未来戦艦大和 第2章 「若き連合艦隊司令長官」(5)
「自分たちは海上自衛隊のいずもと言う船に乗っていて、事故で渦潮に飲み込まれて、気が付いてから雪風と言う駆逐艦に救助されたんですが…」
「ほぅ…渦潮ですか?それが接点なのかな?…あァ、あなた方を救助したのは早川少佐の艦ですね」
「はい、その早川少佐と言う方に確かにお会いしました」
「ははは…あの方は頼もしいけど頑固だからなァ…それで何かあったのですか?」
「いぇ、その早川少佐が自分たちを旗艦に移すようにと…それでその途中でこの船を見たんですが、もしやこの艦は?」
「はい、大日本帝国海軍連合艦隊…と言っても残りは僅かですが、旗艦の「戦艦大和」です」
「やはり…それで、今この艦隊はどこへ向かっているんですか?あ、軍事情報をお尋ねして失礼とは思いますが…」
「いぇ、別にみんなが知っている事ですから構いませんよ。本艦隊は米軍の侵攻を受けている沖縄フロートに向かっています」
この時は、興味が別の方向に向いていた遼と亮は、羽生が発した「フロート」と言う言葉を気にすら留めなかった。
後に二人は、その意味と日本の現実を目の当たりにして、愕然とする事となった。
「やっぱりそうだったのか。片道だけの燃料を積んで、討ち死に覚悟の「天一号特攻作戦」の最中なんですね」
「よくご存知ですね。燃料は片道で、特攻作戦には違いありませんが、我々は別に討ち死に覚悟で出撃した訳ではありませんよ」
「ぜひ、羽生長官にお見せしたい物があります。実はここがおっしゃる通りの異世界なら、自分たちの世界でも、過去に同様の事件が起きたんです」
「起源を同じくする時空連続体の世界では、時差こそあれ、時折似たような現象が起きると言いますからね」
遼は自分のノートパソコンを開くと、データを画面に映し出して羽生に見せた。
「ご覧下さい。これが去年取材して雑誌に載せた「天一号特攻作戦」の詳細と、戦艦大和の運命です」
「ありがとうございます。では、拝見させていただきます」
羽生は、遼のノートパソコンをのぞき込むと、画面に表示されている記事を声に出して読み始めた。
「4月7日、6時57分:第21駆逐隊司令が乗艦する、駆逐艦「朝霜」。機関故障のため艦隊より落伍し離脱」
「同、10時00分:奄美諸島沖に展開中の米国海軍第58機動部隊より、400機からなる攻撃隊が、二派に分かれて出撃す」
「同、11時35分:大和の対空電探が、約100キロの距離より接近中の米軍艦載機の大編隊を探知す」
「同、12時21分:落伍した駆逐艦「朝霜」より、敵機大編隊と交戦中との無線連絡が入電、その後消息を絶つ」
「同、12時30分:敵艦載機の大編隊が分厚い雲間から急降下、低く垂れ込めた雲海に遮られ、対空戦闘困難なり」
読んで行く内に、美貌の連合艦隊司令長官「羽生大二郎」の顔色が段々険しさを増して行った。
「同、12時45分:戦艦「大和」左舷前部に敵の魚雷1本が命中す」
「同、13時37分:戦艦「大和」左舷中央部に敵の魚雷3本が命中、舵が取舵のまま故障、操舵不能に陥る」
「同、12時47分:駆逐艦「浜風」撃沈さる。軽巡洋艦「矢矧」雷撃を受け航行不能。大和後部に敵の爆弾命中」
「同、13時08分:駆逐艦「涼月」に敵艦載機の爆弾命中、大破。戦闘継続不能に陥る」
「同、13時25分:駆逐艦「霞」に爆弾2発命中、機関停止、航行不能に陥り戦列離脱」
「同、13時44分:戦艦「大和」左舷中部に魚雷2本命中。左舷に傾斜し始める。速度12ノットに低下」
「同、13時56分:航行不能となった軽巡洋艦「矢矧」を救援中の駆逐艦「磯風」が被弾。航行不能となる。「矢矧」は沈没。
「同、14時00分:戦艦「大和」艦中央部に敵艦載機の中型爆弾3発命中。機関ボイラー損壊故障す」
「同、14時07分、14時12分、14時17分:戦艦「大和」にそれぞれ敵艦載機の魚雷1本づつが命中。船体の傾斜が大きくなる」
「同、14時20分:戦艦「大和」左舷へ20度傾斜、復旧見込みなし。総員に退艦命令が下る」
「同、14時23分:戦艦「大和」左舷側より転覆。主砲弾薬庫の引火誘爆による大爆発の後、轟沈す」
「同、16時39分:大本営より作戦中止命令が下る」
「同、16時57分以降より、航行不能となった駆逐艦「霞」「磯風」を「雪風」の魚雷にて自沈処分」
「天一号特攻作戦における戦死者3721名。内、戦艦大和の戦死者2740名を数える」
読み終わった羽生は大きく息をついた。その顔は少し青ざめていた。
「貴重な資料をありがとうございました。お陰で参考になりました」
気を取り直した羽生は、ニッコリと笑って遼にお礼を述べた。
「いぇいぇ、世界は違うかも知れませんが参考になったなら幸いです。私たちも日本人ですから、羽生さんたちを悲惨な目に遭わせたくはありません」
「お気遣いありがとうございます。確かに艦名やこれから起きるであろう事は類似しているかも知れません…一応、参考にはさせていただきますが、多分、同じ事態にはならないだろうと思いますよ」
「そうですか…まァ、私達の世界の「天一号特攻作戦」では、連合艦隊司令長官が直々に指揮を執ってはいませんでしたからね」
「いぇ、僕は大勢の方々に支えられているだけで、とても指揮を執っているなどと言えるものでは…でも、ちょっと困った事態ですよね~」
「どうかされましたか?やはり、お見せした資料をご覧になって、何か問題でも生じましたか?」
「いや、そうではなくて、あなた方の事なんですよ」
「私たちの事?」
「えぇ、こんな事態は予測していませんでしたから…民間人を戦場に同行させるなんて、余りに危険が大きすぎて…」
「あァ、その事なら心配はご無用ですよ。だって、私たちはジャーナリス…」
そう言い掛けて、遼は思わず口をにごらせた。
(そうだ…異なる世界とは言え、天一号作戦をナマで取材するなんて誰もやった事がない奇跡だ…でも、自分たちは戦場に向かっている戦艦の中にいるんだ。死んでしまったらせっかくの大スクープも全部無駄になってしまう)
「遼ちゃん…僕も一生に一度は世紀のスクープ写真を撮ってみたいよ。でも、間違ったら死ぬかも知れない。降りられるなら、艦から降ろしてもらった方がよかね?」
遼の気持ちを察したのか、亮が横からいささか不安そうに声を掛けた。
「そうですね~…水上滑空艇を出してお二人を最寄の陸地までお送りする事は可能です。だが、上陸したあなた方が無事でいられるかどうか心配です。ここと同じ様に、憲兵に怪しまれて捕まる可能性が高い。異なる世界から来たと言っても、誰も信じてはくれないでしょうしね~」