未来戦艦大和 第4章 「激闘!坊の岬沖海戦」(3)
連合艦隊は軽巡洋艦 矢矧を先頭に立てて、扇の陣形を取りながら、一路、雲の中心に向かって進んだ。
小雨の降る海は次第にうねりを増し、大和の艦首に切り裂かれた波が、白い泡となって砕け散った。
接近してくる敵が早いか?スコールの中に艦隊が逃げ込むのが早いか?…ここから先は時間との勝負になった。
「右舷前方の雲の中から何か出てきました。距離約1万5千…航空機と思われます」
対空監視員の報告を受けた羽生以下の将官たちは、一斉に双眼鏡を右舷前方に向けた。
亮がカメラの望遠レンズでのぞくと、キラキラと輝く物体が、雲の下を飛んでいた。
「ありゃぁ、敵の攻撃誘導観測機だな」来島参謀長は、一目見るなりそう言った。
「堂々と帆を広げて…完全にこっちを舐めくさってやがる」草薙作戦参謀が、いまいましそうに言った。
「こちらの艦隊に航空隊の支援がないのを知っているようですね」春日情報参謀も、そう言ってうなづいた。
「事実だから仕方がないよ。航空隊はすべて敵艦隊の攻撃に回したからね」羽生は意に介していないようだった。
「今頃、敵さんところでも始まってますかね~」来島は、そう言いながら羽生を見た。
「そうですね…そろそろ友軍の航空攻撃隊が敵艦隊の上空に達する頃でしょう」
「それじゃぁ、そろそろこっちもおっぱじめるとしますか」草薙が、気合を入れるように言った。
「全艦隊、対空戦闘用意っ!」羽生は連合艦隊に号令を発した。
「総員、対空戦闘用意っ!遮光眼鏡着け~ぇっ!」
有馬艦長の命令が下ると、戦闘司令室の全員が帽子に取り付けてあったゴーグルを目に装着し始めた。
何のための遮光なのか?…遼と亮にはさっぱり理由が分からなかったが、みんなを見習ってゴーグルを装着した。
濃いゴーグルに遮られて二人の視界は暗くなった。けれども、他の乗組員には辺りがよく見えているようだった。
遼は、晴れる日は少ない…と言っていた羽生の言葉を思い出した。この世界の空は、赤みを帯びていて夕焼けのように暗い。
大気の密度が高く粒子も粗いので、青色レイリー散乱は起こらず、いつも雲に覆われたガス惑星のような状態になっている。
弱い太陽光の下で生活している内に、人々は暗さにも馴れ、蒸せるような湿気にも馴れ、環境に順応した身体になったのだろう。
日本人なのに肌は白人のように白く、目が大きい…乗組員たちは、みんなアニメのキャラクターのような顔立ちをしている。
けれども、それが人類が行った自然環境の破壊の結果だとしたら、何とも皮肉な話としか言いようのないものではあった。
連合艦隊の上空では、どす黒い雲が風にあおられて渦を巻いていた。
「東南東の風、風速18ノット、雲の高さ約900メートル。雨の密度が次第に増しています」
気象観測員が観測データを報告してきた。
「向かい風の強風の中での近接戦ときたか…せめてもの救いは天の恵みだな」
来島がそう言うのを聞いて、いたたまれなくなったのか草薙が羽生に言った。
「長官、全艦隊の噴霧防御を進言いたします」
「草薙さん…お気持ちは分かりますが、敵は上からだけでじゃないですよ」
「しかし…」草薙は、納得のいかないような顔で言った。
「確かに煙幕を張れば上からの攻撃は防げます。けれど、同時にこちらも対空戦闘が不可能になります…視界も悪くなるし、低空からやってくる雷撃機を見落としかねません」
「では、どうすれば…」
「天の恵みを生かしながら、後の対空防御は壱岐少佐に任せましょう…ね、駒之助さん」
羽生は、そう言って草薙をなだめながら駒之助に目をやった。
「もう用意はできてるっすよ…小ちゃくってすばしっこいのを上から来る爆撃機用に、大きくて足の長いのを雷撃機用に配置しときましたっす」
「さすが駒之助さんだ…頼みましたよ」
「はいっ!敵機を撃ち落す方は任せて下さいっす」
羽生に信頼されるのは、駒之助にとって何よりもうれしいとみえて、彼女はがぜん張り切っていた。
「おいっ!おめぇら、てぇ抜くんじゃねぇぞ。雲の中から出てきた瞬間が勝負だかんな」
「はいっ!」駒之助の檄を受けた砲術士たちが一斉に返事をした
「よ~っし!全艦隊、雲の中心に向かって前進しつつ、対空回避運動開始」
羽生が発した号令に、即座に有馬艦長が応じた。
「と~りか~じ30度っ!…剛羅機関長。機関最大出力っ!」
「了解しやした!貯めといた分を目一杯放出いたしやす」機関長の声がスピーカーを通じて伝わってきた。
「成海航海長。水中に対物防御シールドを展開。物理的密度差を敵の雷撃に合わせっ!」
「了解っ!量子航行密度差最大っ!雷撃防御体制を取ります」
「能本副長。戦闘データの収集と戦況報告を頼む」
「はっ!了解いたしました。有馬艦長」
有馬艦長の一糸乱れぬ見事な采配で、大和は大きく左に蛇行しながら対空回避運動を始めた。
素粒子を介して、周囲の物質との密度差を作りながら航行する量子機関は、その密度差を拡大すればバリアにもなる。
遼と亮は大和の周りの海面で、小さな浮遊物が対物シールドに触れて、閃光を発しながら蒸発するのを見ていた。
とその時、濃いゴーグルを通して目もくらむような閃光が降り注いだかと思うと、突然海面が爆発した。
はっ!と驚いた瞬間、バリバリッ!と稲妻が大気を裂くような音が聞こえてきて、空の上で何かが破裂した。
美しい閃光を放ちながら上空で何かが飛び散ったかと思うと、少し遅れてド~ン!と言う爆発音が聞こえてきた。
それはまるで祭りの花火のようだった…戦争と言うには余りにも美しすぎる光景に、遼と亮は呆気に取られた。
しかし、それはまぎれもない戦争だった。花火のように空に散ったのは撃ち落された敵機だったのだ。
~続く~