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エルside
最近、忙しくて全くルナに会えていない。
ただでさえ結婚してしまってから会う頻度はがくんと減ったというのに最近はなおさらだ。
でもそれは仕方のないことだ。何といっても1か月後にはルナの誕生日が迫っている。
私の大切なルナがこの世に生を受けた日。誕生日というよりは生誕祭といった方が正しいのかもしれない。
私にとって1年で最も大切な日。
その日に向けて私はいろいろと準備をしなくてはならない。
ルナに会えない日が続くのは寂しいがルナの誕生日は盛大に祝わなくてはならない。
今年は例年よりも盛大に。
だから、もう少しの我慢だ。
ルナに何を贈るべきなのか。
私は毎年とても悩む。
何といってもあのルナだ。あの素晴らしく美しい我が妹。
何でも似合うのだろう。
私は悩みに悩みぬいて、1着のドレスを贈ることにした。
最高の1着を。
何度も針子たちと話し合って試行錯誤を重ね、私がルナの結婚式の時に選んだウエディングドレスを超えるほどのドレスを用意することができたのではないかと自負している。
真っ白な髪をもつルナにふさわしいのはやはり純白のドレス。
ウエディングドレスはどちらかというとシンプルなものに仕上げた。
だが、今回のドレスは上品なドレスにすることにした。
ドレスのところどころに花の刺繍をあしらってある。
ルナの魅力を失わないようにさりげなく。だが大胆に。
このドレスを身に纏ったルナはきっと女神のように美しいのでしょう。
ああ、早く見てみたいわ。
だが、この服をルナが身に纏うとき私がその場にいてはルナの美しさを損ねてしまうのではないだろうか。
美しいルナの隣に立つにふさわしい恰好をしなくては……。
そうして私は自分の服を見繕うことにしたのだが、なかなか思い浮かばない。
侍女たちは綺麗だと言ってくれるが、こんなのではいけない。
ルナの美しさを損ねてしまう。
もしかしたら、私は美しい彼女の隣に立つにふさわしくないのかもしれない。
そう思うと私の気持ちは沈んでいった。
ルナに会えない日が続き、ルナの隣に立つにふさわしい服すら思い浮かばないなんて……。
そんな中、私よりも暗い顔をしたルーカスを見かけた。
ルーカスは城に勤務しているが、私たちが顔を合わせることはめったにない。
マイクによるとルーカスの仕事量は文官たちと比べて3倍以上あるらしい。それなのに、定時で帰宅しようとするものだから、とても忙しいのだとか。
毎日ルナと顔を合わせている彼が、私よりも暗い顔をしているのが気に入らなくて、その理由が気になって私は彼に声をかけることにした。
「ルーカス、ルナの誕生日が迫っているというのに暗い顔しているわね」
「ああ、エル」
返事に気力が感じられないどころかどことなく不満そうな声だ。
「何よ。不満そうな顔して」
「そういえばルナがエルは最近忙しいって言ってたけど……」
いきなりなんなのかよくわからないが、ルナが私のことを気にかけてくれているなんてとても嬉しい。
「忙しいわ。とっても忙しい! 身体がもう一つ、いや三つは欲しいくらいよ」
「そんなに忙しいのか?」
「ええ。ルナの誕生日が間近に迫っているのにルナへのプレゼントを決めかねていたの。やっとプレゼントは決まったのだけれど、どんな服を着ていくか迷っていてね」
「服? そんなに重要か?」
「重要よ! ルナの誕生日は年に1度しか来ないのよ?」
当たり前じゃない。ルナの隣に立つのに適当な服ではいけないわ。
私はルーカスの言葉にイラつきながらも、以前から気になっていることを聞いてみた。
「で、ルーカスはルナへのプレゼント決まったの?」
ルナの誕生日を祝うようにくぎを刺してからもう2週間以上は経過している。
もうすでに用意はしてあるのだろうが、どんなものを選んだのか気になる。
なにせ彼は私に贈り物なんてしたことがなかったのだ。
元婚約者である私に贈り物をしたこともないのだ。きっと誰かに贈り物をしたことがないのではないか。
ルーカスがルナに贈り物ができるのか少し不安だったのだ。
「まだだ」
「は? 残り1週間もないのよ? 何してるの!」
なんでもっと早く言わないのよ。
というか私が聞かなかったらどうするつもりだったのかが気になるがそんなことは今気にしている場合ではない。
「どこへ連れて行く気だ」
「決まっているでしょ、ルナのプレゼントを探しに行くのよ。私も手伝うから」
残り1週間しかないのだから、贈れるものは限られてくる。
オーダーメイドは諦めた方がいいだろう。
私がルナに贈るためのドレスの構想は半年以上前から練り続けたのだ。
オーダーメイドはこの世で一つしかないものを作り出すことができるがその分時間がかかる。
ルナの誕生日に間に合わせるためには出来合いのものを贈るしかないのだろう。
出来合いのものといっても1点ものやアレンジが加えられるものなどもある。
さっそく私はルーカスを連れて宝飾店へ来た。
私の御用達。1点ものを多く取り扱っており、何より店主のセンスがいい。
私もこの店でルナへのプレゼントを何度も選んだことがある。
「これはどうかしら」
この宝石の美しさ。ルナの首元に飾ったら綺麗でしょうね。
「なあ、エル」
「何よ」
今、いいところなのだけれど……。
「わざわざ宝飾店に来る意味あるか? 宝飾品だったら家に呼べばいいんじゃ……」
「家にはルナがいるでしょ。まさかあんたルナの目の前で買う気?」
「ルナへのプレゼントなんだからそれでいいんじゃ」
こいつはバカなのだろうか。
「わかってないわね。プレゼントは相手のことを考えて選ぶものよ。なのに本人の前で選ぶなんて……。ナンセンスね」
バカというよりは贈り物をしたことがなくてよくわからないといったところかしら。
全く手のかかる義弟だこと。
「それに店の者が持ってくるものが必ずしもルナに似合うとは言えないもの」
いくらセンスがいいとはいえ、そのものに対して感じるイメージというものは違う。
足を運べるのであれば自分で見るのが一番なのだ。
特に今回のように時間がないのであれば余計だ。
「で、さっきからエルも選んでいるように見えるんだが」
「一期一会なの。来た時に見とかないとルナにぴったりのものを見逃してしまうかもしれないじゃない」
何を当たり前のことを言うのだ。
それに私が選んでも意味がない。ルーカスが贈るものなのだからルーカスが選ばなくては。私が贈るよりもルーカスが贈ったほうがきっとルナも喜ぶのだから……
「これは……」
「どうしたの?」
しばらくしてからルーカスが声をあげた。
「これはいいんじゃないか」
「これって……。本当にこれを渡すつもりなの?」
「ああ、ルナにきっと似合うだろうな」
「そう……。そうね。きっと似合うわ」
ルーカスは愛おしいものを見るようにその宝飾品を見ていた。
きっとそれを身につけたルナは一層輝きを増すのだろう。
私が贈るものではそれには勝てないだろう。
分かっていたはずなのに。
改めて私では彼には勝てないのだと思い知らされた。