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ルナside
最近お姉さまは忙しいらしい。
王子と結婚してからというもの気軽には会えないが2~3日に一度くらいは会えたというのに、いつ行っても忙しそうで……。
そんなに忙しくしているといつか体を壊してしまう。どうにかして休んでほしいと思ってチェリータルトを焼いた。
お姉さまが大好きなお菓子。ルナの焼いたチェリータルトが一番おいしいと言って食べてくれる。
タルトを持ってお姉さまと一緒にお茶をしよう。忙しいのかもしれないが少しでも休んでくれればいいのだが……。
そして、私は城へ向かった。
「ルナ様、こんにちは」
「こんにちは、門番さん」
城は厳重な警備があるのだけど、私は顔パスだ。
お姉さまに会いに何度も訪ねていたら門番の方が顔を覚えてくれて、アポイントなしでも入ることができるようになった。
お姉さまもいつでもきていいのよと言ってくれた。
だから、私はアポイントも取らずに城に来た。
「エル様の元へ行くのですよね? 少しお待ちいただけますか? 誰か呼んできますので」
そういってくれたが、周りを見渡すとみんな忙しそうで頼めるような雰囲気ではなかった。
「いいですよ。道順なら覚えていますから」
「ですが……」
「姉さまを驚かせたいの」
そういって私はタルトの入った籠を門番に見えるように掲げた。
「そうですか」
別に驚かせたいわけではないが、私が来ると知ったら姉さまは気を使ってしまうだろうから。それに人の仕事の邪魔なんてしたくないから、納得してくれてよかった。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
門番にぺこりとお辞儀をして私は城へ入っていった。
お姉さまの部屋は3階の突き当りの部屋。王子の部屋の隣に位置している。
不審者が王家のもののところまで侵入するまでの時間を稼ぐために、王家にかかわる人の部屋までたどり着くまでにとても時間がかかる。
お姉さまの部屋に着くまでだって、入ってから10分以上はかかるのだ。
1階から2階まで行くための階段と2階から3階まで行くための階段はつながってないためその階段まで移動しなくてはならない。
3階に上がるための階段はこの角を曲がったところにある。
そう思った時だった。奥の方から声が聞こえた。
「ルーカスさん、この前の夜会でご令嬢方に言い寄られていたらしいですよ。結婚しても全く減らないどころか増えているんですからさすがですよね」
「まあ、相手が氷の姫なら勝ち目はなくとも死に神なら勝てると思ったんでしょう」
氷の姫? 死神? なんのことだろうか
「氷の姫はきついが綺麗な女性だけど、死に神なんて気持ちが悪いだけじゃないですか。あの銀色の髪に銀色の目。なんでも見た者の魂を抜き取るのだとか」
「ああ、おっかない。いくらあの氷の姫の妹とはいえあんなやつで妥協することなんかなかっただろうに」
「噂ではランドール家の前当主との約束があったから仕方なく結婚したのだとか……。それさえなければ今頃他のご令嬢と結婚されているでしょうね」
「だからって死に神なんかを……な」
「一度結婚したのですから離縁してしまえばいいのに」
「あの方はお優しいからできないのだろう」
「ああ」
銀色の髪に銀色の目。
私は自分の髪を一房とってみた。私の自慢の髪。
自分では見えないけれどこの銀色の目も私の自慢だ。
私の髪の色も目の色もお姉さまやお兄様、お父様とは違うと泣いていた時にお父様が教えてくれた。この髪の色も目の色もお母様と同じ色なのだと。
私が幼いころに亡くなってしまったから覚えてはいないが、お母様と同じだと聞いて胸のあたりが温かくなったことを今でも覚えている。
私がお母様からもらったもの。
私はお姉さまみたいにきれいではないし、お兄様みたいに賢くもない。
そんな私が彼らと家族だと言えるのはこの銀色の髪と銀色の目があるから。
それ以外、私に彼らと家族だと胸を張って言えるものなんて何もない。
だが、それは気持ちの悪いものなのだと。
あの時、私が彼を縛り付けたから。
あの時、自分があんなこと言い出さなければ彼らが言うようにルーカス様は他の令嬢と結婚することができたのだろう。
自分の気持ちしか考えていなかった。
私のせいで彼の未来を奪った。彼が他の方と結ばれるはずの未来を。
ルーカス様だけではない。
きっとお姉さまにだって迷惑をかけてしまっている。
彼らの言う通り私は気持ちの悪い存在なのだろう。
それなのにお姉さまの元を何度も訪ねたりして。最近お忙しいように見えたのはもしかしたら私に会いたくなんてないから避けていただけなのかもしれない。
私がお姉さまのご都合を考えないで訪ねていったから。
お姉さまは結婚して王家の方となったのに。私とはもう身分が違うのに今までのように接してしまったのは迷惑だったのかもしれない。
帰ろう。
そして私が振り返ったとき、一人の男性とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ。ってルナ?」
「お兄様!?」
ここにいるということはお兄様にも彼らの話が聞こえてしまっているかもしれない。
聞いてほしくなかった。
私が悪く言われているのを聞いて、ランドール家が侮辱されていると思うかもしれない。
何も言わないで。どうかわたしを嫌わないで。
ルーカス様やお姉さまに嫌われているかもしれないのに、お兄様にも嫌われてしまったら私は……。
「ルナ、今帰り? もしよかったら俺の馬車に乗っていかないか?」
「え、はい」
お姉さまのもとに行くつもりだったのだけど、あんな話を聞いた後にお姉さまのもとに行く勇気はなかった。
私は臆病者だから。
私は城の中に停めてあったランドール家の馬車に乗り込んだ。
「ルナ、その美味しそうな香りのするものは何?」
そういってお兄様は私の持っている籠を指さした。
お姉さまに食べてもらうはずだったタルトの入った籠を。
「えっと……」
何といえばいいのか。そう考えているとお兄様が私の籠を取り上げた。
「タルトだね。中身は?」
「チェリーです」
「お土産にもらったの?」
「いえ」
「ルナの手作り? もらってもいい?」
「ええ、もちろんですわ」
賢いお兄様はきっとわかっているのだろう。これがお姉さまに渡すはずだったものであることを。
きっと先ほどの話も聞いていたのだろう。
聞いていて、知っていて、知らないふりをしてくれている。
お兄様は優しいから。私みたいな臆病者にも優しくしてくれている。
何の価値のない、何の役にも立てない私に。
迷惑ばかりかけている私に。
その後のことはあまり良く覚えていない。
お兄様が家まで送っていってくれたのだろう。気付いたら自分の部屋にいた。
必要なもの以外何もない。
ほとんど色のないこの部屋で、色を持つのはお姉様からの贈り物だけ。
自分のものに色はない。
いつも過ごしている部屋なのに何故かむなしくなった。
何もない自分を表しているような気がしてならなかった。
私は今日もルーカス様を出迎えて食事を共にしてこの部屋に戻ってくる。
ルーカス様と一緒にいることができて満たされているような気になっている。
しかし、部屋に戻るとそうでないことをまざまざと見せつけられているような気がした。
そう、私は代替品。
彼の望んでいる人ではないのだ。