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バイク乗りの悩み

できるだけ短い時間で、三人称視点で。

この二つがテーマです、内容と起承転結は全く保証できません。

つまり全くのゴミです。

バイクは、いろんな理由で車より手のかかる乗り物だ、移動手段としても優れているとはいえない、だからこそ、バイク乗りはかいがいしく愛車の面倒をみてやらなければならない。




―その日はなんだか、嫌な予感がしていたのだ。

朝8時、バイクなら急がずとも学校まで15分、始業の30分には余裕で間に合う

健は朝飯でふくれた腹をガンマのシートに納めるとおもむろにキーをひねり、左手はチョークを引き右手でキックペダルを開いた

バイクを走らせるための操作だが、健はこれを常日頃から儀式だと思っていた。

その日一日の運勢を占う儀式だ、ガンマの機嫌の善し悪しは、今日一日楽しく過ごせるかに大きく関わってくる

持病の右バンク(エンジン)のカブりを起こせば、その場から動けなくなり、授業には遅れ、あのスゴい加速とは一時のお別れだ。

(頼むぞ・・・あれ?)

固い。

健は一度ガンマから降り、キックペダルとフレームの間に何かが挟まっていないか確認した

見たところ何も問題はない、なにか訳のわからないものが挟まっているわけでもないし、妙なオイル染みも見られない。

(マジかよ・・・。これだ!)

健はガンマの左側に回り込むと天を仰いだ、燃料コックが開きっぱなしになっている、昨日、峠でハッスルして、そのテンションのままバイクを降りたせいだ。

たぶんカウルの中のエンジンはガソリンに満たされているだろう、試しに車体を揺らしてみると、キャブレターから大量のガソリンが漏れだした。

燃焼室内を満たしたガソリンの圧力でピストンを完全にロックされる、いわゆるウォーターハンマー現象が起きているのだ。

命拾いだぜ―健はおおげさに息を吸い込んでため息をついた、セル付きのバイクではこの状態でエンジンを掛けようとするとコンロッドを折ってしまう事もある。

やれやれだぜ―健は向こう2週間の徒歩登校を覚悟した。

―エンジンのオーバーホールは買った時カヤとやって以来だ

もうガスケット(金属同士をつないで密閉するときに使うパッキン)は完全にシリンダーに張り付いてるだろうな

バラしたとたんボロボロのモロモロになって、二度と使えないんだよな・・・。


「母さーん!」

健は奥に向かって叫んだ、今日は月末、お小遣いはガソリン代でとうに消えている、電車賃を払えば、すなわちそれは昼飯ヌキを意味する。

「かあさーん!」

「何ようるさいわね。」

「母上!金ちょうだい。」

「どうしたのよ藪から棒に。」

「ガンマ死んだ。」

「動かないの?」

「うん、動かないの。」

「じゃあ電車で行くしかないわね、行ってらっしゃい。」

「母さん、僕、おなかすいた。」

「何よあんた、お小遣いもうないの?」

「ガソリンが高くて、給料前だし。」

「・・・仕方ないわね、どのぐらいで直るの?」

「金がいくらかかるかって事?」

「何寝ぼけたこと言ってるの、時間はどのぐらいかかるのかってことよ。」

電車通学するのにかかる金額きっかりしかよこさないつもりだな―

健は即座に頭の中のそろばんをはじいた。

まず、避けられない出費はどれだろう、学校をサボる度胸も余裕もないので毎日ちゃんと学校には行くとして

次にガンマの修理代だ、さっき言ったとおりガソリン代で小遣いはほとんど消えていて、ガスケットを買うのもかなり苦しい感じだ・・・。

「三週間ちょいって所かな。」

「そう、じゃあ定期買っちゃった方が早いわね、はい。」

「ありがとうございます、そんじゃ学校遅れちゃうんで。」

健は振り返りもせず、一目散に駅へ駆けていった。

「ちょっと!おつりはちゃんと返しなさいよ・・・、聞いちゃ居ないか。」

そこに、普段の不機嫌そうな顔をいっそう不機嫌そうにして健の父、哲夫が現れた。

「どうしたんだ、朝から騒がしい。」

「バイクが壊れたから電車で学校に行くんですって。」

「そうか、それじゃあこのバイクはさっさと売っちまおう。」

彼はこの家の中では健がバイクに乗ることにもっとも反対している人間だ

といってもバイクの持つ危険性に息子の将来を心配して小言を言うわけではなく、ただ単に彼の中のバイクの印象が悪いだけなのだが。

「出来るもんならやってみなさいよ、それに。」

「ん?なんだ。」

「さっきのあの子、あなたが大学生の頃義父さんに車をおねだりしてたときと、同じ目をしていたわ。」

「・・・ふうん。」

「朝ご飯にしましょ。」

「そうだな。」

―女って細かいことをいちいち覚えているもんだな。

哲夫は振り返りもせず、一目散にリビングへ退散した。


バイクを買ってからというものこの駅ともとんと縁が無くなった

三ヶ月ぶりの朝のホームに立ち、健は誰が見ているわけでもないのにあくびをかみ殺していた。

バイクなら朝のラッシュでも人波に揉まれずに快適に学校まで行ける

健がバイクで学校に通っていたのは、趣味というよりもそういった実用的な面が大きい。

なによりも人間というのはこうやって一つの場所に集まると、自然とお互いを観察し始める

外見からしてもう苦手なオーラを感じることなど現代社会ではままあることだ。

天網恢々疎にして漏らさず、健もその例外ではなく向かい側のホームにいる大学生ぐらいのニキビ面の男をしきりに観察し、無駄なストレスを貯めていた。

―なんなんだそのズボンは、ペンキ屋と喧嘩したのか?その格好でその髪型はないだろう

罰ゲームでもやらねえよ、そもそもipodにヘッドフォンとか何なんだ、謎すぎる

どうせ聴いてんのはアニソンとかだろうな、ムリして大学生デビューしちゃうようなタイプにありがちなんだよねホント・・・。

自分を棚に上げたうえに鍵を掛ける勢いの品評会に飽きる頃になって、やっと広島行きの電車がホームに滑り込んだ。

アナウンスと共にドアが開いたが誰も降りない、席はとうに全部埋まっているが、立っている客はまばら

健は来るハードな学園生活に備えて出来るだけ体を休めようと、目の前に開くドア横のスペースへ突進し、確保した。

―あぁ、今日のうちにガスケットを手に入れるめどを立てないと。

「よお中島、珍しいなお前。」

声のした方を向くと、同じクラスの越前が単語カードをポケットにしまいながら近づいてきた。

「よお、お前のクラス、今日単語テストなの?」

「そうなんだ、イヤんなっちゃうよ、これで三週連続だぜ・・・、それより、何でお前電車に乗ってるんだ?」

「バイクこわれちっち、また金がかかるよ。」

「バイク乗りは大変だな、これから寒くなってくるし。」

「そんなの関係ねえって、別に大変なんかじゃないよ。」

―別に俺はマゾじゃねえしな。

健は苦々しく微笑むと車窓に目を馳せた、どんよりした曇り空が瀬戸内の海を覆っている。

この越前は健が中学生の時、漫研で知り合ったのがきっかけで仲良くなった、といっても当時から健は絵を描くのが苦手で

ただすることがなくても何かしらの部に所属しなければいけないシステム上、よく漫画を読むので漫研に入っていただけだ。

対して越前は違った、絵が上手いのはもちろんだし、何度か雑誌の投稿でも原稿が採用されたりしている、話も面白いのだ

健は彼と仲がよいことで未来の巨匠の最新作をいち早く読むという幸運にありついているのだが・・・。

「バイクから降りりゃただの人だもんな。」

健の口が、そう独りでに呟いた。

「そういうつもりで言ったんじゃないよ。」

越前が両手を振ってその言葉を制す、といっても健は誰に向けていったことでもないので

全く気にしてはいなかった、気にする余裕がなかったと言う方が当たっているかもしれない。

「お前はいいな、絵が描けて、鉛筆さえありゃこう・・・なんて言うのかな、自分を他人に伝えることが出来る。」

「・・・よく言われるよ、でも答えはノーだね。」

「どうして。」

すると突然、越前は手を叩いた、車内の注目が集まってもお構いなしだ。

「なるほど・・さっきケンが言ったのがよくわかったぜ」

「はぁ?」

「俺は別に、他人に自分のいろんな、ドロドロしたもんを伝えたりする手段として、漫画や絵を描いてる訳じゃねえんだよ。」

「自己満足ってことか?バカ言えよ、そんなものが賞貰ったり出来る分けねえじゃねえか」

「それが才能です。」

「いちいちムカつくなこの野郎。」

健は、お戯れに越前にヘッドロックを食らわせる、笑う越前。

「まあ、今のは言い過ぎだとしても、そういうもんだと思うよ、たまたま俺が好きなものと世の中のニーズが一緒だっただけだ」

「うらやましい。」

「そうだろ、俺も運がいいと思う。」


電車は、駅に着いた。

「おはよう!」

「だるい・・・。」

感覚がスピードになれてしまったのか、静かすぎる登校のせいで健はすっかり疲れ切ってしまっていた。

女子の群れの中からカヤが沸いて出てきた。

「どうしたの、顔色悪い。」

「保健室いけるかな。」

「わかんない、どうしたのさ、ガンマ無かったけど。」

「壊した」

「バカぁ!なにやってんだよぉ・・・、どうやって?コケたの?」

「それだったら直ぐにお前んちに電話してるよ、燃料コック閉め忘れた。」

「バカだねー、すげぇバカだねー。」

「ガスケット、ある?」

そこに、窓から耳をつんざく単気筒のノートが飛び込んできた。健は思わず顔をしかめる。

「うるせぇなぁ、誰のバカスクだ?」

「タッちゃんのだよ、うわぁ、ひでえ。」

「なんだなんだ、本当にイカ釣り漁船になったのか?」

カヤについて健が下の駐輪場を見ると、タッちゃんこと西部が傷だらけのフュージョンの隣でどう見ても公道用ではない半ヘルをダルそうに取っている最中だった、肘から血が出ている。

「タッちゃーん!どうしたんだよー!」

窓から顔を出して、駐輪場にいるタッちゃんに声を掛けるカヤ。

「お、物部じゃん、健もいるのか。」

『どうしたのそれ。』

名前を呼ばれた二人は同時に声を上げた。

「転けたらマフラーブッ飛んじゃった、まわんねーの何のって、今日放課後開いてる?」

「開いてるけど、マフラーあるの?」

「ほれ。」

いつもぺちゃんこなタッちゃんの学生鞄の中には、まぶしいぐらいに銀色に輝くマフラーが入っていた。

「お前それで今日の授業はどうすんだよ」

健はおかしくなって、笑いながら叫んだ。

「どーしよーかなー、まあ、深く考えないのが長生きの秘訣ですね、ええ。」

今のは、胃潰瘍で入院した生物の先生の真似だ、健は笑いながらカヤと教室に戻る、カヤが口を開いた。

「それで、どうすんだっけ?」

「ああ、ガスケット注文しといて。」

「わかった・・・。」

「ひっでぇ!」

米原が、部室に運び込まれたフュージョンを前に叫んだ。

「一体どういう転び方したんだよコレ」

健にも思わず苦笑いが浮かぶ、なにせタッちゃんのフュージョンはひどい壊れ方なのだ

上から見下ろしているときには解らなかったが、右半分のカウルはもげ、脱落したマフラーの付け根に至ってはギアケースまでヒビが行っている。

着替えに行ったカヤがツナギを着て戻ってきた。

「タッちゃん、こりゃ手に負えないよ、一応走るようには出来るけど、普通の状態に戻すにはねぇ。」

「とりあえずお巡りに目を付けられないようにしてもらえればそれでいいんだ、親父がエンジンのアテを見つけてくれるって言うから、とりあえず家まで帰れるようにしてもらえねえか?礼はするよ。」

いつもの威勢のよさからは想像も付かないほどにしょぼくれた健は、なにかのっぴきならない事情を感じた。

「タッちゃんったら見かけによらず義理堅いんだから。」

「んじゃ、よろしく頼むわ・・・時間、どんぐらいかかる?」

「4時頃までには何とかするよ。」

「もうチョイ早くならないかな。」

「・・・急げばどうにでもなるけど、どうして?」

「用事があるんだ、どうしてもバイクが必要なんだよ。」

西部の表情が少し明るくなった。

「な〜るほど、わかった、急ぐよ。」

「すまね、恩に着るよ。」

「高く付くぞぉ。」


ついたての向こうではバシバシと火花が飛んでいる、不幸中の幸いで、オプションで換えたマフラーが鉄材だったので

もげた箇所を溶接しているのだ、ギアケースのヒビはいかんともしがたいが、これならばどうにか走れるようにはなるはずだ。

健はパソコンに向かっていた、こういうときに限って馬鹿話に興じる米原がここにいない

隣のソファーにはやはり深く沈んだタッちゃんこと西部がうなだれている。

―普段元気な奴って、おとなしくしててもやっかいだよな。

健は耐えられなくなり、言った。

「マフラーの一本や二本気にすんなよ、バイクがあれだけメチャクチャになったのに、肘の怪我だけで済んだってのは十分もうけもんだと思うぜ?」

「いや・・・、そういう訳じゃないんだよ。」

(じゃあどういう訳だってんだ。)

健は、のど元までその言葉が出てくるのが押さえきれなかった。

「だいたいビッグスクーターってのは無茶なドブ板走りしたり、ブレーキ効かねえのに飛ばしたりすっから痛い目を見やすいんだよ。」

「耳が痛え。」

「だろ?今度からはこれに懲りて、身の程わきまえて走れよ?」

「ああ・・・。」

―本当に大丈夫なのかこいつ、いつもだったら爆発しててもおかしくないぞ?

健は、全然元気のないタッちゃんの返事に、そら寒いものすら感じた。

「タッちゃん、お前、大丈夫か?」

「心配いらねえよ、うん。」

「そのツラで心配するなって方が無茶な話だよ。」

「・・・。」

「・・・。」

そこに、騒がしい音がして、ドアが開いた、米原と工業科の作業服を着た誰かが、何か大きな物を背負って部室に入ってくる。

「おい西部、これ、プレゼントだ。」

「お、おお?」

タッちゃんの表情が見る間に明るくなる。

「これ、どうしたんだ?」

「こいつん家廃材屋でさ、んで、ダメモトで親父さんに聞いて貰ったらあったんだ、だから。まあ、お祝いだと思って受け取ってくれよ。」

健がふと夕暮れの正門に目をやると、つい今し方、軽トラックが走り去ろうとしているところだった。

タッちゃんに向き直ると、米原の後ろの工業科の生徒にしきりに頭を下げている。

「どうしたんだタッちゃん、普段ならそういうの全然気にしないのに。」

「米原のお母さん、今日退院なんだって。」

「なんだ、そうなのか。」

「で、今日は俺がバイクで迎えに行ってあげる段取りだったワケ。」

すっかりいつもの調子に戻ったタッちゃんがそこにはいた。

『終わったわよ。』

ついたての向こうからカヤが出てきた。

「だいぶ荒療治だけど、これなら家に帰るぐらいなら全然問題ないね・・・、あら、これカウルじゃない、まさはるそれどこから・・・」

「カヤ、付けてやってくれよ、お袋さんの退院祝い。」

「・・・そういうことか、タッちゃん案外かわいいところあるんじゃん。」

タッちゃんは、赤くなって頭をかいていた。


健と残りの3人がかりでフュージョンを部室から校庭まで下ろし終わる頃には

校庭に伸びる影がすっかり長くなっていた、空はいつの間にか晴れていて、晩秋の夕焼けが綺麗に町並みを焦がしている。

「ありがとうございます、ホント。」

タッちゃんは大きく深呼吸をして言った、胸の中がどこか暖かくて、友達への感謝で一杯なのだ。

「気をつけろよ、お母さん乗せて事故るなよ。」

健が半ヘルを手渡すと、タッちゃんはフュージョンのエンジンを掛けた、さっきとは違ってタイラップの小気味良い音が人のいなくなった部室棟に反響している。

「これはとりあえずの処置だから、早いうちにバイク屋に持って行ってあげてね。」

カヤはしつこくなるのを承知で口をとんがらせた、でも、バイクを扱う者としてこれだけはしっかりと言っておかねばならない、妥協するわけにはいかなかった。

「物部オートまで持って行くよ、そんときはよろしく。」

「親父にあの溶接見られるのかぁ、叱られるだろうなぁ。」

健は笑った、親父さんの怒鳴り声が今にも聞こえてきそうな気がした。

「ま、本当に助かりました、もう無茶はしないよ。」

「お互い親より先に死ぬわけに行かないもんね。」

タッちゃんは校門まで進むと大きく手を振って、夕暮れの街の中に消えてゆく、健はその後ろ姿を目で追った。

自分とは違う、バイクのある人生、それが目の前にある気がした。ただバイク乗りであるというだけではない、バイクの

「ある」人生だ。

「一件落着か。」

米原がゆっくりときびすを返した。

「さて・・・、あとはガスケットを注文しないと。」

「よろしくたのむわ。」

健は米原の後を追った、学校にはあと2時間ほど居られる、今日はバイクの与えてくれたこの快い友達と共に、ゆっくりして帰ろうと思った。

「悪いナ、それじゃ、乗るぜぇ!」

「ケンちゃんそのコンバット越前の真似やめてよ。」

「申し訳ない!」

「やめてったら!コケちゃうよ!」

カヤはケラケラと乾いた声を上げて笑った。

何度聞いてもこの真似は耐えられない、同じネタで何度も笑う奴は頭が悪いらしいというガセビアのせいで

最近笑うのを遠慮することが多くなった、ストレスが溜まる。

そうこうしている間に健はNSRのタンデムシートに腰掛けると、カヤの肩を叩いた。

「いいよ、出て。」

「右見て左見て・・・、Goグループ、レッツゴー!」

言うなり、カヤはNSRのスロットルを捻った、背中で健が笑いながらパワーバンドの加速に耐えている、ざまぁみそづけ。

「それにしても、今日ほど起承転結のない日も珍しいよな、なんか全てがうまくいっちゃってさ。」

「作者が馬鹿なんじゃ内燃機関部?」

「カヤ、お前何言ってんだ。」

「禁則事項に触れたので語尾をいじられたのよっちゃんいか!」

「・・・。」

「デジャブは過去が書き変えられた影響よ、気をつけて。」

「そうだな・・・、タッちゃんのフュージョン、無事に直って良かったな。」

「そうね・・・。」

喋ることがない、結構デカい事件が立て続けに起きているはずなのに、なんだか全然盛り上がらない。

「やっぱり、俺はまだただのバイクオタクなのかもなぁ。」

「そお?オタク度だったら、よっぽどあたしの方が高いと思うけど。」

「いや、そうじゃなくてさ。」

「じゃあ何がどうなったって言うのよ。」

やれやれ―、カヤお得意の

「何がどうなったって言うのよ」だ、これが来ると事態を位置から説明しなければならなくなり、自然と長話になる。

「だからさ、俺もはっきり分かんねーんだけど、なんか中途半端なんだよ。」

「はぁ?どういう事?」

「わかんねーかもなぁ、米原と喋ってるとよくこういう話になるんだけどさ。」

「うん、金ある?」

「え?」

「話し込むんだったら飯食いながらにしようよ、お腹減った。」

「ごめん無理。」

「うそぉ、仕方ないなぁ、お見舞いでなんかおごってやるよ、う〜、メシ!メシ!」



「何名様ですか」

サイゼリヤに入ると、サンゲリアに出てくるゾンビのような店員が、焦点の定まらない目で健にそう話しかけてきた。

「二人で!」

元気いっぱいに答えたのはカヤだ、金を払うのもカヤなのだからここは当然だろう

そう思いつつ、健はどことなくいつも感じているこのふがいなさが胸に沸いてくるのを感じていた。

「申し訳ございませんがただいま大変混み合っておりますので、そちらでお座りになってお待ち下さい。」

「ケンちゃんどうする?」

「待とうぜ。」

「じゃなくて、何食べる?遠慮しなくていいのヨ。」

いつの間にかメニューを手に入れたカヤの両手はドリンクバー以外のページを開けないようにしっかりとつかんでいる。

「じゃあね、チョコパフェ。」

「聞こえんなぁ」

「えー、チョコパフェたべたいよ。」

「でも、ここののみほ、スープも飲めるよ。」

「のみほにする。」

それが大嘘であったことは席についてカヤの口から聞くまで解らなかったが、健はさして気にはとめなかった

数分後、運ばれてきた料理にぱくつくカヤを眺めながら、健は物思いに浸っていた。

―家に帰ってから飯を食えばいいのに、お袋さん今日は居ないのかな?それにしてもいつ見ても食うの早いなコイツ

よく太らないもんだ、俺も最近ちょっと腹が気になり始めたし、ジョギングでも始めてみるか・・・。

「ケンちゃん、ガンマだけどさ。」

カヤは鼻にストローを差し込んで怪訝そうな顔をして自分を見つめる健がうっとうしくなって、言った。

「何?」

「ひょっとすると、フュエルコックとタンクのパッキンがバカになってるのかもしれない。」

「そうか。」

とだけ答えると、健はストローを鼻から抜いて駐輪場にあるNSRを眺めた。

綺麗にしているな―健は、目の前でスパゲティにむせているバイク乗りの娘と、NSRを重ね会わせた。

どうしてだろう、タッちゃんのフュージョンを正門で見送ってからというもの、胸のわだかまりが取れない

むしろこうやってカヤのNSRを眺めている今も、そのわだかまりは生まれ続けている。

―ガンマとNSR、フュージョンとガンマ、どうしてだ、やけにガンマがガキっぽく見える。訳はわからない。

「なんかさー、ガンマってガキっぽくない?」

「ぜんぜん。」

ポタージュの入ったパンを口元に運びながら、カヤはそれを一笑に付した。

「どうしてそんな風に思ったの?」

「いや、何となくっていうか。」

「そんなわけないね、ケンちゃんはそんな感覚的な人間じゃないよ。」

「じゃあ、どんな人間なんだ?」

「理屈っぽいね、どういう意味に捕らえるかはケンちゃん次第だけど。」

健はカヤの目を見た、その目でどんな風に自分を見ているのか、それがとても気になった。

「俺がそう感じるにのには、何か理由があるってことか?」

「そうだね、それもあんまりポジティブじゃない理由、まあ、少なくともこんな場所で、わたしに向かって喋ることは出来ないような理由だと思うな」

カヤはそう言って一呼吸置くと、全てを見透かしたように健を見つめた。

「ケンちゃん、ちょっとバイクから離れてみたら?」

「え?」

「ケンちゃんさ、最近、バイク以外になんかすることあるかい?」

「漫画読んで、あとは勉強かな、インターネットも使うよ・・・まあ、そう言うのを何もやってないって言うのかもしれないけど。」

ふーっとため息を一つ吐いて、カヤは背もたれに寄りかかった。

「・・・それなんだよね、私もそんな感じ。」

二人の間に流れていた重い雰囲気が、その一言でどこかへ行ってしまった、健も緊張が解けて、椅子に身を預ける。

「変化がないんだよな。」

「大人になれば、こういうのが懐かしくなるのかもしれないけど、そのまっただ中に居る身からしてみれば、退屈きわまりないよね、私も電車通学に切り替えようかな。」

「だめだめ、お前が電車で通ったら、送ってもらえなくなるじゃん。」

「なんだぁ、私、朝もケンちゃん送ってかなきゃいけないの?」

「うん、夢だったんだこういうの。」

「『ケンちゃーん、隣の幼なじみが迎えに来てるわよ、起きなさーい』ってか?」

「それそれ。」

「変態じゃん、引くよそれ。」

「中学の頃は俺漫研にいたんだぜ?しょうがないことだ、俺の学生生活は犠牲となったのだ。」

「自慢になってないから、むしろつじつますら合ってないっていうね、キィー。」

「あーやだやだ、オタクの内輪ネタだよ、漫研以来だよ。」

「あーあ、みんなどんな風に青春してるのかねえ。」

「うちの部の中で一番まっとうな青春を送ってるのはお前だよ、女王様。」

「男子二人ヨリドリミドリ、囲まれてるとはいえ、バイク乗り回してるだけじゃね、女の子の青春ってどんなんだろうなぁ。」

「でも、お前の周りの娘なんか、みんなお前の事うらやましがってるじゃん。」

「それがよくわかんないんだよね、うらやましがるぐらいなら自分でやればいいのにさ」

「そうはいってもな、女の子がバイク乗るって結構ハードル高いぜ?」

「まあそうだけどさ、憧れを憧れのまま終わらせられるってのも結構おめでたい考え方だと思わない?」

「どうして。」

「憧れはあるけど手が届かない、そんなフリをしてれば、努力したつもりになれるじゃん?バイクなんて好きでもないくせに。」

「それは言い過ぎなんじゃないか?それに、俺からいわせてもらえば女ってのはそんなもんさ。」

「それどういう意味よ。」

「ミーハーなのはいつの時代も女だろ?」

「うーん・・・、じゃあ私はどっちなのさ?」

「限りなく男に近い。」

そういうと、健はカヤから目をそらした、視線の行き着く先はNSRだ。

―そうだ、ひょっとすると、そういうことなのかもしれない。

「なあカヤ、一緒に電車通学しねえか?」

「どうしたの、藪から棒に。」

考えあぐねたような表情でおマヌケな提案を繰り出す健にカヤは困惑した、しかしその目におちゃらけた色はなく、本気のようだ

話を聞こう、カヤは二人分のお冷やを注文してから、おもむろにソファに座り直した。

「嫌?」

「別にいいけど、どうして?」

「バイクのこと以外をしゃべる時間が増えるんじゃないかなって思ってな、米原も誘おう。」

スカートの上から履いたライディングウェアのポケットがぶるぶると震えた

携帯に誰かから電話がかかってきたようだ、メールはバイブレーション3回、しかしもう5回も鳴っている。

「いいけど、面倒くさがり屋の米原が・・・ちょっと待って、その米原先生から電話だ、もしもし?」

『おう、ちょっと助けてくれない?今地蔵峠なんだけど、焼き付いちまったみたいなんだよ。』

「すごいタイミングいいじゃんまさはる!」

おいおい―、音が漏れて会話は丸聞こえだ、健は我が耳を疑った、相変わらずマイクからは米原の困り切った声が聞こえてくる。

「おい、助けにいかなきゃ。」

マイクの部分を押さえて耳打ちするカヤ、健の表情がゆるんだ。

「これで内燃機関部は全員電車通学だよ。」

それから事はとんとん拍子で進んだ、健のガンマを回収する足で地蔵峠から米原のRZを回収し

その日のうちに物部オートに集合した三人は、朝、何時の電車に乗るかを決めた

バイク通学が認められて初めてバイクで通学したあの日のように、三人ともはしゃいでいた。

また電車の中や教室、つまり部室以外ではお互いバイクの話をしない、という取り決めも出来た、期限は冬休みまで。

こんな内燃機関部らしからぬ取り決めがすんなり通ったのも

三人が三人とも、あまりにバイク漬けの日々を送っていたために、バイクという物に対して少したちの悪い慣れを感じていたからかもしれない。

「ペナルティはどうする?」

提案は米原、健は答えた。

「そうだな、その日は直行直帰ってのは?」

「それはちょっとやりすぎだろ、もっとジョークの効いたやつ、なんかない?」

「スクワット50回ってのは?海兵隊方式」

なるほど、それならば脚力もついてバイクも扱いやすくなる、一石二鳥だ、健と米原はカヤの提案に二つ返事で乗った。

「放課後、走りに行くときはどうする?」

「走りに行く日を決めようか?でも、ほぼ毎日走ってるもんね。」

「どっか集合場所決めようぜ?」

「峠食堂コーナーでいいんじゃない?」

「あそこか、あそこだったら他の連中もたまってるから、待ってる間に新しい知り合いができるかもしれない。」

そんなこんなで、二人はその日カヤの家に泊まった。

夜、健がトイレに起きると、階下のピットから音がする。

「カヤ?」

「いや、俺だよ。」

カヤの父、太一だった。

健たちと同じ尾道西高校出身で、高校に内燃機関部を立ち上げ初代部長になり、卒業してそのまま全日本のメカニックを受け持つショップに就職

彼の妻がカヤを身ごもったのを期に独立して今に至るという経歴を持っている。

「三人で盛り上がってたな、何を話してたんだ?」

「いや、最近バイクバイクしすぎてたんで、ちょっとバイクから離れてみようかな、なんて話をしてたんですけど。」

「へぇ、じゃあ、夜走りに行ったりはしないの?うちのが喜ぶよ。」

「いや、そういう訳じゃないんです、ただ、学校で部室にいるとき以外は、お互いバイクの話はしないようにしよう、って事になりました。」

「そうか・・・、ま、いいだろう、なんか飲むか?」

「おかまいなく。」

「ビールでいいな?」

「はぁ・・・。」

酒が入った。

健は今日起きたタッちゃんのフュージョンの事、それから、ガンマが急に子供っぽく思えてしまった事を太一に話した

どうして急にそう思うようになったのかが、よくわからないという事も。

太一はほほえみながら、まるで、自分の立ち上げた内燃機関部を四苦八苦して運営していた過去の自分をの苦労話を聞いているかのように、黙って健の言葉に頷いていた。

対する健は、さっきの盛り上がった会議で一時は忘れた、タッちゃんの件以来取れない胸のわだかまりの訳を、太一に話すことによって探ろうと必死だった。

何が、いったい何が自分の中でガンマのイメージを子供っぽい、まるで子供のお気に入りの消防車のミニカーのような存在にしてしまっているのだろうか。

健はもう何度目かわからない問いを、太一に投げかけていた。

「どうしてなんでしょうね?」

なれない酒で頭が朦朧としているせいか健の口をついて出る言葉は要領を得ない、しかし、太一はすべて解っていた、だからこそ、何も言うまいと思った。

「誰でもある事さ、今の自分はどこかヌけているんじゃないかってな、そういう風に思わなくなったらそいつはおしまいだよ・・・、そうだな、実は今日カヤがこんなものを持ってきてくれたんだ。」

太一は、おもむろにつなぎのポケットから、二枚のチケットを差し出した。

「因島にある水産大学の研究施設が週末、一般に開放してない施設を開放するんだ、下手な水族館よりおもしろくてためになるらしい、カヤといってこいや。」

「あ、どうも。」

「その代わりだ、カヤを後ろに乗っけて行け、いいな?」

「ええ、いいですよ・・・、ガンマのですか?」

「ああ、明日までに何とかしてやる、そのかわり液体ガスケットのモニタをやってくれ、ガスケットはそこまで劣化してなかったから、次のオーバーホールまではこれで間に合うだろう。」

「わ、わかりました。」

「じゃあもう今日は寝ろ、おじさんは明日は休みだから。」

酒で朦朧とした頭には、カヤをガンマの後ろに乗せる事がいったい何の解決になるのかいまいち解らなかったが

みんなの寝ている部屋に戻ると、そんなことはどうでもよくなってしまった、もうすぐ霜が降りようというのに腹を出して寝ているカヤに布団を掛けてやり、健は寝床についた。

朝早く、2ストロークエンジンのエグゾーストノートで目を覚ますと、カヤの部屋の窓の下でガンマが白い煙を吐いていた。

「おはよう、乗るか?」

「はい、一端うちに帰ります。」

健は制服を着ると、学生鞄をつかんで一目散に一階へ下りた、残りの二人はまだ寝ている、。

「工賃はいらない、そのかわりオドメーターが500回ったら、もう一度腰上開けさせてくれ、ガスケットは注文しておいたから。」

「解りました、それじゃあ、二人によろしく。」

「ああ、学校には遅れるなよ。」


夜明けの風が薄っぺらい制服を通り抜けて身を刺す、もう冬といっても差し支えない寒さだ

エアクリーナーからエンジンに入り込んだ冬は、エンジンをかけてから間もない間はシリンダーの中で傍若無人に振る舞いまともに走るのをじゃまする

でもそれも、長くもない距離を走れば終わり、エンジンは真夏を迎える。

すぐ近くをマフラーが通る右足がぽかぽかと暖かい、このままどこか遠くへ行きたくなるような気分だ

もったいない、この後電車に乗って学校に行かなければならないなんて!


それから家に帰り着くなり朝飯を食べ、学校に出かける時間になる頃には

健は昨日の会議はやはり気まぐれに引き起こした無駄なオチャラカではなかったことを知る。

ガンマを横目に眺めてから歩く駅までの道は、少なくともここ数週間

いや、数ヶ月間の間、一番バイクを愛おしく思える瞬間だったのだから。




「おはよう。」

予定通りの電車に乗ってきたカヤの首には、金属製ではない、防寒具のマフラーがあった

健は早速、長財布にしまい込んでいた二枚のチケットをカヤの目の前にかざす。

「行こうぜ、水族館、ガンマに乗って。」

「なるほど、これの事か。」

「なんだよ、ビクビクして損した。」

話はもう通っているようだ、健は悪しからぬ返事に安堵のため息をついて胸をなで下ろした

すかさずカヤが、その二枚のチケットのうち一枚を抜き取る。

「ケンちゃんが昨日言ってたガキっぽいっていうの、何となく解った気がする。」

「どうして。」

「オトコノコだったらやっぱり、誰かを乗せて走りたいもんね。」

「親父からの受け売り?」

「ま、そんなところかな。」

―そういう切り口だよ、「理屈っぽい俺」が求めていたのは。

バイクはA地点からB地点へ人を運ぶだけの移動手段ではない、最初からその課程を楽しむためにある乗り物だ。

その中でバイク乗りたちは仲間とふれあい、悩みを打ち明け家路につく、たとえそれが初めて出会った相手だったとしても。

「ちょっと違うんだよな、だけどまあ、そういうことにしとくか!」

そう微笑むカヤの唇には、見慣れない薄いピンクの口紅が映えていた。

―カヤは女だ。

「口紅じゃん。」

「母さんの借りたんだ。」

「これからもすれば?似合ってるよ?」

カヤの頬が唇よりもきれいな色に染まった、不思議と恥ずかしさはない。

「・・・学校行ったら二人でスクワット50回だね、あーあ、サーキット走ったらとうとう腹筋割れたし、足まで太くなっちゃう。」

「気にしない、気にしない。」

「『我が名はバイク乗り。』か、健ちゃんがバイク乗りでよかったよ。」

「お前、スクワット100回」

俺はカヤの脇腹をこづくと、声を出さないで笑った。




バイクは、いろんな理由で車より手のかかる乗り物だ、移動手段としても優れているとはいえない

だからこそバイク乗りは、かいがいしくバイクの面倒をみてやらなければならない。

しかし、何か困りごとがあってもバイク乗りにはバイク乗りという仲間がいる

バイク乗りの悩みはバイク乗りに相談すれば、すぐに解決する、そういう風にできているのだ。

おお、恋愛に逃げた。

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