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7-5

「良かったなぁ、カッツェ」

「ほら、祝いだ、祝い」

「酒もってこい」

 ルナの頭の上では野太い声が飛び交った。それはいつかの泣きながら酒盛りをしていた男達だった。

 今日も彼らの顔は涙で汚れてしまっている。けれどあの日とは違って晴れやかだ。


「はいはい」

「飯もありったけもってこい」

 涙を惜しげもなく流す彼らの周りには同じように顔を濡らす男達が次々と手に様々なものを持って集まってくる。


 あるものは酒瓶を。

 あるものはいつのまにか用意されていた、まだ温かい肉と野菜を炒めたものを。

 あるものはチーズを。


 持ってきては口に放り込む。


「祝いだ、祝い。娘の祝いだ。出し惜しみなんかするんじゃねえぞ!」

「当然だ」


 机の上にあるものがなくなるたびに男達は叫び、また机を離れては新たなものを持ってくる。

 そんな姿をルナは涙を流しながら私の居場所はこんなにも暖かいのだと見つめていた。

 すぐ近くで佇むルーカスの顔は何が起きたのだかわからないといった様子であった。そしてルナの顔をじっと見て状況の説明を求める。

 それはそうだろう。


 ルナは彼らが気を使ってくれているのだとわかるが、ルーカスにとって彼らはまだ誘拐犯のままだ。そんな彼らがいきなり誘拐した相手と身代金を要求した相手を放置して酒盛りを始めたのだ。


「ルナ、彼らは一体なんなんだ?」

「彼らは私の家族です」

「え?」

「大事な、私の居場所です」

 ルナは笑った。

 彼らと同じように、心の中に満たされて行く幸せを噛み締めながら。


 するとキィっとドアを開く音が部屋に響いた。

「なあにもう終わっちゃったの?」

 聞こえてくる声はエルの発した声だった。

 なぜここに……。

 ルナがそう尋ねるよりも早くヒューイがエルに向けて言葉を放った。


「遅かったな。んで約束のものは持ってきたか?」

「ええ。だってそれがこのパーティーへの参加条件ですもの」

 どうやら知り合いらしい二人は、ルナにはわからない会話を交わして、そしてエルはルナの方へとゆっくりと歩み寄った。


「ルナ」

「……エル、様」

 お姉様と呼んでもいいのか迷ったルナはエル様と呼んだ。

 拒まれないと分かっていても口にするのが怖かったのだ。


 だがそう呼ばれたエルの顔は拒絶されたように絶望へと変わる。

「ルナ、エル様なんて呼ばないで? いつもみたいにお姉様って呼んで?」

 震える手で肩を掴む手は弱かった。


「お姉様」

「なあに? ルナ?」

「私はお姉様の妹でいてもいいのでしょうか?」

 確認をしたかった。思い込みではないことを。しっかりとこの耳で聞いて、理解したかった。


「……そんな悲しいこと聞かないで? あなたは私の妹で、ランドール家こそがあなたの居場所よ?」

「お姉様……」

 そう言ってくれたことが嬉しくて、エルに抱きつこうと手を伸ばすとルナはいきなりエルから引き離された。


 二人の間にルーカスが割って入ったのだ。


「……ちょっと待て、エル」

「何よ?」

「一応確認しておきたいんだが、ルナは俺の嫁だぞ?」

「ええわかっているわ。あなたこそわかっているの? 嫁に出したとはいえルナは私の妹という事実は変わらないわ。ルナ、ルーカスに飽きたらいつでも姉さまのもとに帰ってきてもいいのよ?」


 揉めている二人を見ているルナの後ろからはヒューイとカーティス、そしてなぜか門番のカイルが姿を現した。


「カッツェ。いっぱいメシ用意してあんだから好きなの食えよ」

「え、ええ」

「ヒューイ。もうこの子は俺の妹のルナだ」

「違うぞ。ここにいる限りこの子はカッツェだ。なあ、カッツェ」

「ええっと……」

 ヒューイとカーティスも、エルとルーカスのように揉め出すとカイルが二人の仲裁に入った。


「2人とも独占欲を変なところで発揮しないでください。ルナ様でもあり、カッツェでもあるんですから」

「あなたは……門番さん」

「こんばんはカッツェそしてルナ様。今の俺はもう門番ではないので、カイルかビーと呼んでくれますか?」


『ビー』――その名を聞いて彼がこの場所にいる理由を理解した。

 彼こそがルナを拾って、そしてこの場所へと導いてくれた張本人なのだ。


「カイルさん……あなたが私を、何とお礼を言えばいいのか……」

「もう十何年も前の話ですけどね……」

 遠慮がちに笑うカイルにルナは深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。私に家族をくれて」

 感謝しても感謝しきれなかった。

 彼がいなければカッツェとしても、ルナとしてもこの場所にいることはなかったのだから。


「おいカイル、お前何気にルナに手を出すのは止めろ!」

 エルと揉めることを一時中断したルーカスは今度はカイルへと絡む対象を移行した。


「何いっているんですか、ルーカス様。彼女は俺の家族ですよ?」

 それを面白がって返す。その半分はルナへと向けた、優しい言葉だった。


「ルーカス、辞めなさい。彼には勝てないわ」

「は?」

「悔しいけど、私たちはひたすらに彼に感謝することしかできないのよ……」

 どうやら全てを知っているらしいエルはルーカスの肩に手を乗せて諦めモードで諌めると、カイルはルナへと向き直った。


「あまり独占していると他の方に悪いので、あと一言だけ。……どうかこれからもお幸せに」

 その言葉を最後にカイルは男たちの群れへと向かっていった。

 男たちはカイルを受け入れ、そしていつものように皿にたくさんのご飯を乗せた。


 ヒューイとカーティスは部屋の真ん中で未だに揉めていた。

「ヒューイは昔から大雑把で、大体カイルのことだってな……」

「言い忘れってもんがあるだろうよ!」

 だがそれは昔話に花を咲かせる旧友のそれとどこか似ていて見ていて微笑ましいものがあった。



 明るかった外の景色はいつの間にか色を変え、そして突然始まった宴会はヒューイの「解散!」という声で終わりを告げた。


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