未来戦艦大和 第2章 「若き連合艦隊司令長官」(6)
「う~ん…確かに羽生長官のおっしゃる通りです」
「それなら、いっそ戦闘を避けられる場所にある艦内の船室にいて、万が一の事態になったら水上滑空艇で脱出していただくのがよろしいかと…」
「お言葉はありがたいのですが、私も亮もジャーナリストの端くれです。私たちの世界では、ジャーナリストは真実を報道する義務があります。例えそれが戦場でも…」
(この青年の言う通りなら、元の世界には帰れそうもない。それならいっそ、とことんこの世界の出来事を取材してやろうじゃないか)
「亮ちゃんはどうするんだ?安全な船室に隠れとくか?」腹を括った遼は、隣にいる亮に尋ねた。
「嫌だよ。一人で船室の中でビクビクしなきゃならないなんて…」
「じゃ、決まりだな!…羽生長官、せひ戦いを取材させて下さい」
「う~ん…困りましたねぇ、どうしても取材なさりたいのですか?」
「はい」
「それがあなた方の世界のしきたりなら仕方ないか…でも、一つ約束していただけますか?僕が「退艦」と命令…いや、指示を出したら即座に艦から脱出する事。そうして下さいますか?」
「承知しました。羽生さん…いぇ、長官のご指示に従います」
遼と亮との話を終えた羽生は、憲兵詰め所のドアを開けて、外に立っていた警備の憲兵に声を掛けた。
「あァ、君…済まないが、みんなを呼んで来てくれないかな」
「はっ!了解いたしました。司令長官」
しばらくして、墺賀憲兵大尉が四人の部下を連れて入って来た。
その後には、羽生と一緒に来ていた将官らしき三人の軍人たちが続いていた。
墺賀憲兵大尉は、自由になっている遼と亮を見るなり、とっさに腰の拳銃らしき物を抜いた。部下の憲兵もそれに倣った。
「動くなっ!貴様らっ、長官に何をしたっ!」
墺賀憲兵大尉は血相を変えて拳銃らしき物を構えると、大きな怒鳴り声を上げた。
「長官、すぐお助けいたします…おいっ!お前らヤツらを取り押さえろ」
だが、慌てふためいている墺賀憲兵大尉やその部下たちを尻目に、羽生は涼しい顔をして言った。
「何を慌てているんですか?憲兵大尉。このお二人は友軍ですよ」
「はァ…?」一瞬、墺賀憲兵大尉は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてキョトンとした。
「沖縄の敵地に潜入して機密情報を探っておられた海軍特務機関の方です。米軍の機密情報を掴んで脱出する途中で、水上滑空艇が敵の戦闘機の銃撃に遭って、海に投げ出されたんですよ」
「でもそれなら、なぜ今まで本当の事を言わなかった…んですか?もしや、長官。脅されているのでは?」
「ははは…脅されてなんかいませんよ。敵の機密情報は最高司令官にしか伝えてはならない…と命令を受けておられたんです。そうですよね、天雲少佐。陣内大尉」
「はっ!そうであります」
(何と上手い機転だっ!)一瞬、顔を見合わせた遼と亮は、即座に羽生の芝居に便乗して敬礼をした。
「なぁんだ…それで、敵に怪しまれないように英語の入った道具を持っていたんですね」
飲み込みの早い草薙作戦参謀は、羽生の話を聞いて、さっそく事情を理解したようだった。
「でも、なぜ日本人なのに肌の色が黒いんでしょうか?」情報参謀の春日綾之丞が怪訝そうに羽生に尋ねた。
「あァ、それはね…お二人は長らく南方での任務に付いていて日焼けしたんだ。間違いなく日本人だよ。綾之丞」
「なるほど、そうだったんですか~」
そのやり取りを聞いていた墺賀憲兵大尉の顔が見る見る内に青ざめていった。
彼は、あわてて遼と亮の前に出ると、帽子を取って深々とお辞儀をした。
「申し訳ありませんでしたっ!海軍特務機関の方とはつい知らず数々のご無礼を…」
それまでの横柄な態度が一変…ひたすら平謝りする墺賀憲兵大尉が、遼と亮にはおかしく見えた。
「この墺賀、一生の不覚…司令長官、この上は、いかような処罰でも甘んじて受けさせていただきます」
「大げさだなァ、頭を上げて下さい。墺賀憲兵大尉…貴官は忠実に任務を果たされただけですよ」
「しかし、それでは…」
「お二人の任務の性質上、行き違いがあったのは不可抗力です。憲兵大尉のせいではありませんよ…そうですよね。天雲少佐。陣内大尉」
「はい」遼と亮はそう言って墺賀憲兵大尉を許した。
「あ、そうそう…憲兵大尉。お二人が特務機関から支給された道具は返してあげて下さい。その中には今後の作戦に必要な重大な敵の機密情報が入っていますからね」
「はい、承知いたしました」
墺賀憲兵大尉は部下たちに命じて、テーブルの上に並べてあった取材用具を、丁寧に纏めて遼と亮に返した。
「さてっと…それじゃ、艦橋の方に戻りましょうか。天雲少佐、陣内大尉、一緒に来て下さい」
「はっ、了解いたしました」
古風な造りの憲兵隊詰め所から出ると、辺りの風景は一変した。
連行される途中は余裕がなかった遼と亮の目には、銀色に光る艦内の壁や通路がひどく斬新に見えた。
(まるで、SF映画に出て来る宇宙船の中みたいだなァ…31世紀の未来だと言うのは本当かも知れない)
一行は円筒状に突き出た区画の前で立ち止まった。
女性軍人の春日情報参謀が軽く壁に手を翳すと、ドアが音もなく開いた。
「さァ、お二人とも中に入って下さい」
遼と亮は、羽生に言われるままに円筒の中に入った。途端に一行を乗せた円盤状の床がすっ~と浮いた。
(これはエレベーターなのか?でも、天井がない…いったいどんな仕組みで動いているのだろうか?)
最上階の司令塔に着くと、円盤状の床は自動的に停止した。ドアが開くとそこには信じられないような光景が広がっていた。
軍事雑誌記者の遼と亮は、海上自衛隊のイージス艦の艦橋にあるCIC(戦闘指揮所)を取材させてもらった事があった。
もちろんCICの内部は多くの軍事機密のベールに包まれており、当然のごとく、取材も写真撮影も限定的に制限されている。
だが、多くの軍事情報に携わって来た二人には、どれがレーダーで、どれが火器管制システムなのかはおおよその見当が付く。
ところが、この艦の広い司令塔にズラリと並んでいるCICシステムは、彼らにはどれもこれも見た事のないものばかりだった。
(何だ、これは?…イージス艦のCICとはまったく違う!まるで、SF映画に出て来る宇宙船「エンタープライズ号」のデッキみたいじゃないか?)
しかし、遼と亮が驚いたのは未知のCICシステムばかりではなかった。さらに驚くべき光景が目の前に広がっていたのだった。
<未来戦艦大和 第2章:激闘 坊の岬沖海戦!予告>
「天一号特攻作戦」の発動により、沖縄に向けて南下する「未来戦艦大和」以下、連合艦隊の生き残り9隻から成る艦隊。
これを迎え撃つアメリカ海軍機動部隊のスプルバンス司令官は、400機からなる攻撃隊を放って日本艦隊を葬ろうとする。
圧倒的な物量に勝るアメリカ軍!…敵艦載機の大編隊を、若き連合艦隊司令長官・羽生は如何なる策をもって防ぐのか?
待った無しの危機に晒される「未来戦艦大和」と現代の日本から来た遼と亮…早くも前半の見せ場となる「坊の岬沖海戦」
凄まじいまでの米軍艦載機の猛攻の前に、この異世界の戦艦大和も、海の藻屑と消え去ってしまうのだろうか?