6-4
「型に抜いた生地はここに並べておいてくれ。後で順番に焼くから」
死に神の形のクッキーを二つ分ずつ抜いたルナたちは余った生地を好きな型抜きで抜いていった。
ルナはヒューイから渡されたネコの型をひたすらに生地に押し付けて行った。
何もルナは初めからネコだけを作るつもりではなかった。他の5人が手元に避けたものは除いてもまだまだ型抜きの種類はあったし、いつも作るときは四角や丸ばかりだったからせっかくの機会だし他の形にも手を伸ばしてみたいと思っていたのだ。
だが、ルナが型抜きをしていると他の机でクッキーを作り終えた男が一人、やってきた。
そして言った。
「カッツェ。後でクッキー、交換しようぜ」――と。
それが事の始まりだった。
何度か同じ席で食事をした仲であったため、断る理由もなく「はい」とルナが返事をした。すると協定は破られたとばかりに男たちは次々に立ち上がってはルナの元へやってきてはできたクッキーを交換しようと持ち掛けた。
現在食堂にはおそらくこの屋敷の全員が揃っていた。そしてそのほとんどが我こそはとルナのクッキーを求めて押し掛けてきたのだ。
一人や二人ならいざ知らず、ルナ自身も何人いるかもわからないのにそんな約束できるわけもなく、だからと言って初めにやってきた一人とだけその約束を結んだことに申し訳なさを感じた。
「はいはい。お前ら落ち着け」
ルナが困り果てて押し寄せる男たちを前に首を縮めているとブルックが注目を集めるために手を叩いた。そしてルナの周りを囲む男たちを落ち着かせようとすると、男たちは口々に文句を言い出した。
「なんだよ、ブルック。仕切ってよ」
「大体、カッツェを一席占めするなんてそもそもひどい話だったんだ」
一人が言い出せば他の男たちもそうだそうだと賛同の声を挙げる。だが、ブルックはそんな男たちにひるむことなく端的に、そして効果的な言葉でハッキリと男たちを切り捨てた。
「これ全部、誰が用意したと思ってんだ?」
「ブルック様には感謝しております」
口をそろえて一斉に頭を下げた男たちはそれをきっかけとしてめっきり大人しくなった。だがいまだに名残惜しそうにルナを見つめていた。ブルックはそんな彼らに背を向けると、ルナの元までやってきて手を合わせた。
「悪いんだけど、追加分の生地作るからそれの型、抜いてくれないか?」
「ブルック……」
ブルックには手を合わせられ、そしてその後ろではブルックの行動に大の大人たちは涙を滲ませていた。
そんな状況で断れるはずもなく。
「はい。よろこんで」
笑顔と共に引き受けるしかなかったというわけだ。
そして引き受けたはいいものの、ブルックの言う追加の生地とルナの想像していた量は軽く3倍以上の差があり、ブルックが天板に乗せられた生地を他の机から回収している最中も、食堂がはちみつの甘い香りで満たされてもなお手を動かし続けたのであった。
「……できた」
ルナがその言葉を口にできたのはブルックが食堂中のクッキー生地を焼き終わったときのことだった。
昼過ぎから始めたのだが、その量はとても多く、今では食堂はハニークッキーの甘さと夕食の香ばしい香りが混ざり合って何とも言えない。
ルナの前には、小さな皿と大きな皿が一枚ずつ置いてあり、大きな皿にはてんこ盛りのクッキーが乗せられている。
ブルックが材料を計測し、混ぜ。そしてルナが型抜きをし、ブルックに焼いてもらった、ネコのクッキーだ。
そして小さな皿の方には、ちょこんと二人の小さな死に神が横たわっていた。顔はついていなければ、当然口もついていないのだが、その死に神がお疲れ様とほほ笑んでいるように見えた。
(疲れているのかしら?)
ぎゅっと目を閉じてから開けると、死に神が微笑んでいるはずもなかった。だが、ルナは小さく「ありがとう」と二人の死に神に声をかけた。
「カッツェ、お疲れ、ってどうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
「? そうか? んじゃ、ちょっとあっちの席に移動してもらってもいいか?」
そういいながらブルックはルナの目の前の大きい皿を持ちながら、食堂唯一のドアに一番近い机を指さした。
その意味が分からずにルナは首を傾げた。
「クッキー、カッツェから渡してやってくれ」
そう言って皿を持っている手と別の手を差し出した。
「はい」
そう返事をしてからルナはブルックの持つ皿に手を伸ばし、一枚のクッキーを手に取り差し出された手に乗せた。
「よければ一枚どうぞ」
「ありがとう。ん、うまい」
美味しそうにネコの形のクッキーを食べるブルックに、ルナは少しだけ意地悪をした。
「作ったのはブルックさんですからね」
美味しいに決まっています。と付け足してから笑うとブルックは顔を真っ赤にして顔を背けた。




