泣いていた。


「ご、ゴメン……」

「私を一人にしないでよ……」

「う、うん」

「絶対よ……」

「う、うん……」


 泣いている二階堂さんの頭を僕は優しく撫でていた……。




「こ、ここで寝るの!?本気!?」

「うん」

「…………」


 三本木の間に引かれた枝と落ち葉の寝床を見て二階堂さんは絶句していた。


「もう日が暮れる。暗闇の森を歩くのは危ないからね」

「………………」


 二階堂さんは諦めて寝床に座る。そして膝を抱えて顔を埋めてしまった。僕もこんな何も無い野宿は初めてだ。お嬢様の二階堂さんにはかなり厳しいだろうな。




「おりゃーーーッ!」「トゥリャーーーッ!」「もう一丁~~~!」

「…………何をやっているの?」


 二階堂さんは顔を上げて僕を見ている。


「はあ、はあ……火を、火を起こしているんだ」


 僕は火きりうす(摩擦される棒)にあけた孔に火きりぎね(まっすぐな棒)を刺してグルグルグルグルグルグル回して摩擦熱をだしている。


「縄文時代みたい……」


 呆れた顔で二階堂さんが僕を見ているが、僕は手を休める事なく火きりぎねをグルグルグルグル回す。アウトドアが好きな父さんとキャンプでやった火付け競争がまさか役に立つとは思わなかった。


 火きりうすに溜まった切子が茶色から黒くなり始めている。そして煙が出てきた。僕はその切子をそっと散けない様に火口(細かい枯草)に寄せる。


 「ふ~ふ~」と切子が飛ばない程度に息を吹きかける。白い煙りがもわもわと出て火口が燃え始めた。その火口に燃えやすい枯れ葉を置き、大きい火に変えていく。


「凄い!凄い!凄い!本当に火が付いた!」


 二階堂さんが立ち上がりびっくりして喜んでいる。




 暗い森の中でオレンジ色の炎が揺れている。僕のポケットに本当に不幸中の幸いで、今朝、朝食用にコンビニで買ったスティック菓子が一本入っていた。しかもコンビニ袋付きだ。

 スティック菓子を半分に折り、更に半分に分けて僕達は其れを食べた。


「…………美味しい……」


 二階堂さんは涙を溜めて小さなスティック菓子を大切に食べている。色々と有りすぎた今日。お嬢様の二階堂さんには過酷な一日であり、まだ始まったばかりだ。


「ねぇ……私……これからどうなるの……。あの不吉なカード……私……不幸になるの……かな……」


 二階堂さんのカードは、大アルカナ カードナンバー12 吊り人。


「白鳥君が言った傲慢や我が儘は逆位置だった筈だよ。運命に負けなければ大丈夫。正位置の意味は試練や忍耐。今を頑張れば幸せな未来を暗示しているカードだから」

「………………うん」



 暫くの沈黙の時間。焚き火の灯りに照らされている二階堂さんの横顔。とても……綺麗だ。


「ねぇ……」

「ん?」

「あ、あの…………」


 二階堂さんが何かモジモジしている?花摘み?


「あ、あなたの……」


 僕?


「……あなたの名前……お、教えてくれる」


ガーーーーーーーーン!


 クラスメイトだよね?しかも隣の席だよね!?


「……僕の名前、……知らないの?」

「うん……今まで覚える価値も無かったから……」


 あ~~~そうですよね!キラキラな二階堂さんから見たら僕みたいなモブに何の価値も無いですよね~~~!名前ぐらいは知っていて貰えてると自惚れてました!


「アハハ、二階堂さんらしいね。僕は羽山武人。改めて宜しくね二階堂さん」

「……羽山……武人……君……」


 まあ、名前を覚えて貰える程度には価値が出たのかな?

 焚き火に小枝をくべていると、コテっと二階堂さんが僕に寄りかかってきた。


「に、二階堂さん?」


 見ると二階堂さんは寝てしまっていた。


「……お疲れ様」





「失敗したな……」


 腕時計を見ると夜中の1時を過ぎている。先程から何度か湧き水の方で物音がしていた。近くの動物が水を飲みにやって来ていた。

 此方は焚き火をしているから警戒心の強い動物は近付いては来ない……。でも焚き火の炎の向こう側に見えるのは狼の様な一匹の黒い獣……いやモンスターと呼ぶべきか……。


 黒い体毛に長い牙を持つ狼。コイツは僕達を食い殺す為に姿を現した……。

 僕にもたれて寝ている二階堂さんをそっと横にする。二階堂さんの腰ベルトから外しておいたダガーを取り、皮の鞘からダガー抜く。


 焚き火から燃える太い枝を左手で取り前方に翳す。獣の注意を炎に向けさせた。


「狂人化!」


………………。


 発動した雰囲気は無い。発動条件がやはり有るっぽい。あの時は命の危機だった。発動条件は命の危機或いは怪我?


 黒い獣が飛び込んで来る。左手の炎で牽制するが、炎を恐れない黒い獣は僕の左手に噛みついてきた。激痛い!


「痛ッい、クッ、きょ、狂人化ァーッ!」


 痛みを堪えてスキルを発動させる。

 俺の体が熱くなり、痛みが鈍化して行く。スキル発動条件は外傷……つまり狂人化はカウンター系スキルって事だ。


 痛みをステータス変換し力に変えるスキル。多分だが怪我や痛みの大きさに比例して齎される力も大きくなる。

 そして今の俺の思考から察するに理性の箍もそれに比例している。今は考えるだけの思考力が有るからな。


 俺は左手に噛み付いた黒い獣の頭にダガーを突き刺す。一撃で黒い獣は死に絶えた。


「一発殴られてからじゃないと発動しないスキルかよ。使えるんだか、使えねえんだか、分からねえスキルだな」


 俺は噛まれた左手の傷をペロリとなめた。


「さてと、こんなの見たら二階堂がびっくりしちまうからな」

「……は、羽山君?」

「ん?チッ、起きちまったか」

「ど、どうしたの?」

「あ~、魔物に襲われた。ぶっ殺したけどな」

「ま、魔物?」

「ああ、この犬っころだ」


 俺は黒い獣の死骸にケリをいれる。


「ち、血が出てるわよ……」

「ああ、噛まれたからな。直に血も止まるから大丈夫だ」

「……雰囲気…違うわね……」

「俺か?狂人化しているからな。気にするな」

「狂人化?」

「狂人化ってのは……説明すんのも面倒くせえ、気にすんな」

「………………」


 俺は黒い獣を担ぎ上げ少し離れた場所へと移動させた。牙は金になるかもしれないから、歯茎にダガーを刺して牙を引き抜く。


 寝床に戻り二階堂の隣に座る。二階堂が座った俺の顔を見ていた。


「何だよ?」

「な、何でもないわ……ふん」


 プイっと顔を背け焚き火の炎を見ている二階堂。何なんだと思いながらも俺は焚き火に小枝をくべる。暫くしたら二階堂が俺の肩に寄り添い寝息をたてていた。


 俺は辺りに気を払いながら焚き火の炎を見ていた……。



面白いと思って頂けましたらブクマ、評価、感想お願いします。

※アンチ感想は削除しますので……心こ折れるから(^_^;

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