未来戦艦大和 第1章 「可能性の未来へ」(3)
天雲遼と陣内亮は、水兵たちに銃を突き付けられて「雪風」の艦内の一室に連行された。
部屋の中は、まるで憲兵隊の尋問室のようで、腕に赤い腕章を巻いた古参兵と、その部下らしい二人の男がいた。
部屋の中には鉄格子をはめた獄舎があり、頑丈なテーブルと鉄で出来た肘掛付きの椅子が備えられていた。
「憲兵兵曹長殿!米軍の諜報員を捕虜にしてまいりました」班長が敬礼をして言った。
「おぉ!ご苦労…よくやったっ!」
憲兵兵曹長と呼ばれたいかつい顔の男が、班長とその部下たちをねぎらった。
さっそく、同じ赤い腕章を腕に巻いた憲兵隊の二人の部下が、遼と亮を乱暴に掴んで引き立てた。
銃を突き付けられたままの二人は、なす術もなく、椅子にベルトで手足を縛り付けられてしまった。
「これが捕虜から押収した証拠品であります」
班長の部下たちが、遼と亮から奪ったバッグやカメラ、ノートパソコンやスマホをテーブルの上に並べた。
「では、これで…私どもは任務に戻ります」班長は憲兵兵曹長に敬礼して、部下を連れて部屋を出て行った。
憲兵兵曹長はジロジロと遼と亮を眺めると、テーブルの上に置かれた二人の持ち物を調べ始めた。
「ふむ…どれもこれも敵性語だらけだな。米軍の諜報員に間違いなかろう」
「あのぅ…これは何かの間違いでは?」椅子に縛られたままの遼は、憲兵兵曹長にそう言った。
「貴様ら、名前と所属と階級を言えっ!」顔を上げた憲兵兵曹長は、怒鳴り付ける様に言った。
「自分は天雲遼と言います。軍事雑誌「旭日」の記者です」遼はそう答えた。
「私は陣内亮。遼さんと同じく軍事雑誌「旭日」のカメラマンです」亮もそう答えた。
「ふんっ!ぬけぬけと抜かしおって…本当はロバート・天雲とか、フランク・陣内とか言うんだろう?」
「そんなんじゃありませんよ~…私たちは純粋な日本人です」
「痛い目を見ない内に正直に吐いた方がいいぞ。えぇっ!貴様ら…」
木刀を手にした二人の憲兵が、これ見よがしに遼と亮の肩を軽く叩いてみせた。
「本当に日本人ですって…お願いですから信じて下さい」亮が懇願するように言った。
「じゃァ、これは何だ?!C・A・N・O・N…敵性文字ではないか?」憲兵兵曹長は、亮にカメラを突き付けた。
「あァ、それはキャノンと言う日本の会社が作ったカメラですよ」
「キャノンだと?…そんな敵性名の会社は大日本帝国にはないぞ。それにこっちもだっ!」
憲兵兵曹長は、テーブルから遼のスマホを取り上げて、裏表をひっくり返して見ながら言った。
「A・P・P・L・Eか?…確か聞いた事があるぞ。アメリカではリンゴの事をアップルと言うそうだな」
「アップルのスマホは、確かにアメリカ製ですが、買ったのは、間違いなく日本のソフトバンクと言う会社からです」
だが、どうやら遼と亮の受け答えは、藪から蛇を突き出すようなものだったらしい。すっかり憲兵兵曹長を怒らせてしまった。
「スマホにソフトバンクだとっ?!貴様らアメリカ人は、大日本帝国海軍憲兵隊を舐めとるのかっ!やれっ!」
憲兵兵曹長が二人の憲兵に命じて、木刀で遼と亮に拷問を加えようとしたその時だった。
ガチャリッ!と部屋のドアが開いて、口髭をたくわえた人物が二人の部下を連れて入って来た。
その人物は、色こそ銀色だが、旧日本海軍とよく似た制帽と肩章の付いた軍服を着て、左胸にいくつかの徽章を付けていた。
指揮官らしい人である事は、遼と亮には一目で分かった。そして、彼はなぜか背嚢のようなリュックを背負っていなかった。
「あっ!これは艦長殿」憲兵兵曹長は即座に立ち上がって、その人物に敬礼をした。
「米軍の諜報員を捕まえたと聞いたもので、気になって見に来たんだ」口髭の人物が言った。
「はっ!こいつらがその米軍の諜報員です」憲兵兵曹長は、遼と亮を指差して答えた。
「日系人なのか?」口髭の人物は、遼と亮を一瞥してから言った。
「そのようです。日本人の血が混じっている汚らわしいヤツらです」
「うむ…本艦隊を探りに来たのか?或いは、別の何かの情報収集に来たのか?」
「それをこれから吐かせようとしていたところでした」
「しかし、憲兵兵曹長。彼らを本艦で尋問するのはまずかろう」
「お言葉ですが、早川少佐…」
「本艦隊に関る事は、旗艦で処理するのが筋だ。まかり間違うと責任問題になるぞ。旗艦に捕虜を移送したまえ」
「はい、承知いたしました」憲兵隊兵曹長はしぶしぶ承諾するしかなかった。
早川少佐と呼ばれた人物は、憲兵隊兵曹長にそう命じると、悠然と部屋を出て行った。
天雲遼の頭の中には、去年に取材して「旭日」に載せた記事が浮かんだ。
連合艦隊の第二水雷戦隊に所属していた駆逐艦「雪風」…その艦長は、間違いなく「早川少佐」だった。
死を覚悟の1945年4月7日「沖縄特攻天一号作戦」において、日本の駆逐艦「雪風」は米空母艦載機の猛攻を懸命に凌ぎ切った。
そうして、艦長である早川少佐の指揮の元、生き残った数少ない戦艦大和の乗組員の命を救ったのだった。
しかし、駆逐艦「雪風」は、戦後の補償金代わりに台湾政府に引き渡されて、とうの昔に廃船になっているはずだった。
なぜ、こんな所に駆逐艦「雪風」と、とっくに故人となった「早川少佐」がいるのか?
俺は…いや、俺たちは悪い夢でも見ているのだろうか?あり得ないっ!…俺と亮が同時に同じ夢を見るなんて。
それとも、俺たちはもうあの渦潮に飲み込まれて死んでいて、二人とも死んだ者たちの世界にいるのだろうか?
いやっ!そんな事があってたまるか…遼は自問自答しながら考えた。
何が何だか分からぬままに、遼と亮は手錠をはめられて、憲兵隊兵曹長と二人の憲兵に艦尾まで連れて行かれた。
ふと二人が上を見上げると、駆逐艦「雪風」の船尾には、まるで飛行機の尾翼のようなテールがそそり立っていた。
(船の舵なら船尾の水の中にあるはずだ?空でも飛ばない限り、こんな構造物が船の上に付いているのはおかしい?)
遼は不思議に思ったが、じっくり観察する間もなく、憲兵たちに小突かれて船尾の階段を下りて行く他はなかった。
階段を下りると海面に面したデッキに、船体が膨らんだホバークラフトのような銀色のボートが何台か並んでいた。
それは奇妙なホバークラフトだった。水面を滑空するホバークラフトには付いてるはずのプロペラがどこにもないのだ。
<未来戦艦大和 新章の予告>
次回の新章にて、ついに天雲遼と陣内亮の二人が「未来戦艦大和」とご対面いたします。
「未来戦艦大和 第1章:美貌の連合艦隊司令長官」 ぜひ、ご期待下さい♪