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7-3

 どこから話すべきか……。

 ややこしいが初めから話すか、それが一番わかりやすいだろ。


 グレン様は、あの人は昔から何の執着もなく、機械のようにただ役割をこなすためだけに生きているようなそんな人だった。それが自分の『役割』ならばどんなことでも顔色一つ変えずに行った。

 そして人はいつからか『死に神』――彼をそう呼び始めた。


 俺は昔からグレン様のもとにいたわけじゃない。昔は、傭兵をしていたんだ。意外か? 今ではそうそう剣を振るうようなことはないが、これでも結構強かったんだぜ?だが、ある日一番信用していたやつに裏切られたんだ。そいつは金のために俺を売った。そう気づいた時には周りを何十もの傭兵に囲まれていた。何とか逃げ切った俺だったが、それからめっきり人が信じられなくなった。

 そしてそれからやってくる仕事は端から受けては剣を振るった。

 騎士のように正義のためでもなければ、他の傭兵のように金のためでもない。ただただ身体を動かしていなければ何かに八つ当たりをしてしまいそうで怖かったんだ。


 そんな時にグレン様と出会った。

「目的もなく剣をふるうなら、その力、私のために使え」

 戦うことで人から目を背けていた俺にグレン様は無表情のまま言ったんだ。


「お前みたいなやつがこんなところで時間をつぶしているなんて勿体ない」

 そういって細腕で近場に置きっぱなしになっていた錆びれた剣で俺を下した。

 手も足も出なくて……完敗だった。

 負けたのに傷一つつかなかった俺は、この人なら信用できる、そう直感で感じた。

 そしてグレン様は俺をランドール家の下男として雇った。今でこそそこそこのことはできるが昔は普通の使用人たちみたいに掃除なんかはうまくなかった。それでもグレン様は表情一つ変えずに俺を必要だと言ってくれた。それが何より嬉しかった。


 下男としてはあまり役に立てない俺だったが、元傭兵なだけあって腕には自信があった。むしろそれくらいしかできることはなかった。だからグレン様のボディガード役を自ら志願しては彼の馬車に同乗した。グレン様が強いことは何より俺自身がわかっていただが、いくら強いグレン様だって交渉中には剣を振るえない。そんな時こそ俺は役に立つことが出来た。


 そしてその日も俺はいつものようにグレン様とある街に向かった。

 交渉事ではなかったが、一人では少々不安だとグレン様が判断したためだった。

 その街には人身売買が行われているとの噂があった。この一年前に新国王が即位してからというものこの国全土では人身売買が禁止されていたが、まだ取り締まりが行き届いていない時だった。

 グレン様は新国王様からの極秘の命により各地を回っていた。この町もその一つだった。着いてみれば想像以上にそこは治安が悪かった。

 大通りでは窃盗が当たり前のように起きていたし、裏道ではもっとひどいことが行われていた。

 傭兵時代にも何度か見た光景だったが、この街は特にひどかった。グレン様は迷わず指示された場所へ向かい、俺はそれについて行った。

 着いたのは表向きは酒場だったが、地下では複数人の人が檻に収容されていた。その檻には値札がつけられており、それを見ては何やら話し込んでいる者ばかりだった。

 その店の一番奥、唯一値札の付けられていない檻に一層目を引く、白い髪をした少女が二人横たわっていた。

 それがエルナとマルガレータだった。


 店の男の話によると彼女たちは少数民族の生き残りで、その綺麗な容姿からいろんな場所に連れて行かれては見世物として扱われているらしかった。

 今日この街を立つのだという少女たちは手足すらもろくに伸ばせない真っ黒な檻に閉じ込められ、身体には赤々とした傷がところどころに刻み込まれていた。逃げないようにと首元には檻と同じ素材で作られた首輪と鎖が伸びていて、檻の外の杭へとつながっていた。

 ひどい扱いを受けたのであろう彼女たちは疲弊していた。一人は絶望の底にいるような悲壮に満ちた顔をしていたが、もう一人の少女の目にはまだ光がともっていた。


「ヒューイ、行くぞ」

 そうひと声かけて飛び出していったグレン様はその店を制圧し、閉じ込められていた人たちを解放した。

 最後に杭に伸びた鎖を壊し胸に収めたのはエルナだった。

「助かった……」

 そう安心したエルナは助けてくれたグレン様に少数民族で長をしていたやつの娘の侍女だと話した。

 そしてエルナの横で死を待ちわびているこそがエルナの仕えるその相手だとも。


 気丈に生きるエルナの姿にグレン様は恋をした。

 それはほんの一瞬のことだった。グレン様の目には光がさしていた。本当にな、この人にこんな感情があるんだって驚いたもんだぜ。


 そして俺たちは見世物小屋に収容されていた他の子らと、そこで働かされている人たちを引き取った。今ここにいるやつだと、ブルックがそうだな。

 全員をランドール領の森の奥にある、使われていない屋敷へと連れて帰り、マルガレータとエルナにはあの部屋、カッツェの今過ごしている部屋を、他の子どもたちにもそれぞれ部屋を与えた。

 そしてランドール屋敷にいた、数人の侍女と俺にここに住むように命じた――それがこの屋敷だ。


 エルナとマルガレータはその写真を見てもわかる通り、顔がよく似ていたが性格は正反対だった。

 まぁ、同じ集落の民とはいえ血はつながっていないから不思議なことではないんだが……。


 屋敷に連れてこられ、自由を手にした後も何かにおびえているマルガレータをエルナは度々元気づけた。楽天家なのかと思っていたが陰でよく泣いていた。

「お姉ちゃんだから!」

 それがエルナの口癖だった。仕えるべき相手としてではなく、妹のように可愛がっていたマルガレータにこれ以上不安な思いをさせるわけにもいかないと気を張っていたのかもしれない。

 マルガレータは他人に心を許すことはなく、ただ一人、エルナだけを慕い続けた。

 自分を守り続けた少女を。


 だが徐々に他の、自分と同じような境遇の子どもたちが増えてくると彼らとも少しずつ会話をするようになった。

 本当に最初は天気とか今日のメシの話とかそんなもんだけどな……。

 でもそれがキッカケで、彼らと接していくうちにマルガレータはこのままではいけないと本を読み漁るようになった。

 ほとんどが料理本や図鑑といった実用的なものばかり読んでいたマルガレータの横でエルナは小説を読んでいた。

 そして本で得た情報と、この屋敷に連れてこられたランドール家の侍女から話から、外に興味を示すようになった。


 そしてそんなエルナをグレン様が外に連れ出そうと決心したのは、マルガレータが俺やグレン様、そしてここで暮らす他のやつらにも心を開き始めていた時のことだった。


 マルガレータは自分よりも後にやってきた子どもたちの面倒をよく見ては、ブルックと一緒に本で得た知識でそいつらのお菓子を作ってやるようになっていた。


「お姉ちゃん、もう大丈夫だから」

 その言葉に背中を押され、エルナは屋敷の外へと旅立っていった。


 そして残された、グレン様に一生分の恩がある俺たちも何か彼のためにできないかと思うようになっていった。

 そして一人がつぶやいた。それが誰だかはもう忘れてしまったが、『死に神の大鎌になろう』そう言ったのだけは覚えていた。

 その誰かがつぶやいた声は屋敷中に広まった。


 全ては彼の、グレン様の力になるために。

 死に神と呼ばれた彼に、少しでも恩返しできるように。


『死に神の大鎌』――その日から俺たちは自分たちをそう呼んだ。

 そしてグレン様に救われた俺たちは商人としてランドール家を支えていくことに決めた。俺たちはみんな身元や経歴は全く違う。だからこそそこを利点としたかったんだ。

 ……それに商人として各地を回れば、エルナやマルガレータの集落の生き残りを、彼女たちのように迫害され、住む場所を追われた奴らのことも見つけ出すことができる、そう考えたんだ。


 そしてその数年後エルナはランドール家に嫁入りをし、元気な子どもを産んだ。それがカーティス様とエル様だ。

 二人は子どもが生まれてからも頻繁に子どもを連れてこの場所を訪れた。どんどん新しい家族が増えて、そして巣立っていくこの屋敷を見るために。

 この屋敷中、どこを見回しても幸せに満ちていた。これ以上の幸せはないってくらいにな。

 でもそんな時だった、エルナが病気を患ったのは。

 初めは咳が止まらないだけだった。だからグレン様は薬を作って飲ませ、そして休ませた。すると咳は止まった。だがその代わりに高熱が出た。今度は解熱剤を飲ませたが、熱が下がることはなかった。

 困ったグレン様は医者に診せた。

 だが、原因がわからないという。他の医者を呼んでも同じだった。――皆が同じくどうしようもできないと首を横に振ったのだ。


 俺たちはどうすることもできずに生気を吸い取られたように白くなっていくエルナをただ見ることしかできなかった。それは見ているだけでも辛かった。だが俺らなんかとは比にならないほどに辛かったのはグレン様とマルガレータだろう。

 姉と慕うエルナが、愛するべき妻のエルナが病にかかり、次第に衰弱していく姿を間近で見ていたのだから。


 そしてエルナはその後しばらくして息を引き取った。


 それからグレン様はその事実が信じられずに、あの頃、死に神と呼ばれた頃に戻ったみたいにひたすら働いた。

 そんなグレン様を見ているのは辛かった。

 残された子どもたち、特にエル様はもう生きているのか死んでいるのかわからないほどだった……。


 そしてマルガレータはよく部屋にふさぎ込むようになった。この屋敷にやってきたばかりの時のように本に囲まれて。


 そんなある日のことだった。

 マルガレータによく可愛がられていたビーが一人の子どもを連れてきたのは――それがお前だ。カッツェ。


 隣の国へ仕入れに出かけていたビーは途中で休憩した山で子猫と一緒に置き去りにされていたお前を見つけたらしい。

 荷馬車に積んであった毛布の中にお前と子猫を隠して関門を突破した。

 ビーは毛布に向かって何度も『カッツェ』と呼びかけたらしい。その度に一緒に連れて来たネコが台車から、ビーの声にニャーと答えた。

 だから門番は毛布の中身もネコだと勘違いをした。


 本当はネコでさえも国外から勝手に入れてはいけなかったんだが、その頃にはもう俺たちはそこそこ名の知れた商会になっていたし、城にも……グレン様の伝手ではあるが出入りを許されていた。それになにより門番は俺の酒飲み仲間でな……あまり深くは言及されなかった。


「他に気づかれる前にはよぉ行け」

 門番はパスポートに投げやりに印を捺してビーの馬車を送り出した。

 まさか手元の毛布が子どもだなんて思いもしなかったんだろうな。いくら知り合いでも知っていたら通さなかっただろう。

 年々人身売買に対する方が厳しくなっていくのと同時に、孤児を引き取るのだって一年以上にも渡る審査が必要になっていた。

 そんな中、他国からパスポートも持っていない、戸籍すらあるのか怪しい子どもを入国させるなんてありえないことだった。


 屋敷に帰って来たビーは膨れた毛布をマルガレータに差し出した。

「子猫を拾った」

 汗が目に入るのも気にせずに息を切らしてやって来たビーにマルガレータは気落ちして寝込んでいるどころではなかった。差し出された毛布をめくり、驚愕した。

 そこに包まれていたのは、四匹の子猫と白い髪の赤子だったからだ。


 白髪の髪は、マルガレータとエルナの集落の人達の特徴だった。

 グレン様に助けられてから、そして商人として各地を巡るようになってからは一層力を入れて探し続けたが一人も見つけることができなかった。

 エルナがグレン様と残った子ども、その二人ともに白髪は遺伝せず、マルガレータは自分が最後の生き残りだと思っていた。


 だが手の中にはまだ残っていた証がある。

 今まで気落ちしていたマルガレータだったが、これは寝込んでいる場合でないと立ち上がった

 そしてその子をグレン様の元へ連れていった。

 何事かと思って俺が外に出た時にはすでにマルガレータはこの屋敷一番のじゃじゃ馬の背中を跨いでいた。

 今まで寝込んでいたのに、だぞ? あれは本当に驚いた。

 それを追っていくと、ランドール屋敷の前でマルガレータは馬を止めた。そしてエルナのいたはずの部屋に乗り込んで、毛布の中の赤子を差し出した。


「見なさい!」

「マルガレータ、何の用だ?」

「いいから早く見なさい! やっと見つかったのよ」

「見つかったって……」

 マルガレータの腕の中の毛布の中の赤子を目にしたグレン様は声も出せずに固まった。

 俺だって驚いた。まさか今更になって、エルナが死んだ今になって会えるだなんて思ってなかったのだ。


 グレン様は生前エルナとある約束をしていたらしく、その子を自分の子どもとして育てていくことを決意した。

 それから感情を押し殺して、ゼンマイ仕掛けの人形のように動くグレン様の姿はなくなった。

 エルナの墓に手を合わせ、心配かけたなと涙を流した。


 そして赤子にはルナという名前をつけた。

 暗い闇夜を照らす月明かり、グレン様にとってお前はそういう存在だった。


 そして子ども達がもし自分がいなくなっても大丈夫なように、いくつものものを残した。

 自分の死後、子どもたちが何かを探して彷徨う死に神になってしまわぬように。


 カーティス様にはどこでも生きていけるだけの力を。

 エル様には完璧なる後ろ盾を。

 そしてカッツェ、いやルナには家族を残したんだ。


 グレン様は最後にもし何かあったらその時は頼むと俺たちに言い残してこの世を去った。

 俺はそれに従って何かあったらとお前を見守るようになった。

 その少し後くらいか、カーティスが俺の元へとやってきた。あんなに小さな子どもが頭を下げに来たんだ。

「ルナを家族にしてくれてありがとう」――と。



 カッツェ、お前は愛されて、必要とされているんだ。

 だから一人だなんて、誰かの代わりなんて言わないでくれ。お前にはカーティス様とエル様、そして俺らがいるんだから。


 ***

「本当……に?」

 信じられなかった。けれど信じたかった。


 誰かの代わりにしか生きられないと思っていた私が誰かに必要とされているなんて。


「だから自分に価値がないなんていうな」

「ううっぅ」

 涙は自然と溢れ出す。

 手で押さえてもそれらは次々とドレスにシミを作っていく。

 一つ、また一つと大きな丸いシミが刻まれていくたびに幸せを実感する。


「カッツェ、お前には今も、そしてこれからも幸せになってもらわなきゃ困るんだよ。俺もこの屋敷のみんなも、マーガレットもエル様もカーティス様も、そして何よりグレン様とエルナがそう願っている」



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