ゴメン、逃げるわ
人生ってやつは案外、都合の良いように出来ているのかもしれない。
おぎゃあと産まれた瞬間に、木目の天井を見上げて思う。
痛かった。頭蓋割れるかと思ったけど、たしか赤ん坊って割れてたな。とか思いながら、抱き上げられた姿勢で見下ろした自分の股間にあるポークビッツ。
母親らしき人と取り上げてくれた女性二人が凄い興奮して、お包みの状態の私を……いや俺を高い高いしている。
おんぎゃあおんぎゃあ泣きながら、、俺は内心グフリと笑った。これからは俺のハーレム人生の始まりだ。
なんて言ったって、神様直々のお願いだもんな!!
俺は転生者だ。前世の記憶がある。ちなみに最後は就職難の餓死だ。
いやぁ、実家に頼るにも折り合い悪いし、友達何て居た事が無い。更に言えば近所付き合いも無く、外見デブのニキビ顔でやたら気味悪がられていた。顔隠したくて髪伸ばして、いつも猫背ってのもあったと思う。近所には不審者と思われて通報された事、二度。単に近所の自販機に炭酸飲料買いに行っただけなのに。交番で話を聞かれて、まず驚かれたのが前世の俺が女だった事。ジャージで出歩くと、まず男に間違われた。
俺も男の方が良かったよ。
小学生の頃から男子より女子が好き。第二次性徴迎えた辺りからは、身体の女性になって行くのが嫌で仕方なく何度も手首を切った。けど最後まで切りきる勇気も度胸も無く、結局手首に傷だけ増やして生きて来た。
ついでに言えばコミュ障。いつも教室の片隅で本読んでた。私立だったからか、いじめは然程でも無かったがまぁ、折に触れ鞄にセロテープ張られてそこに悪口書かれたり、不幸の手紙、つか折り紙メモをもらったりした。グループチャットやSNS、類似アプリで悪口陰口が回ってるのを、こっそり見て落ち込んだ事もあったが、まあ、目の前には女子ばかり。ニヤニヤ虐めて来る彼女たち眺めて、癒されていた。彼女たちが自分に関心を持ってくれていると。
夏服は夏服で透ける肌にニヤニヤし、冬服は冬服で覗く太ももにニヤニヤしていたから、傍から見ればさぞかし気持ち悪かっただろう。
頭の中で彼女たちとデートし、夜を共にしては、自分にナニが無いので最後は模造だよりになり、苦い妄想の終わりに舌打ちをした。
男が嫌いだったというより妬ましかった。俺も男になりたくて、しかし誰にも相談できず、本当は皆の輪の中に混ざりたかったが、そこまで器用でも無い。変におどける事も出来ず、割り切る事も出来ず、ただ中途半端にだらだらと眺めるしか出来なかった。
中学受験して中学から大学まで女子校、大学院は共学だったが元が女子校だから女子率高めだった。
それから就職となったが全く就職先は見当たらず。バイト先は大抵ドン臭くて、短期で切られた。最後の店は、北海道に移転するとかで終わった。
在籍中に就職先を見つけたかったが、大学院を出ても相変わらず採用されず。生活保護は相談してもまだ若いからきっとある頑張って、と固まった笑顔で断られた。
通算三桁のお祈りを頂き、やる気も失せて部屋にごろりと寝転がり、太ってるから多少の断食は大丈夫と思っていたが、気付けば皮が垂れるようになっていて、そういや電気もガスも止まり、水はいつから来ていなかったのか、最後のお握りの半分を食べきったのは三日前か、と思って目を瞑った。
くっそ、女の子を押し倒したい。しかし私にはナニが付いてない。それがあればきっと明日には元気に就活行く気になれるのに。
と思ったのが最後だった気がする。
気づけばやたら綺麗な青空と、草原の間に立っていた。いや浮いていた。そう空中に。
驚いて周囲を見渡せば、酷く小さな男の子が居た。例え少女と見紛うばかりの美少年でも、俺には分かる男だと。
「やあ、初めまして」
「……初めまして」
「実は、君は死んだんだけどね」
「唐突ですね」
「君にピッタリの話しがあって、持ってきたんだ。別に断っても良いんだけど、死ぬ間際にまで願うんだからきっと君が適任だと思ってね」
「……死ぬ間際?」
はて何を考えたかと思い返そうと思ったら
「男になって、ハーレム作らない?」
「作ります」
即答した。考えるより先に即答した。むしろ言い切る前に即答した。
「くれるんですか、ナニを」
股間をさして言えば
「あげようじゃないか、ナニを」
美少年は卑猥なハンドサインで返した。
俺は歓喜し少年の手を握って、空中だけどその場に跪いて、その手を頭の上に掲げた。
「ありがとう。あなたが神様だ」
「うん。そうだね、僕、神様だし」
「え?」
あまり考えずに発言していたけれど、今何と? 顔を上げると相変わらずの微笑み形態。感情読めません。元より空気すら読めませんが。そういやここはどこでしょう?
「実はね、僕さ女の子大好きなの」
「ふむ。それは素晴らしいですね。私も大好きです」
「やっぱ良いよね、女の子」
「ですね、最高です女の子」
二人で頷き合う。
「でさ僕の世界に女の子が産まれる比率を高くして、魂の循環にちょっと細工して、女の子に適応しやすく、男にはなりにくくしたのさ」
「ふむふむ、素晴らしいですね」
女の子に溢れた世界。素晴らしい。家の外で男とすれ違う、学校の男の教師が視界に入る、それだけでうらやま悔しくて、滅べと思ったものだ。その股間のナニを渡して滅べと。
「でしょう。ところがさ、男女の営みで子供が産まれる設定で作った世界だから……子供が産まれなくなって来て」
「何故でしょう? 男一人に女百人でも産もうと思えば……」
「残念ながら、男に適性のある魂が一つもなくなってしまったんだ。男に産まれても女の魂の所為で、なかなか恋愛に至らず、至ってもいたせない。起たないってやつだね。むしろやられたい男ばっかりでさ、自分でやっときながらこれはしまったと思ったね。当然女からは求められて答えられない奴ばかり。さらに数が少なくなっていき、結局男は奴隷扱い。種馬な存在として飼われる世界になってしまってね。それはちょっと目指してた世界と違うんだよね」
「ふむふむ。つまり生まれ変わったら、沢山の女といたしていいと」
「もっと難しい話をしていたんだけどね、それでいいよ。君には、相手の遺伝子から最も遠い遺伝子の精子を作れる能力をあげよう。ただ最適な物を作るのには二月ほどかかるから、出来ればその期間のサイクルで常に複数の女性と関係をもってもらいたいな。種付けの仕分けは出来るようにしておくから」
「ほう、なんと素晴らしい。しかし男は奴隷なのでしょう、大丈夫なのでしょうか」
「大丈夫。大丈夫。偉い地位の人にしてあげるから、そこで沢山囲って作れば良いよ。君の子供は母親が違えば、近親で番っても遺伝的には他人扱いになるから出来るだけたくさんと関係持ってね」
「了解であります。グヘヘ」
頭の中で豊満な胸、豊かな尻、張りのある脚、柔らかい腕、スレンダーな肢体、少し骨の浮いた腹、などいろんなタイプの女性の色々な部位が思い浮かぶ。
ここに宣言しよう、全ての女性がタイプであると。細いのもふくよかなのも全て好きです。ただし中身男な子はごめんなさい。なんだろうね、アレ。外見女でも、中身男よりだと分かってしまう。あと外見男も、ちょっと……。
「僕も反省して、魂の循環システム直したから、君の息子に宿った魂は、二十年かけて男の魂へと変化していくようになっている。つまり正常な世界のシステムに直るまで、頑張って男を増やして欲しい」
「…………男を増やす? 嫌であります」
分け前が減る。
「それなら転生も無しだね」
ニコリと笑われて、俺は直ぐに意見を翻した。二世たちなら俺と被らないだろう。
「言って来るであります」
「そうそう、よろしくね。その為の器も決まってるから。元は魂も宿らない予定の子に入れるから、心配しなくてもいいよ。まだ出来る前だしね」
その後幾つかの特典、相手を酔わせるフェロモンだとか、それの出し入れ機能だとか、美形だとか、相手を骨抜きに出来る美声だとか、太らない細マッチョな身体とか、ご飯に困らない運命だとか、剣と魔法の世界という事でそこそこに生き残れる強さとか、30台辺りで世界のバランスが調整されるまで不老になるとか、何より大切な枯れないナニとかだ。
「いやぁ、良いんですかこんなに」
「まあ、僕の不手際が所以だしね。バランスが調整されてくるに従って、能力は落ちていくから。じゃあよろしく」
「それは少し持ったい無いですが、永遠には逆に辛いのでしょうね。分かりました。はい、せいしんせいいい励みます!!」
最後に敬礼した。
そして次の瞬間にはブラックアウト、して更に一呼吸おいて激痛が走り、今に至る。
そうして新しい生を迎えて、周囲の状況を知れる年まで成長して、俺は神に感謝した。
いや、俺の父親奴隷なの。この世界、女が主導権握って、男はみんなそれに従うって奴なんだけど、いやぁアレはない。薬で無理やり立たせてまぐわって子孫残すとか、どんな世界。しかしそれでなければ続かないってんだから、神様も馬鹿をする。
俺はこの国の女王から産まれた男子って事で、奴隷にはされずちっさい頃から皆にちやほやされた。
ちょっといたずらもされたがな。女性からならまあいい。
一つ困ったの事は、魂女な奴隷の男たちが熱い目線で見てくる事。やだよ、掘らないよ。
そうしてやがて、俺も子供を作れる身体になった頃には、世界は本当に人が少ないという事を知った。というか年々少なくなって行っている。
そりゃそうだ。産まれて来るのは女ばかりなのだから。
更に動物も少なく、植物も少ない。王族のわりに飯がやけに質素だと思ったが、あれでも豪華だったらしい。
おい、神様、まさか動植物もって話しだったのか?
とこの世界のやばさを実感した。
何より、神様の設定のやばさを知ったのは……庭の花に受精出来た時だ。いや、出来心だったんだ。いつも季節には庭に咲く花。葉の状態から考えると余裕で二月は居る。という事で、自家発電後の物をちょろっと塗り付けてみたら、見事に実がなりました。
「遺伝子を作れるってそこまでかよっ!!」
床に頽れて思わず叫んだ。そういや、俺の部屋やたら虫とか窓に張り付くのって、もしかして……と、グラスに白濁液入れて放置したら、虫どころか小動物まで寄って来た。どうやらそれ自体に、フェロモンが含まれているらしい。
「え、身体から離れても自動最適化されるの?」
ちっさなグラスが割れて広がったそれにわらわらと集る様子を部屋の中から眺めて、怖気に背筋が震えた。
そこで少し冷静になった。人型の女性なら良いが、動物とか無理。マジ無理、虫とかもっと無理。辛うじて花の受粉だけなら、まあ塗り付けてやってもいいが。
「え、コレ、もっとも力が強まる時に部屋から出たら死亡フラグじゃね」
さあっと顔から血の気が引くのが分かった。
そこから色々検証をし、自分の部屋なら虫や動物に集られない方法を模索した。フェロモンの出し入れができるようにしてくれたのは、本当に感謝だ。部屋の中で何も考えずに出してみたら、どこから入ったのかムカデやらノミやらダニやらネズミやら、窓の外には鳥から蛾まで寄って来て、叫んで逃げ出した。
コレを解消するには、やる、とりあえずやる。女とやりまくって、子供を増やす。男が増えれば、少しはましになる筈だ。
幸いというか、男女比率的に仕方ないというか、この世界では子供は女が数人で育てるもので男性は産んだら関わらない事が当たり前だった。むしろ育児に手を出すくらいなら、次の女を孕ませろと言うのが常識のようだった。
魂が女な男たちには拷問に等しい毎日だろう。合掌。
だが俺には天国だ。
という事で、気付いたその日から、侍女に手をつけた。こちとら元女性、彼女が感じる場所は大体わかる。この元オナリストの手技を感じて見ろ、とばかりに頑張った。すげぇ頑張った。本当はさっさと突っ込みたい衝動を堪えて頑張った。更にはもらった能力使って酔わせて頑張った。
子供の時から傍にいる女性たちなら大丈夫だろうと、それから手当たり次第に手を伸ばした。
農作物の花が咲く時期になると、農家の女性たちに水で薄めた白濁液を送り、コレで受粉作業をするように言い渡した。その様子を見に行きたかったが、外に出るのが怖くて俺は相変わらず引きこもった。
動物や虫の学者にコレを試してみろと、同じものを送り付けて見た。城の者に頼んで、模型にそれを仕込んで、森などに設置した。
結構俺、勤勉に子供増やしたんだぜ。おかげで気づけば、この国においては男も随分と増えた。
一度、虫が入り込まないように部屋の隙間という隙間に布を詰め込んだら、窒息しかけたので、それ以降は俺から絞り出した牛乳を沁み込ませた布を、部屋の片隅に放置する事で虫などに集られる事を避ける術を覚えた。
十年経つ頃にはフェロモンを相手だけに向ける術を覚えた。
しかし意識して止めて居ないと全身から出ているらしく、虫が寄って来るのだけは辟易したので、同じ方法を使う。
そんな事をして数十年。相変わらず、国は女王が納めているし、王族以外の男は奴隷のままだが、その関係性も随分と変わってきているようだ。
男を奴隷から解放して、民として認めようという動きもあるようだが、未だ他国は男不足。管理されている奴隷であっても、誘拐にあう事がしばしばあるので、保護の意味でも解放は暫く先になるだろう。
とりあえず、俺は王族というより神として崇められている立場で女性をとっかえひっかえ。時に迫って来る魂女な男性から逃げつつ、子供を増やした。
いつからか部屋からほぼ出して貰えなくなった。別に構わないと最初は思っていたのだが、とある話を耳にし、俺は抑え切れない衝動が出来た。そう、この世界には獣人なども未だに細々と暮らしているらしい。
俺の二世三世に先を越されてはいるだろうが、それでも俺は夢をあきらめきれない。獣人と子供を作りたい。
だから、すっくと立ち上がり、縋る女を振り解いて城を出る決意をした。何より……
自分の娘や孫たちに迫られるのが気持ち悪かったからだ。
同じ女でもこれは無理だ。ゴメン。逃げるわ。
という事で、逃げることにした。
そうして俺は今、虫よけに全身タイツで身を包み、旅のお供と共に冒険しながら、子種を撒いている。冒険仲間は三か月を目安に入れかえている。
大抵二か月くらいで関係を持ち、暫くするとお互いが俺を独占したがる。最初の内のキャットファイトは可愛いが、それ以上になると見ていて苦しい。
いつも最後は『みんなの事好きだけど、約束は約束だから。ゴメン。逃げるわ』と書置きを残して。一応、仲間内で俺の取り合いなど問題が起こったら逃げる旨は最初に言ってある。
どんな格好をしていても、僅かに隙間を開けフェロモンを流せば女が寄って来た。
そうして世界を旅して、念願の獣人とも子づくりをし、俺は女体を抱ける世界を満喫した。
色々な国の女王とも子供を作った。高貴な立場の女性ほど被虐趣味な人が多いという傾向を知った。それもまた可愛かったが。
時には王にされそうになり逃げだして、時に女性に飼われて逃げ出して、時に奴隷にされて主人を俺無しではいられ無くしてから逃げ出した。
そうして居る内に殆どの能力が落ち着いて来て、世界の調整が進んでいる事を実感していった。
そんな生活を満喫しているはずなのだが、何か心が寂しい。それはすべてがまるで作業と化してしまったからか。
思い返してみれば最初の侍女を抱いた時から、感情では無くただ本能で抱いていた。当たり前のように出会った相手は俺に抱かれたがり、俺は拒まずに迎え入れるだけでよかった。
そこに互いの盛り上がるような感情は一切無かった気がする。俺が去るのに縋るのも、腰の棒を求めての事。俺自身では無い。
全身タイツも既に何代目になったのか。最近では、虫が寄って来なくなったから、そろそろ脱いで行動しても良いかとも思う。
夜を共にした女性しか俺の顔は知らないし、薄暗い中だ、脱いでもきっとバレず、騒ぎにもならないだろう。元の国では俺をやたら美化した像などが立っていたが、あれでは俺だと分かろうはずもない。
久しぶりに独りで分け入っていた森の中、泉のほとりでタイツの頭を脱いだ。
さわやかな風が頬を撫でていく。一羽の鳥が一瞬俺に近寄って来たが、直ぐに人間だと気づいて去って行った。
どうやら随分と世界のバランスは戻ったらしい。
もう俺は女を抱く必要も無いのかも知れない、と思った時僅かだがホッとした。好きで抱いていたが、やはり疲れるものだったようだ。
しかし俺の身体はヤらないと溜まるように出来ている。そして女を惹きつけるように出来ている。それが少し面倒に思った。
更に言えば溜まった物を出さないと、病気になるようで身体は熱を持ち、風邪のような症状に悩まされる。
久方振りの自家発電をすると、やはり零したものに虫やらが寄って来る。避難避難と、泉で身体を洗い、全身タイツに足を通そうとして気づいた、泉の向こうに立っている女性に。
それは豊かな銀色の毛をした狐耳と尻尾を持った細身の女性だった。いや、まだ少女と言った方が良いか。
成長しきっていないその姿に、目を奪われた。
ドキリと大きく胸が鳴る。
可愛い……。
一目ぼれだった。その姿が木漏れ日を反射して輝いて見えた。
そして気づく。そうか自分は恋愛がしたかったのか。かつての世界で、漫画や小説でよんだ甘酸っぱい体験をしたかったのかと。この刺激が足りなかったのかと。
思わず近づこうとして、ふと彼女と目が合う。そして、その顔に浮かんだ笑みに全身が粟立った。
慌てて全身タイツを着込み身体を隠す。
「やあ、久しぶりだね」
俺が逃げる態勢を整えるより先に、その子は俺の前に立っていた。
「僕が降りるには器が必要でね。この子、産まれない予定だったんだけど、勿体ないだろう? だからこれにして生まれて来たんだ。ねぇ、君のおかげでとっても助かった。世界はほぼ正常に動くようになったよ。君も人間以外にも頑張ってくれて、人間で男の魂が増えれば他にも流れるから、十分だったんだ。それを行く先々で虫や花、動物にも増やしてくれたおかげで随分と早く調整されたよ。僕も以外だったんだけどね、花や虫などは交尾の時期までには男の魂に変化してくれてね、効率の良さが全く違ったよ。本当に君は面白い事をしてくれた」
「そ、それは良かったですね、神様」
「君の時間は動き出した。もう不老ではないし、バランスという意味で、君に子供は出来ないようにさせてもらった。どうかな、残りの時間、僕と過ごすのは。ずっと君を見ていたんだ。そうしたらこれは人の言う執着というのかな、もっとそばで君を見て居たくなったんだ。丁寧に女性たちを抱く君を見て、僕も君に抱かれたいと、抱いてみたいと思うようになった。ねぇ、どうだろう。僕と一緒にならないか」
「いやいや、神様がそんなに長い時間下に降りていてはまた世界が狂っちゃいますよ?」
「大丈夫。これは僕の一部でしかないから。本体はちゃんと世界を見ている」
目の前には可愛い女の子。でも、俺には分かる。これは『男』だと。魂の根っこの部分が、存在の大本が男だと。俺の心を奪った理想の女性の姿をして、完全に男の目をして俺を誘う神様に、俺は背を向けた。
「ちょっと待ってよ。この身体は見た目通りの能力しかないんだ」
「それは良かったです。では、俺は逃げます」
「君はいつもそれだね。分かったよ」
かなり離れた筈なのに、耳に届く声。
気になって振り返ると、小さくなる姿はそのまま神様はその場に居て、何らかの方法で俺の耳に声を届けているようだった。
かなり距離は開いた、それなのに、俺は神様が笑うのが分かった。
「それなら、僕は、追いかけよう。そういう関係性も面白そうだ。何より見ているだけじゃない」
ゾワゾワっと足元から怖気が全身に上って来る。
「僕は、君の理想の世界を与えただろう? 僕にお返しがあっても良くないかな?」
「元は、神様の不手際でしょうがっ!!」
叫んだ声に神様が小首をかしげる。くそう、可愛い。でもアレは男だ。
「そうだね。でも僕は君を見続けて君が欲しくなったんだ、覚悟してね」
「いやです。ゴメン、逃げるわ」
そう最近では口癖になったそれを口にして、俺は脱兎のごとく走り出す。
神様は直ぐに追う事はせずに、笑い声だけが追いかけて来た。
怖い怖い。
出会う度に逃げ出して、時に協力して窮地を脱しては逃げ出して、死にかけては助けられて逃げ出して、助け出してはぐらつきかけて逃げ出して……。
そうして俺と神様の追いかけっこは、十数年後に俺が逃げられなくなるまで続くのだった。