3-5
今日もカーティスは領地を見回りに行くと言って朝早くに屋敷を出て行った。
その時のカーティスの顔は今までとは違い晴れやかな顔をしていた。
被害は想定していた以上で、ここ数日で被害の対応に追われる日々だった。だが昨日やっと一番の被害を受けた、ランドール領と他の領とを結ぶための橋の復旧の目途もついたようだ。だから、今日はすぐ帰ってこられるのだと見送りをするルナにカーティスは嬉しそうに告げ、出て行った。
お兄様が帰ってきたときにすぐ仕事ができるように書斎の整理をしておこう。
ルナはさっそく朝にカーティスからもらった仕事をこなすことにした。
手伝わせてほしいとカーティスに頼んだ次の日から朝の見送りの際に仕事を貰うようになった。
その仕事をカーティスが帰ってくるまでに仕上げるのだ。
初めは使用人が遠慮したが、
「これはお兄様からもらったのよ」
と伝えると微笑んで
「そうですか。何かあったら遠慮なくお呼びください」
とだけ言って去っていくようになった。
今日の仕事は机の整理だ。
お兄様は整理整頓が苦手らしく、机には多くの本やファイルが山積みになっている。
これは昨日、書斎をお掃除しているときに気付いたことだった。
念のため昨日整理してもいいかと確認したところ「じゃあ、頼めるか?」とお兄様からの許可はもらっている。
整理とはいえ、ルークによって背表紙に番号が振ってあるためそれに従って棚に戻していくだけの単純作業。これならば、私でも一人でできる。
さっそくルナは山の一番上にあるファイルに手を伸した。
領地での作物収穫高について――確か、これは右の棚の上から二段目に……あ、あった。
次は、今回の被害についてだから、後ろのケースの中に入れて、っと。
国からの文書は、っと。 ? 国からの文書?
ルナの手には他のファイルと同じくらいの厚さがあるファイルがある。背に書かれた番号は二けたの数字だった。
そんなものがランドール家にこんなにもたくさんあるものなのだろうか?
ランドール家は王家から少し離れた場所にある小さな領地だ。地位だってそれほど高くはないはずのランドール家になぜこんなにも多くの文書があるのか、ルナは疑問に思った。
だが、それは自分が知らないだけなのかもしれない。
それを抜きにしても書類の量は想像以上だった。こんなにも多くの仕事をお兄様は一人で……。そう思うと少し悲しくなった。
確かにお姉さまも私も女で、家を継ぐ資格はない。だからと言って、こんなにも多くの仕事を一人で抱えるのはどうかと思う。
もっと私を頼ってほしい。
お兄様は私たちにもっと頼ってくれというが、それはお兄様に言えることではないだろうか。
…………いや、私では役に立てないと判断されたのかもしれない。もしくは私がもう家を出ているから。
もしあの時、私が自分勝手に動かなければこれだけの仕事をお兄様一人が抱えることはなかったのかもしれない。
お兄様はもっと私のことを頼ってくれたかもしれない。
――日に日に増していくそんな気持ちは膨らんでいった。
もしもあの時、私がルーカス様に話しかけなければ、あんなこと提案しなければ。
ルーカス様のことをこんなにも未練がましく思うことはなかったかもしれない。
お姉様に嫉妬したりなんてしなかったのかもしれない。
お兄様は一人でこんなにも多くの仕事を背負うことなどなかったかもしれない。
すべては私の憶測に過ぎなくて。
すべてもう手に入れることはできない昔得られたかもしれない可能性の話。
それでもそう思わずにはいられなかった。
私は何がしたかったのだろうか。
あの時は自分のことしか考えていなくて。
ルーカス様のことをだますように結婚を迫ったりして。
ルーカス様、だましてしまってごめんなさい。
お姉様、自分の欲を満たすために利用してしまってごめんなさい。
お兄様、迷惑ばかりかけてしまってごめんなさい。
動作に集中していなかったせいだろうか、ルナは近くにあった棚にぶつかってしまった。その衝撃で持っていた本はルナの手から離れて行った。
すると雪崩のように本とファイルは床に落ちていった。
はあ、何をしているんだ。
これでは、手伝いどころか部屋を荒らしているだけだ。
せめてお兄様が帰ってくる前には片づけなければ……。
ルナは落ちてしまったファイルや本を机に背表紙が見えるように積みなおし、本棚に戻す作業を再開した。
作業に集中するようにしたからだろうか、先ほどよりも早く戻し作業ができた。
残りは1冊。
これだけは背表紙には何も書かれていなかったのだ。それではしまう場所がわからない。
いつも整理をしているラークならばこの本をどこにしまうのかわかるのだろう。だがあいにくラークは今、カーティスの仕事に付き添っているため屋敷にはいない。
ならばカーティスとラークが帰ってきてから聞けばいいのだろうが、それではカーティスが帰ってくるまでには託された役割を終えたとは言えないだろう。
役目をくれたカーティスにルナは終わらなかった、わからなかったといいたくはなかった。
何としてもカーティスが屋敷に帰ってくるまでに役割を果たしたいルナは、本棚の開いているスペースを探そうとこの部屋で背表紙に何も書かれていない唯一本を抱え、歩き出した。
視界に入る限りに空いているスペースはない。
ならば、きっと視界には入らない上の方の本なのだろう。
そう思い、部屋の中心までやってきたルナは上を見上げ、部屋中を見渡すべくクルクルと回った。
1週回り終えても、ルナには開いているスペースを見つけることはできなかった。
今度はゆっくりと。
だが、やはりルナはこの本の収まるべき場所を見つけ出すことはできなかった。
上を長い間向いて疲れた首を休ませようと下を向いた時、ルナは床に落ちた一通の封筒を見つけた。
先ほどまではなかったその封筒はルナが今持っている本から落ちたものであった。
なんだろう、これ?
そう思い手紙を拾い上げる。近くで見ると思っていたよりもボロボロになっていたそれはすでに頭の部分をペーパーナイフで開封された跡があった。
裏返してみると右下には名前があった。
グレン=ランドール。
それはルナの父親の名前であった。
お父様から? いったい誰に……。
送り主は書いていない手紙。
いけないことだとはわかっていても引き付けられるようにルナは封筒の中から手紙を取り出した。




