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7-6

「エルとカーティスは客間で……宰相様はカッツェと同じ部屋でいいな?」

 ヒューイがなんて事なしに言った言葉に「え!?」と二つの驚きの声が重なった。


「え、ルーカス様となんて……そんな……」

「ルナと二人きりなんて……」

 恥ずかしがる二人にヒューイは最後の締めとばかりに「他に部屋ねぇから」と付け加えた。


 そして酒で酔いつぶれた者たちにルーシィとブルックとともに水を飲ませていく。それからあっと何かを思い出したかのように振り向くとニンマリと口角を上げて食堂から去ろうとするルナの耳元に口を寄せた。


「明日、楽しみにしてろよ!」

 それだけ伝えて、再びブルックたちの元へと帰って行き、誰から部屋に運んでいくかの相談をし始めた。

 これではそれがどういう意味なのか聞けるはずもない。

 ルナは振り返り、部屋を目指そうとすると目の前にルーカスの顔があった。


「どうかしたか?」

「い、いえ、何も、なんでもないです」

 今晩ルーカスと同じ部屋で眠るのだと思い出し、顔が赤く染まる。夫婦であった期間こそ長いものの、同じ部屋で寝るなんて初めての経験なのだ。

 もうすっかりルナの部屋へと化した場所へ戻るとルーカスもルナと同じように恥ずかしくなったのか口をつぐんだ。が、やがて流れる沈黙に居心地が悪くなり、ルナは口を開いた。

「……ルーカス様、お仕事は?」

 あまり会話という会話をしてこなかったせいか絞り出す会話が事務的なものになってしまう。

「カイルに数日休みはとっておいたって耳打ちされた」

「そう……ですか」


 そして長くは続かなかったことに落胆したルナにルーカスも何か話そうと「……ルナ!」とルナの名前を呼びかけたもののやはり話すことなど浮かばなかった。

「……何でもない。寝るか……」

「は、はい」


 初めての見たときの印象と変わらず、大きなベッドは大人二人が寝てもまだまだ余裕がある。

 そんなベッドに真ん中に狭間を作って寝転がった二人ではあるが、あまりの緊張からなかなか寝付けなかった。


 ルナは『ルーカス様が寝たら……』とルーカスは『ルナの寝息が聞こえたら……』と互いに寝るタイミングを逃し続け、一睡もできぬまま二人は朝を迎えたのだった。



 ***

「おはよう!いい天気ね!」

 ノックもなしにバンっと勢いよく扉を開いたのはエルだった。それに続いて何やらたくさんの手荷物をもったミレーとルーシィが続く。


「ルーカスはさっさとでて行きなさい」

 スタスタとベッドまでやって来たエルはルーカスを引っ張り出すとドアの前で待機していたブルックとカイルに引き渡した。


「さあて、ルナ。お着替えしましょ!」

 エルの言葉を皮切りに、ミレーは手の中にある包みに丁寧に包まれたドレスを、そしてルーシィはエルが持参したのであろうメイクアップ道具一式を広げ始めた。

 息のあった三人はテキパキと着せ替え人形のようになったルナを着飾らせていく。

 それが終わるのなんてあっという間で気づけば、三人は一仕事終えたようにふーっと息を漏らしてはお互いに顔を見合わせた。


「綺麗ね」

「ええ、本当に」

「結婚式みたい……」


 自らには過ぎた賛辞を贈られ続け恥ずかしくなったのかルナであったが、確かに着せられたドレスは『綺麗』、その一言に尽きた。

 白地のドレスのいたるところに、トーンの違う白の刺繍糸で花の形の刺繍があしらわれていた。

 それは今までルナの着たドレスよりも、一年前の結婚式でのウエディングドレスよりも美しかった。

 まさにルナのために仕立て上げられた一品と言っても過言ではなかった。


「さてと、行きましょうか、ルナ」

 エルがエスコートするように手を差し出すと、ルナはそれに手を乗せた。ぎゅっと握られたそれを見つめるとエルは嬉しそうに笑みで返す。


「エル様、私も、私も」

 そんな二人を見たルーシィは羨ましそうに見つめてから、やがてエルに自分もそれがしたいとねだり始めた。


「そうね、ルーシィはそっちを持ってあげて」

「なら私はベールを持つわ」

 右手はエルに、左手はルーシィに包まれて、レースで精巧に編み込まれたベールを汚れないようにとミレーが抱えた。


 手を引く二人はいつもの集合場所の食堂を無視してドンドンと迷いなく進んでいく。外へ出ると屋敷の裏へと回っていった。

 そしてそこでルナの目の前に広がったのは一面に広がる薔薇だった。


「綺麗……」

 一面に咲き誇る白と赤の薔薇は綺麗なコントラストを作り出している。


「ルナ……綺麗だ」

 薔薇に見惚れているとルーカスがルナたちの元へとやってきた。

 エルたちにかけられた言葉と同じだがルーカスに言われると全く別の言葉のような気がしてならない。

「え、っと……その……」


『ありがとうございます』とかけられたお世辞にただそれだけを返せばいい。だがルナにはそれができなかった。

 いつもとは違い、真っ白なタキシードに身を包むルーカスを見つめていると、顔は真っ赤に染まり、ろくに言葉も出ないのだ。

 するとルナの代わりにエルがルーカスの言葉を打ち返す。


「あったりまえでしょ? ルナはいつも綺麗で美しく、誰よりも輝いているのよ!」


「……エル。今日の主役はルーカスとルナだから」

 自分のことのように胸を張るエルをミレーとルーシィとで引っ張っていった。

 残されたルナはルーカスの隣で火照ってた顔を隠すようにうつむいた。


 頬に手を当てて顔に集まった熱が早く冷めてと願っていると前方からごほんとわざとらしい咳払いが聞こえてきた。

 すると音の方向にはバラで囲まれた庭の、小さなベルの下には正装でスーツをぴっしりと決め込んだヒューイがいた。


 そして大きく手を叩いてから「始めるぞ」と合図するとざわめきは収まった。

 するとあちこちからグラスを持った男達がやってきて、半分ほど飲み物が入ったそれを渡していく。


「それでは……ルナ、誕生日おめでとう!」

「おめでとう」

「え?」

 ルナとルーカスだけが取り残され、他のみんなはグラスに入った酒やジュース、そして用意された軽食を楽しみだした。


 昨夜と違うのは、皆どこかこちらをチラチラとみているところだろうか。

 雰囲気について行けずにチビチビとグラスに口をつけるルナたちの姿を見ては、そらしを続けている。


 そんな二人のもとにズンズンと何か苛立ちながらやってきたのは、エルだ。ルーカスをルナの元から引き離し、なにやら耳打ちして、脇腹を小突いている。


 今までのルナならそれだけでも不安になっただろう。

 だが昨日もらった言葉がルナにはある。だからもう不安にはならない。


「早く渡しなさいよ」

「……っ、今渡そうとしていたんだ!」

「ならいいわ」


 エルは言いたいことを言い終わったのか「ルナ、また後でね」と手を振って、ミレー達の元へ去っていった。


 ルーカスはグラスに残っていた酒を煽って、近くにあった机に勢いよく置いた。そしてルナの元に戻ってきて、あるものを差し出した。

 見覚えのあるアクセサリーケース。


 あの日、バラとともに送られてきたものと同じだ。


「もし、もし嫌じゃなかったらもらってほしい!」

「え?」

「いや、一回返されたものだし、気に入らなかったら違うものをプレゼントする…………だがつけなくてもいいから、受け取ってほしいんだ……」

 次第に弱くなる声はルナがずっと見つめていた大きな背中のルーカスからは到底想像もつかない。

 だがそれは本心だと思えた。


 私はまだ知らないことがたくさんあるのね。


 ルーカスが差し出したケースに手を伸ばし、手に乗せて開いた。


「イヤリング?」

「ああ。ルナが今のイヤリングを大切にしているのは昨日、カーティスさんから聞いたし……無理にとは言わない。持っていてくれるだけで構わないんだ」


 ルナは二つ並んだそれの一つだけを手にとった。右についていたグレンからもらったイヤリングをとり、代わりに新しいイヤリングをつける。


 左にはグレンからもらった家族の証を、右にはルーカスからもらった愛の証を。


 左右で揺れる色の違う石に挟まれたルナは永遠に枯れることのない愛を感じて笑みがこぼれた。


 ルナの笑みは庭中に伝導していく。

 誰もが笑う。

 そこにある愛を抱きながら。


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