未来戦艦大和 第2章 「若き連合艦隊司令長官」(2)
「さて、貴様らに焼きを入れる前に、まずは証拠品を検分する事にしよう」
どっかと前の椅子に腰掛けた墺賀憲兵大尉は、テーブルの上に並べられた遼と亮の持ち物を調べ始めた。
「なるほど。これが鬼畜米国の諜報員の道具か」
彼は、亮の一眼レフカメラを取り上げて、ぎこちない動作で、裏返したりレンズを覗いたりしながら言った。
「O・N。S・H・U・T。P・L・A・Y…敵性文字だらけで、何が書いてあるんだかさっぱり分からんなァ」
そして、今度は遼のスマホを取り上げて、おぼつかない手付きであちらこちらをいじり始めた。
「これは何の諜報道具だ?…貴様らアメリカ人は、よくこんな訳の分からん字が読めるもんだな」
そうしている内に墺賀憲兵大尉は、ついうっかりスマホのスイッチを入れてしまった。
「ボク、ドラエモ~ン!」途端に遼のスマホが起動した。
びっくりした墺賀憲兵大尉は、思わず跳び上がって遼のスマホを放り出した。
その慌てぶりを見た亮は、クスクス笑って隣の椅子に縛られてる遼に耳打ちした。
「遼ちゃん、あんなのが趣味だったのか?」
「しょうがないだろ…子供が喜ぶんだから」
「貴様ら何がおかしいっ!」
その途端に憲兵たちが、手にした木刀を振り下ろして、激しく遼と亮の背中を叩いた。
「イテ~ッ!」
「ウグ~ゥッ!」
背中を殴られた二人は、思わず反り返ってその痛みに耐えた。
「さァ、吐いてもらおう!名前と所属と階級と…それから何の目的で本艦隊を探りに来た?」
気を取り直した墺賀憲兵大尉が、遼と亮をにらみ付けながら言った。
(何度聞いたら気が済むんだ)…二人はそう思ったが、言わなきゃまた木刀で殴られる羽目になる。
「自分は天雲遼と言います。軍事雑誌「旭日」の記者です」遼は正直にそう言った。
「僕は陣内亮。遼さんと同じ軍事雑誌「旭日」のカメラマンです」亮も正直に答えた。
「さっそく敵性語か?やはりお前らアメリカ人は日本語を知らんようだな。日本じゃカメラマンを写真機手と言うんだ」
「分かりました。それじゃァ、言い直します。写真機手の陣内亮と申します」
「ふんっ!少しは素直になったか…で、偽名ではない英語の名前は何と言うんだ?えぇっ!」
「陣内亮以外に名前はないですよ~…だって、僕たちは正真正銘の日本人なんですから~」
「やかましいっ!貴様らが日本人であるはずがないっ!色も黒いし、日本人が持ってない道具ばっかり持っとるではないか」
それからしばらくは禅問答のようなやりとりが続いた。何を言っても相手にはちんぷんかんぷんで分かってもらえない。
遼と亮は、いつ憲兵たちの木刀が飛んで来るか?ヒヤヒヤしながら受け答えするしかなかった。
「訳の分からん事ばかり言いおって…吐きたくないのなら、身体に吐かせてやるしかなさそうだな」
とうとう怒り出した墺賀憲兵大尉は、ギロリと鋭い目で二人をにらみ付けた。
その時、憲兵隊詰め所のドアが小さく開いて、外で見張りに立っていた憲兵が墺賀憲兵大尉に告げた。
「憲兵大尉殿、司令長官がお見えになりました」
「何っ!司令長官がわざわざ?…自分がお迎えする」
それを聞いた墺賀憲兵大尉は慌てて立ち上がって、ダイバースーツのような服の乱れを整えながら、ドアまで行った。
「これはようこそお越し下さいました。司令長官…こんなむさ苦しい所へ」
墺賀憲兵大尉は、ドアの外にいる何者かに最敬礼をしながら言った。
「いぇいぇ、任務ご苦労様です。ところで、珍しい物を持っている米軍捕虜を捕えたと聞きましたが、本当ですか?」
ドアの外からは、涼やかな若い男の声が聞こえて来た。
「はっ!諜報員らしき捕虜で、ただいま尋問しておるところでございました」
「ちょっと会わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「構いませんが…ただ、長官のお目を穢すような薄汚れた者どもなので…」墺賀憲兵大尉は、躊躇しながら言った。
「いいですよ。別に気にはなりませんから…」
「それでは中へどうぞ」墺賀憲兵大尉は丁寧にドアを開けた。
部屋の中にいた憲兵たちが、一斉に直立不動の姿勢を取り、最大限の敬礼をして迎えた。
椅子に縛られたまま、その様子をじ~っと見ていた遼と亮は、思わず驚いて息を飲んだ。
何と、部屋の中に入って来たのは、まるで絵本の中から抜け出して来たような美しい青年だった。
白馬の王子様とでも言えばいいのだろうか?すらっとした身体に銀の詰襟の制服を着て、同じく銀の制帽を被っている。
両肩に何本もの線が入った階級章を付け、右胸に組紐で編んだ飾緒を下げて、左胸はたくさんの徽章でびっしりと埋まっていた。
(何と言う美貌だ。とても男には見えない。まるで男装の麗人…そう、まるで歌劇のタカラジェンヌみたいじゃないか)
遼がそう思う間もなく、その後からは、とてもこの世の人とは思えないような絶世の美女が入って来た。
男装のいでたちをした彼女が、美青年と並んでいる風情は、まるで歌劇「ベルサイユの薔薇」の舞台を見ているようだった。
その後から、二人の男が入って来たが、一人は美青年よりも少し年上の若者で、もう一人は中年の男性だった。
彼らは、全員銀の詰襟の制服と銀の制帽を被り、腰に装飾された短剣を下げ、背中にはリュックを背負っていなかった。
(憲兵たちの態度を見る限り、彼らは相当な位の軍人なのだろう…もしかして、全員将官クラスかも知れない)遼はそう思った。
「彼らが、その米軍の捕虜なんですか?」青年は椅子に縛られている遼と亮を見て、墺賀憲兵大尉に尋ねた。
「そうであります。日本人と鬼畜アメリカ人の間に生まれた穢れた混血児だと思われます」墺賀憲兵大尉はそう答えた。
「そうですか…それで、机の上に置かれているのが二人の持ち物なんですか?」
「はいっ!敵性語の入った怪しい物ばかりでして、調べておったところでございました」
「ちょっと見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「はっ!…しかし、爆弾を仕込んでいるやも知れませんので、安全確認をしてからの方がよろしいかと」
「ははは…破壊工作の為の爆弾だったら、とっくに破裂して本艦に被害を与えてますよ」
美青年は、事もなげに墺賀憲兵大尉にそう言うと、遼と亮が縛られているテーブルの前までやって来た。
そうして、彼は縛られている遼と亮の正面の席に座ると、制帽を脱いでニコッと彼らに微笑みかけた。
(ひどく人なつっこい若者だ。長官と呼ばれていたが、彼がこの船の最高指揮官なんだろうか?)
遼は目の前にいる美青年をしげしげと眺めた。顔立ちが美しいだけではなく、その瞳には深い知性が宿っているように見えた。