魔法のペンタブ
「【おめでとうございます! 厳正なる抽選の結果、魔法のペンタブレットプレゼントに当選いたしました!】 だとぉ?」
箱に入っていたパステルラメのポストカードを一瞥して肩を落とす。俺はこんなものに応募した覚えはないし、第一、絵なんか描かねーぞ。
「【このペンタブで書いたものは全て本物になります】……って。アホらし」
配達物はラベルを確認してから開封する、そんなことは常識だが、今日はちょうど頼んでいた靴が届けられる日だった。
家に届いたAMAZOOの箱を警戒せず開封してしまった俺も悪い。どうやら怪しい後払い商法的な何かに引っかかってしまったようだ。
靴にしては箱が少し大きいとは思ったんだ。そこで気付けよ俺の馬鹿。
請求書の類は入っていなかった。
しかもメーカーロゴとかも一切なし。
後から高額請求がくるんだろうか……。
そう思うのに、俺は吸い寄せられるようにタブレットを手に取っていた。
魔が差したとしか言いようがない。
「全て本物になるんなら、好きなもん食べて欲しいフィギュア全コンプして……ってか大豪邸にスーパーカーとかもいけんじゃね? いらんけど」
そんなんなら可愛いヨメがいい。書いたら理想の女の子になるとか、どこのラノベだよ、エロゲか。
どうせ嘘。
そんな気楽さで、あとからくる数万の請求は警察にでも通報してやればチャラだろう、と、俺は早速パソコンに繋いで使ってみることにした。
ぶっちゃけノリだ。
俺が馬鹿でしたーとかいってSNSで呟けばプチバズるくらいのネタにはなるだろう、そんな感じだった。
「腹減ったからカレーでも出すか。なんてな」
タブレットにペンを添わす。
鉛筆と同じようにとはいかないもので、マウスで書いた絵に毛が生えたような、どうしようもないダサいカレーライスが画面に表示されている。
印刷、と書いてある下に出力、という項目があり、直感的にクリックした。
「わぁっ」
突然、画面が激しくフラッシュして、眩しさに顔をそむけた。部屋中が朝日直撃みたいな明るさで、後ろを向いても目が痛い。
しばらくのあいだ目を閉じてやり過ごす。1分経ったかどうかくらいの時間でフラッシュが徐々に収まるのを感じて、パソコンの方に向き直った。
「ちょwwwww」
予想していなかったかといえば嘘になる。だがどちらかというと何も起こらないほうに賭けていたのでこの現象には笑うしかなかった。
どーん。
心の効果音はもうこれしかなかった。
俺の書いたダサカレーが、タブレットの上に鎮座していたのだ。
「まじかよ、ある意味こっちのほうがやべー」
これは間違いなく投稿案件。そう思った俺はスマホのカメラをそのどうしようもない物体に向けた。食べ物ですらない。平面図を何らかの形で立体化して3Dプリンタで出した、そんな物体。どこから見てもネタだった。これはバズる。間違いない。
しかしいざ投稿、となったとき、もしかしたら他にも同じ奴がいるかもしれないと思った。
SNSを検索してみる。だがなかった。
そのかわり、神絵師ともいうべきか、写真どころか立体感も本物と見紛うほどに写実を極めた絵を描くアカウントが山のようにヒットした。
おもしろい。画力を上げればヨメも夢じゃない。そう思った。
一人や二人なら、特別な、選ばれた、限られた人間だけに与えられた技術だとハナから手を出そうなどとは考えなかっただろう。
しかしそうではなかった。
中には作業動画をアップしている絵師もいて、真似出来そうだと思った。
「やってみるか。おっしゃ、ヨメよ来い!」
それから俺は、来る日も来る日もペンタブ修行に明け暮れた。途中で出力してみた猫はぬいぐるみレベルだがカレーよりは上手く出来た。だが本物になる、の意味が解釈の違いなのか、ただの3D出力にしかならない。
いつしか俺は自分が欲しいフィギュアを全コンプ出来る程度には画力を付けていた。
それだけの年月が経っても、どこからも請求は来ていない。
SNSでも俺の【3Dアート】は人気になっていた。
だけど絵は絵でしかなく、このタブレットが魔法と謳うのは2Dが3Dになる、それだけだった。
ある日、俺はオリジナルの絵や出力したフィギュアを頒布するためのイベントに参加した。
何度目かのイベント。朝から長蛇の列。午前中で完売。これが今の俺。魔法はともかく、人生は楽しくなった。
列の最後の客に品物を手渡す頃には、顔を見るのにも少し疲れてきていた。それでも来てくれた人には最大の感謝を、そう思って顔を上げた瞬間、目の前が激しくフラッシュした。魔法のエフェクトなのか、心の電光なのかは今となっては定かじゃない。
「ファンなんです……あの、握手、してもらえませんか?」
顔を真っ赤にしてそこに立っていたのは、俺が書きあげてただの3Dにはしたくないとフォルダに寝かせたままの【理想のヨメ】そのままの女の子だった。
まじかよ……。
……それが、俺のヨメとの馴れ初めだ。