ブランクという文字列
あなたは、後悔なく去ることができますか?
殺伐とした部屋、フローリングの上には、ベッドとテレビが置いてあるだけだ。真っ昼間なのにカーテンを締め切った部屋は、灯りはついておらず、唯一の光源は、ニュースを読み上げるアナウンサーが映るテレビだった。
オレはテレビを見つめながらポケットからクシャクシャになった煙草を取り出し、どこかの飲み屋の名前が入った使い捨てのライターで火を付ける。タールの重さや味なんてどうでもいい。何かに集中して、頭の中を空っぽにしたいだけだった。
テレビの中で、アナウンサーが言葉にならない叫びをあげている。もはや、報道する内容なんてどうでもいいらしい。カメラは明後日の方向を向き、スタジオの天井を映し出していた。
「あーあ」
誰かに向けてる訳ではないが、思わず言葉が漏れる。
テレビの映像は、天井を映したそのまま固定され音声はテレビ局のスタッフのものと思われるざわざわとした雑音しか流れていない。窓の外からは車が走り去る音が無情にも続くだけだった。
その時、シャツの胸ポケットの中で携帯電話が震える。
「もしもし・・・おお、久しぶり。」
オレは久しぶりに電話がかかってきた相手に若干の戸惑いを覚えながらも電話に出た。
「なんだ、こんな時にオレに連絡してきて・・・旦那いるんだろ?いいのか?」
『別にいいのよ・・・』
電話越に聞こえる女性の声は強がりながらも震えていた。
『あの人はこんな時でも会社なんだから。』
「そういっちゃいけねえよ。それで飯食わしてもらってんだろ?」
久しぶりに会話をする彼女は、自分の亭主をぶっきらぼうに卑下する。男の甲斐性は収入じゃなかったのかい?
『ええ・・・その点については感謝はしてるのよ。でも、最後の最後で裏切られた気分ね。』
「じゃあ、オレは初っ端から裏切られてる訳だ。」
笑いながら冗談を飛ばす。
『ホント男の人って、過去のことをグチグチと・・・』
彼女はため息混じりの説教を始める。やめてくれ。
「説教はあの世で聞くから今はやめてくれ。」
二本目の煙草に火を付けながらオレは言った。
「それに、そこまで言うなら旦那の会社について行ってやれ。なあに、どうせその会社のトップもどうにもならないって分かってんだ。現実逃避でみんなで忙しく仕事してるだけだよ。」
『そうかもね・・・ワタシもつくづくしょうもない女なのよ。こんな時、あの人になんて言ってあげればいいのかすら分からないんだから。』
「自信持ちな、お前が選んだ男で旦那が選んだお前なんだ。何いっても大丈夫さ。」
携帯電話の前で苦笑いするオレは、部屋のカーテンを開ける。眩しい光と共にオレの目に飛び込んできた光景を脳裏に焼き付け、再びカーテンを閉めた。
「まぁ、お前の声が聞けて安心したよ。早い内に旦那に連絡取るんだな。」
『ええ、そうするわ。』
オレがそういうと、彼女は涙混じりの声で同意した。
「じゃあ、幸せにやれよ。」
通話を切り、携帯電話の電源を落とす。オレはタバコを灰皿に押し付けて、テレビのチャンネルを変え、唯一映像が流れている局で画面を固定する。
「ああ、最後に声を聞けてよかった・・・」
音声を発しないような小さい声でそうつぶやく。
もっとやりたいことやっときゃよかった。後悔することは枯れることなく、心の底から湧き続けているが、後の祭りだ。
カーテンの隙間から閃光が差し込み、轟音が聞こえる。オレは五年前、最期に見た彼女の姿を思い浮かべた。
真っ白な光と共に、人類、地球の歴史の終焉に立ち会ったオレは、幸せだったのかもしれない。
未練しかないから私はまだ死ねません。