未来戦艦大和 第4章 「激闘!坊の岬沖海戦」(4)
二人が見物している間もなく、再び上空からものすごい閃光が走ってきて大和をかすめた。
爆発するように海面が蒸散すると同時に、大和から発した何本もの光の帯が上空の敵機を貫いて、飛び散る花火に変えた。
バリバリッ!ドド~ン!…発する光から少し遅れて、二人の耳には、稲妻の走る音と、雷が落ちたような音が響いてきた。
(レーザーだっ!)遼はとっさに思った…敵機は爆弾を投下しているのではなく、大和も対空砲を撃ち上げているのではなかった。
レーザー兵器が、大砲や爆弾やミサイルなどの物理兵器に取って代わる未来の主力兵器になる事は、誰にでも容易に想像できる。
どんなに高速な物理兵器でも、光の速さには到底及ばない、レーザー兵器は…目標に到達する前にそれを無効化してしまうのだ。
(これが未来の戦争なのか?)遼は科学が生み出した兵器による戦争が、最終的にどんな形態になるかを見たような気がした。
「右舷上空、10時23分。熱線粒子連射砲照準合わせっ!」駒之助の指示が砲術士に飛んだ。
すぐに雲の中から、長い首と、翼をたたんだ鶴のようにずんぐりした銀色に光る敵機の編隊が現れた。
「来たっ!ヘルダイバーだ」
敵機のくちばしのように見える先端から光が出るのと、大和の熱線粒子連射砲が閃光を放つのはほとんど同時だった。
ジュバッ!瞬間的に大和の左舷甲板に敵機の放ったレーザーが当たって散り、わずかな白い煙が立ち昇った。
空では、大和の熱線粒子連射砲に打ち抜かれた敵機が、大輪の花火のように砕け散って周囲を明るくした。
「左舷上甲板に敵機の熱線命中!瞬間被爆温度4000度…耐熱鏡面がわずかに焦げました」
「4000度か…やはり雨に遮られて、敵の熱線はだいぶん減衰しているな」
能本副長の報告を聞いた来島参謀長が事もなげにそう言った。
(4000度だって!?…広島を襲った原爆の熱線と同じくらいの高熱だ。それでわずかに焦げただけか?)
軍事記者の遼は、原爆の熱線が生成される過程と、その恐るべき破壊力をよく知っていた。
1945年8月6日午前8時15分、広島市猿楽町上空567メートルで核分裂を開始したリトルボーイのウラン235は、大量の致死性中性子を放ちながら、人間が測定不可能な0秒と言う瞬間時間で、推定250万度と言う太陽の中心核に匹敵する高熱を発した。
この0秒と言う時間の中で、もはや爆弾を覆っていた外殻は存在せず、大気に触れた熱線は100万/15秒後には40万度まで急激に減衰した。40万度もの高熱に触れた大気は気体のままではあり得ず、その元素構造は破壊されて微粒子のプラズマと化し、火球と呼ばれる火の玉を生成していった。
青白い光を放ち、ガンマ線を始めとするあらゆる有害放射線を放出する火球は、周辺の大気を急激に破壊しながら膨張し、その直系は310メートルに膨らんだ。その間わずか0.2秒。温度は太陽の表面とほぼ同じ約6000度に達していた。
広島の人々がその火球を見た瞬間、一秒と経たない間に、すでに猿楽町を中心とした半径1キロ圏内の人々は即死していたのだった。
地表に届いた熱線は3000度~4000度。鉄を溶かす溶鉱炉の温度は1530度だから、実に人々は溶鉱炉の2倍以上の熱線を浴びた事になる。
これほどの高温にさらされると、人体の水分は瞬時に蒸発して、身体を形成していた細胞組織は炭素…つまり、炭の塊となり、人の原型は一切残らない…ちなみに骨の原型を残すための火葬温度が800度だから、原爆の熱線がいかに恐ろしいものかがよく分かる。
目立ってはいけないはずの軍艦が、なぜわざわざ派手に輝く銀色なのか?自分たちの着ているスーツが、なぜ耐熱防護服なのか?
遼は一瞬で理解した…すべては、レーザー兵器が放つ超高熱から船体を防護し、身を守るためのものだったのだ。
この未来戦艦大和は、飛行船のように膨らんだ胴体部分が燃料タンクになっていて、その外部隔壁は瞬間温度で1万度以上、6千度の熱線を数秒間浴びても破壊されない何重ものスペクトロン鏡面タイルで、厳重に覆われている。
上部艦橋の構造物は、熱線防止のためか丸みを帯びた形状で、やはりスペクトロン鏡面タイルが全体に張り巡らされている。
ただ、司令塔や砲台などの突出した部分があるため、耐熱防御力は胴体に比べるとどうしても劣ってしまう。
そこでこの異世界では、いかに防御力の薄い相手の船の上部をレーザーの熱線で破壊するかが、勝敗の決め手になるのだ。
ところが、この世界にはもう一つ、昔から続く艦船にとっては恐ろしい兵器が存在していた。
「右舷2時の方向、アベンジャーの編隊が降下してきます。距離、約1万2千」対空監視員がそう報告してきた。
「ふんっ、対空砲の圏外からやってきたか」来島参謀長がいまいましそうに言った、
「壱岐少佐。敵の雷撃前に撃ち落せ」有馬艦長が駒之助に命じた。
「了解っす…2時方向熱線粒子高射砲水平射、有効射程に入り次第撃てっ」駒之助は、高射砲術士に指示を出した。
亮がカメラの望遠レンズで見た機影の群れは、まるで低空を飛ぶ銀色のカモメのように見えた。
ただ、低空での安定性を保つためなのか、翼をたたんではいたが奇妙に平べったいカモメだった。
バリバリバリッ!と、一段と大きな閃光を発するプラズマの束が大和の右舷から放たれた。
熱線粒子高射砲のビームは、まさに雷撃体制に入ろうとしていた数キロ先の敵機の編隊を一瞬の内に砕いた。
小雨の降りしきる海の彼方に、色とりどりの光が明々ときらめいて見えた。
ドド~ン!と空気を震わせる爆発音が響いてきた後、見張りに立っていた甲板員が叫んだ。
「2時の方向、雷跡確認っ!1本、2本…全部で3本やってきます」
熱線粒子高射砲の一撃をかろうじてまぬがれた残りの敵機は、魚雷を放っていた。
「取りか~じいっぱ~いっ!かわせ~」即座に有馬艦長の命令が飛んだ。
「了解っ!取りか~じいっぱ~いっ」成海航海長が素早く舵を切った。
レーザー兵器の速さに慣れている異世界の人々にとって、魚雷などと言う旧式の物理兵器は、亀の歩みほどにしか見えないだろう。
だけに、ジリジリと迫ってくる死の恐怖感はひときわ恐ろしいのだろうか?…4000度と言う高熱のレーザー光線にも動揺しなかった来島参謀長でさえ顔がこわばっているように見えた。
感覚の相違と言うものは奇妙なものだ。置かれた環境によって人の感性には天と地ほどの開きがある。
やってきた2本の魚雷は、大きく舵を切った大和の右舷をすり抜けていった。
だが、3本目の魚雷が張ってあった対物シールドに当たって破裂した。
ドッカ~ン!と大きな爆発音とともに水柱が立ち昇った。
~続く~