逃亡2
真っ白な空間に僕達はいた。机も椅子も消えて何も無い。
『時折発生する時空震に巻き込まれる人を助けるのが私の使命。皆さんをこの近郊にある惑星へとお運びします』
「ち、地球じゃないのか!?」
不良グループの鈴木君が謎の声に問いただした。
『あなた方の時空は遙か彼方、もう戻る事は出来ません。せめて新たな世界で生きられる様にこのカードをお一人一枚お渡ししましょう。正しき道を目指せばあなた方の力になるはずです。異世界で強く正しく生きて下さい』
僕達の手には知らぬ間に一人一枚のカードが握られていた。タロットカード?
そして白い光がだんだんと色味を帯びていく。気が付けば僕達は木の壁に囲まれた部屋にいた。
「ゆ、夢だったのか……」「何が起きたの」「ど、何処だ此処は?」
白い霧は何処にもなく、だだっ広い木の壁に木の床の部屋に僕達はいた。窓にガラスは無く暖かい風が吹き込んでくる。
「に、日本じゃないぞ此処!」
窓の近くにいた人が窓の外を見て慌てふためく。
「どうした」
白鳥君が窓際に行くと呆然と外を見ていた。
「し、城?遠くに見えるのはお城……だな……」
どうやら僕達は小高い山の頂上にある山小屋みたいな所にいて、少し遠くにはお城のある街があるようだった。
「ほ……本当に異世界なのかよ……」
みんなが呆然としている中で戸塚さんの明るい声が聞こえた。
「ねぇねぇ白鳥君。白鳥君は何のカードを貰ったの?」
「俺か?俺は……ジャスティスだな」
「ツカっち、何ニヤニヤしてるのよ~」
橋本さんが戸塚さんのカードを覗き込む。
「じゃ~ん!!!女帝よ!女帝!!!」
「ツカっちマジで!」
「エンプレスか!凄いな戸塚さん!」
「エヘヘへ~」
「いいな~。あたしなんか杖だよ」
人気グループの人達は矢鱈と盛り上がっていた。其れをきっかけにカードを見せ合う人達が増える。聞いていると多いのは小アルカナのワンド、カップ、ソード、ペンタクルだ。大アルカナは少ない感じだった。
郷田君がみんなに自慢している。どうやら大アルカナのストレングスのカードを貰ったみたいだ。
「麗華様は何のカードですか~?」
ニヤニヤと戸塚さんが二階堂さんのカードを見ようとするが、二階堂さんはカードを背中に隠した。
「見せなさいよ!」
仲が良く見えた二階堂さんと戸塚さん。でも今はそういう仲にはとても見えない。
「ミッチー!」
橋本さんが二階堂さんの腕を掴み、隠したカードを持つ右手を引っ張り出す。
「おやめなさい!」
二階堂さんは頑なにカードを隠そうとしたけど戸塚さんと橋本さんに押さえられて、その手からカードがこぼれた。
「プッ」
「キャハハ!何これ~!」
「ウケすぎ!マジ笑える!」
大笑いする戸塚さんと橋本さん。白鳥君もそのカードを見たのか肩を揺らして笑っていた。
「終わったわね麗華様~」
「逆さ吊りカードってあり得ないわマジで~」
逆さ吊り……カードナンバー12 吊り人。その意味は……。
「いやいや、麗華にはお似合いなカードだよ!ハングマンの意味は傲慢や我が儘だ!アハハ、ピッタリじゃないか!」
白鳥君も大声で笑っている。そこにはつい先程迄の仲良しグループはいなかった。二階堂さんは俯いて肩を震わせていた。
「ねぇねぇ白鳥君~。訳分からない何処に来ちゃったけどさ~、あたしに付いてきなよ~。女帝よ、女帝!もしかしたらあたしは未来の女帝様になるかもしれないのよ~」
「アハハ、じゃあ僕は女帝を守る正義の騎士ってとこかい」
「いい~!白鳥君、絶対似合うよ!麗華はもう終わりよ!終わり!」
「あ、あなた方……そんな事言っていいの!」
俯いていた二階堂さんが顔を上げて戸塚さんと橋本さんを睨んでいる。
「あんたバカ!?此処は訳分かんない世界よ!あなたの自慢のお金も地位もあんたのお偉いお父様もいないの!」
「麗華の未来って逆さ吊り確定よ!誰もあんたなんかには付いて行かないわ!」
「まったく今まで散々人を顎で使って!」
「何が“消毒しなさい”よ!バカにして!」
ペッと橋本さんが二階堂さんの顔に唾を吐いた。二階堂さんはまた俯いて肩を震わせている。
「あの人も終わりね」「高飛車過ぎよね」「あ~私も何だかスッキリした」「ざまあないわね」
クラスの女の子達も戸塚さん達に共感している。
「今なら二階堂さん落ちんじゃね」「やらせてくれるかも」「声かけてみろよ」
クラスの男子が囁いていると女子全員に睨まれていた。
「武器が有るぞ!」
その声にみんなが振り向く。部屋の片隅に木箱に入った剣や槍が見つかったみたいだ。
「どけどけ!」
不良グループが我先にと武器を取る。郷田君はツーハンドの大きい剣を取っては振り回していた。
不良グループが人通り武器を取り終わった後に白鳥君達はじめみんなが武器を取りに行った。動かないのは僕と膝を抱えしゃがみ込み、膝に顔を埋めている二階堂さんだけだ。
「白鳥君、お城の街に行こうよ」
「そうだな」
戸塚さんと白鳥君の声に合わせるかのようにみんなが山小屋から出て行く。しばらくして誰もいなくなった。僕と二階堂さんを除いて。
「さてと」
僕は武器が残っていないか木箱を見に行く。中にはダガーが一つだけ残っていた。
「無いよりましかな」
皮の鞘からダガーを抜いて軽く振ってみる。銀色に輝く刃。僕は此れを使って何を斬るのか。
ダガーを鞘に戻し腰のベルトに挟む。そして僕は貰ったカードを見た。
カードナンバー0 愚者のカード。アハハハ、僕らしいカードだ。この異世界で愚か者として生きて行くのかな。
あの声は僕達の力になるカードと言っていた。所謂チートカードなのかな?
「スキル ザ・フール!」
カードを翳して叫んでみたが何も起きない……。
「召喚 ザ・フール!」
………………。
「顕現!」「降臨!」「マイターン!」「セットアップ!」「スタンド!」「レリーーーズ!」
はあ、はあ、はあ、どうやって使うんだ~?
うっ!?
一人でいい気になって騒いでいたがこの部屋には二階堂さんがまだいたんだった……。しかし二階堂さんは相変わらず膝を抱えたまま座り込み、膝に顔を埋めていた。
「二階堂さん……」
僕は二階堂さんの方へと行った。
「二階堂さん、みんな行っちゃったよ。僕らも街に行こうよ」
「…………いや」
顔を埋めたまま二階堂さんは否定した。
「此処にいても何も起きないよ」
「……いやよ……絶対にいや……」
「…………」
「……帰して。家に帰してよ……。私を家に帰しなさいよ!!!」
顔を上げた二階堂さん、目を赤く腫らし大きな瞳には涙の雫を溜めている。
「む、無理だよ……」
「無理でも何でもいいから私を家に帰しなさい!!!」
ガチャ
その時、部屋のドアが開き……郷田君達三人が入ってきた。
「おう、いたいた」
ツーハンドソードを郷田君は肩に担ぎ、鈴木君は剣を、佐藤君は槍を手に持ち僕と二階堂さんの方へと歩いて行く。
「よう二階堂~、いいざまだな」
ブォン
えっ!?
郷田君は担いでいたツーハンドソードを横に薙ぎ、僕の胴を斬り払う。
「グゥワァァーーーーーーッ!」
僕は薙いだ勢いで壁まで吹き飛ぶ。お腹に走る超激痛。壁にぶつかり頭を打つ衝撃よりもお腹の激痛が半端ない。
脳振盪を起こしそうな虚ろな目でお腹を見ると、郷田君の剣で大きく引き裂かれ、大量の血が流れていた……。内蔵もぐしゃぐしゃにされ息をするのも苦しい……。
…………死ぬのか……僕は…………。
「二階堂!俺の奴隷になれ!」
「……………………」
「黙んまり決めてんじゃねぇぞクソアマァァ!」
郷田君は二階堂さんの長い髪を掴み無理矢理に立たせた。
「俺の事を散々見下しやがってなァァ!誰がクソだ!誰がゴミだ!ざけんなァゴラァァァ!!!」
二階堂さんはすくみ上がり脅えた顔で目を瞑っていた。
「お前ら押さえつけろ!」
鈴木君と佐藤君が二階堂さんの右手と左手を押さえ込む。
「てめえは高飛車なクソアマだがな~、いいもん持ってンだよなーーーッ!」
「キャアアアアアーーーーーーッ!」
響く二階堂さんの悲鳴。郷田君は二階堂さんの服を鷲掴みにしてブレザー、ブラウス、下着を強引に引き剥がした。
「い、いや…………」
「コイツも邪魔だな!」
スカート冴えも強引に毟り取る。二階堂さんの前がはだけ、白い肌があらわになった。
「や、やよ……やめてよ……」
二階堂さんの脅えた瞳から大粒の涙が流れる。絶望と恐怖の涙…………。
僕は消え入りそうな意識の中でふとあの時の二階堂さんの微笑みを思い出した。
新入生の頃、朝の花壇で綺麗に咲いていたチューリップを見ていたあの笑顔。
ずぶ濡れの子猫を抱いてハンカチで吹いてあげていたあの笑顔。
転んだ子供を立たせてあげて優しく頭を撫でていたあの笑顔。
確かに高飛車でありがとうも言えない女の子だけど、優しいところを僕は何度か見ていた。
そんな女の子が泣き叫び、助けを求めている。
郷田は言った。クソアマと。クソ野郎はテメエだ!動けよ僕の体ッ……。左手には血みどろになった愚者のカードが握られている。力をくれよ。あのクソ野郎を1発でいいから殴らせてくれ。
郷田に対する憎しみが心の中で沸々と湧き上がる。体の中が熱くなってくる。左手の愚者のカードが吸い込まれる様に僕の中に消えていった。
血が熱い。体が熱い。頭が、心が熱い。郷田に対する怒りが僕の体を狂わせる。僕の瞳が熱い血で真っ赤に染まった。
思い出した!
カードナンバー0 愚者のカード。またの名を……
狂人バーサーカー!!!
「ウオオオォォォォーーーーーーッ!!!」
面白いと思って頂けましたらブクなマ、評価、感想お願いします。
※アンチ感想は削除しますので……心折れるから(^_^;