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結婚してから初めてのルナの誕生日。
宰相にしか処理できない事案が発生したのだと、その日のうちに処理をするようにと……。
いつもは定時で帰れるはずなのに、その日帰宅できたのは日をまたいだとき。既にルナの誕生日は終わっていたのだ。
そして、先日の結婚記念日。しっかりと定時に帰ることができた。が、勇気を出すことができなかった。
ルナは覚えていないだろうと思うと一人で浮かれるなんてできなかった。
拒絶されることが怖かった。
だが、今度こそは!
1週間後はルナの誕生日。
ルナが俺のことを好きでなくとも、誕生日を祝われて嫌な気はしないはずだ。
多分……。そうだと思いたい。
結婚してからもう1年経った。
いくらランドール家のためと初めから割り切っていたとしても、俺と夫婦でいることがつらくなってきたのではないか。
日に日に増していく不安感。
今回のルナの誕生日を逃したら……。
きっと俺はもう祝えない気がする。何か言い訳してきっとルナから逃げ続けるだろう。
ルナを手放す気なんてない癖に。
俺がルナの誕生日を祝うと決めたきっかけは1か月前、マイク王子夫婦に呼び出されたことがきっかけだった。
「「ねえ、この前の結婚記念日どうだった?」」
それはもう興味津々といった目をした二人が俺に聞いてきた。
こんな二人にはとても言いづらい。
何もできなかったなんて言い出せる雰囲気ではない。
だが、王子は何故か昔から俺に関することには勘がよく働く。王子に嘘なんてついたところですぐばれてしまうことなど目に見えている。
「いつも通りですよ」
嘘ではない。
「君にとってはルナとの生活は毎日が記念日だと?」
「わかる、わかるわ。ルナと一緒にいられるなんてそれだけで幸せよね。毎日お祝いしてもいいくらいだわ」
エルはともかく王子は分かっているのだろう。
分かっていて俺の口から言わせようとしている。
「何もしていません」
「できなかったんじゃなくて?」
「っ、できませんでした!」
「はー、やっぱりね。なにも用意してない割に定時通りに帰った時点でおかしいと思ったよ。だから、早く帰りなよって言ったのに」
王子は心底呆れたとばかりに深いため息をついた。
なぜ王子が俺が何も用意していなかったのか知っているのかは聞くと面倒なのでスルーしよう。
ルナのほうは……
怖くて見れない。
さきほどから黙り続けるエルをみるなんてそんな勇気、俺にはない。
あったら俺は今日彼らに呼び出されていなかったであろう。
「……ルーカス?」
「……」
地を這うような声が俺の名を呼んでいる気がする。
気のせいだと思いたい。
「無視するな! ルーカス!」
「はい!」
王子の妻とは思えない言葉遣い。
だが、迫力は王妃にすら引けを取らないだろう。
エルはそれほどにまで怒っていたのだ。
怖いが無視する方が怖いので、俺は諦めてエルのほうに向いた。
「ルーカス?」
予想していたよりもはるかに怖い顔でエルはこちらを見ていた。
昔、ルナと一緒にいた時も殺気に満ちた目で見られていたが、今のエルの目はその時以上。今のエルなら視線だけで人を殺すこともできるだろう。
その後、俺はエルの説教を6時間以上聞き続けることとなったのだった。